Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『Au オードリー・タン 天才IT相の7つの顔』 台湾の推進する「デジタル民主主義」

オードリー・タン、その名前や彼女の功績は何度も耳にしたことがあった。35歳の若さで台湾のデジタル担当大臣に就任し、コロナ禍でマスクの供給が逼迫する状況で、マスクの在庫管理・供給管理システムを迅速に作り、問題を一気に解決した人物として名高い。「天才」、「最年少閣僚」などのキャッチーな経歴はよく耳にするが、その凄さに本質的に迫る記事や本は読んだことがなかったので、今回『Au オードリー・タン 天才IT相の7つの顔』を手にとってみた。

 

 

本書を読んでみて、「成程、こりゃすごい」と一番感銘を受けた点は、彼女は「オープンソースソフトウェの開発というソフトウェア産業で起きた問題解決のイノベーションを、政治に適用してきちんと実績にあげた」ということだ。

政治の世界というのは、何かにつけて旧態依然としている。未だに答弁で利用するのに大量の紙を使用しているし、会議をするのに全員が一同に対面で介するという前近代的なことを大規模にしているし、新しい発想を生み出すために多様性の重要性が語られる世の中で男性老人に権力が過度に集中している。このやることなすことイノベーションとは最もかけ離れた世界に、ソフトウェア産業を牽引した手法を鮮やかに活用するというのは驚くべきことだ。

有名なマスクの管理システムでも、民間の一個人の作成したマスクマップを土台として活用し、自身の参加するコミュニティに開発への参加を促し、政府が保有する薬局の住所情報とマスクの配布・在庫数を公開して自由な開発を促進し、運営のために政府の予算もつけて、薬局版マスクマップをリリースしてのけた。

彼女が土台となったマスクマップの存在を認知したのは2020年2月3日夜であり、デジタル担当大臣として2月4日には薬局情報の公開と予算などの構想について首相の承認を取得して、2月5日には政府の情報を公開して、初版の薬局マスクマップをリリースしたのは2月6日朝というのは驚愕のスピードだ。開発速度が3−4日というのはソフトウェア開発の世界では珍しい話ではないが、政府の保持する薬局の住所情報などの公開も含めて政府のシステムをそのスピードで構築・展開したというのは例がないだろう。

 

勿論、政府システムの開発に限らず、6000以上のエアボックスによる空気の室のモニタリング設備の導入、タピオカミルクティー王国の台湾におけるプラスチック製ストロー使用の禁止、など民間と政府の連携を通した様々な施策にその実績はあらわれている。

「政治」に携わると言えば、何か壮大なことをしているかのように聞こえるが、実際のところ政治は「人々の問題の処理」である。たとえ単純に地域の事柄に関心があるだけであっても、地域を愛する友人たちが集まり、共に問題解決にあたれば、それは人々が政治に携わったことになるのだ。

『Au オードリー・タン 天才IT相の7つの顔』

政策と言うと如何にも仰々しく聞こえるが、彼女はそれに対する気負いは一切ない。

  • 様々なチャネルから共有される問題やその解決へのアイデアをきちんと選別し、
  • その問題や解決方法に関わる情報をガラス張りに公開し、
  • その問題解決へ意欲のある人に適切に参加を促し、
  • 政府の各機関の機能に応じて、タスクを割り振るというコーディネーションをする

このステップを踏めさえすれば、古い官僚機構を横断しているがゆえに店晒しになった社会課題が、官僚組織の縦割りを乗り越えて、解決されていくという政治的コンセンサスが台湾では形成されているように見える。そして、その中心的な役割を担い、必要なイネーブルメントをしているのがオードリー・タンなのだ。

そういう意味で台湾のデジタル担当大臣というのは、日本のデジタル省のように行政手続きのデジタル化を進めるという次元の機能(それはそれで勿論大事であるが)に留まらない。それを2〜3歩進めて「民意の把握から、社会課題解決に向けての民衆の力の結集をデジタル技術を最大限活用して進める」という「デジタル民主主義」の推進を担う機能があるように理解した。この形というのは、既得権益者による構造的なロックインで身動きがとれなくなった日本の民主主義とは当然異なるし、衣食住足りた金持ちが公益に興味をもって意欲的に社会貢献するという資本主義によって主導されたアメリカ型の民主主義とも異なる独自の魅力を放っている。

 

本書で紹介される各種のエピソードから、彼女がIQ180以上の紛うことなき天才であることは明らかであり、天才の逸話というのはわれわれ凡人から見るとなかなかに興味深いものは確かにある。また、35歳の最年少閣僚という話も、老人ホームさながらの日本の内閣を見ると、まばゆいばかりで、興味をそそる。が、本書の魅力は台湾で現在推進されている「デジタル民主主義」の力を実感できることにある。成田悠輔氏の『22世紀の民主主義』を興味深く読んだ方は、その実現の片鱗がみてとれるので是非おすすめしたい。

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