Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

「民主主義」のリトマス試験紙 『22世紀の民主主義』

とある討論番組に自民党の下村博文氏が出演し、民主主義をどのようにアップデートするかについて討議がなされていた。若い世代の声をどのように政治に反映させるかが大事と説く下村氏にとある出演者から、

投票者の年齢・平均余命から票数に重み付けをする余命別投票制度を導入することをどう思うか

という質問がなされた。

その問いに対する下村氏の回答は、

「基本的に民主主義には合わないですね」

という残念なものであり、その答えを聞いた瞬間、私は「こりゃ、いつものダメなやつだ」と思った。

「民主主義の理念と相容れない」、「議会制民主主義の根幹を揺るがす」、「日本国憲法の何条に反する」、提示された新しい民主主義の形に対して、政治家がこのようなことを言ったら、疑ってかかった方が良い。大抵は既得権益者としての政治家の自己防衛である。そもそも、権力者を縛るための憲法を、権力者たる政治家が既存の仕組みを守ための抗弁として使うのだから、性質が悪い。*1

 

そんな下村氏に、上記のとある出演者は「政治の世界に若い人が魅力を感じないのは、偉いポストを60歳以上の高齢男性が占める、少子高齢化・男性優位社会の象徴である自民党にも原因があるのでは」と空気を読まない質問を繰り返す。そのとある出演者こそが、イェール大学助教授でありながら、職業不詳の自由人の成田悠輔氏。本日紹介する『22世紀の民主主義  選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』の著者である。

 

 

タイトルからして、皮肉たっぷりの成田節が全開の本書。荒唐無稽に見えながら、統計データに忠実であり、ユーモアと皮肉たっぷりの表現を駆使しながらも、妙に学術的であり、問題提起だけの言いっ放しで終わるように見えて、思い切った提案まで含まれており、退屈させられることのない本だった。

 

いつものごとく前置きが長くなったので、本書の要点や掴みだけ以下簡単にまとめてみたい。

  • ネットやSNSの浸透して政治と民衆の距離が縮まったことにより、政治がより近視眼的なポピュリズムに引っ張られるようになり、民主主義が劣化した。
  • 世界的な金融危機、ウィルスの感染拡大、大規模自然災害、など影響が大きく、迅速な対応を求められる課題を前に、凡人の日常感覚(=世論)に忖度が求められる民主主義は対応できていない
  • 選挙の結果をもって民意というが、マニフェストという政策の束などを参考にしながら特定の政党と政治家の名前を投票用紙に記載するというやり方は民意の反映の仕方として非常に粗雑であり、アップデートが必要である。
  • 利用可能な既存の技術を活用して、選挙に限らずより多角的な民意を示唆するデータを収集し、GDP・失業率・学力達成度・健康寿命といった成果指標を組み合わせ、アルゴリズムにより最適な政策パッケージを作成するという「無意識データ民主主義」を一つの可能性として提唱したい。
  • 「無意識データ民主主義」において、政治家は政策的な指針を決定し、行政機構を使って実行を進める調整役・実行役となるべき。

本書を「AIや情報技術は人智を超える」論の一つとして捉え、無批判に礼賛するのも、反射的に敬遠するのも、どちらもナイーブに過ぎる。本書の主要なポイントは、「21世紀の技術に即して民意の解像度をあげて、エビデンスに基く政策決定をし、その決定の効果を評価指標で測ろう」という点にある。そこにあるのは、今手にしていない技術への過度の期待でも、SF世界に想いをはせた妄想でもない。私は本書の狙いを、今の選挙制度とその枠組み中で確保された権益が足枷となり、身動きがとれなくなってしまった「行き詰まった民主主義」を、既存の思想の枠外からゆすってみようという試みというようにみた。勿論、その揺さぶりの力というのは震度として計測できないくらいの、家の前にダンプカーが走って、かすかに揺れを感じた程度なのかもしれない。が、累計15万部に到達しているのは、本書の起こす波動に呼応した人が少なからずいた、というエビデンスに他ならない。

 

本書の感想と評価は、おそらく下記の大きく2つに分かれるだろう。

  • 本書で描かれている構想や思想に、22世紀の民主主義の片鱗と期待を感じつつ、一つの可能性を見出す
  • 本書の内容は、荒唐無稽以前に、何を言っているのかさっぱり理解できない

下村博文氏はきっと後者に属し、「こんな駄本を読んでいないで、若者よ選挙に行こう」と言うかもしれない。「若者よ選挙に行こう」というのは、「20世紀の民主主義」の合言葉であることに気づくことなく。そういう意味で、本書は、読者を「20世紀の民主主義」と「22世紀の民主主義」という2つの色にわけるリトマス試験紙としての役割も果すに違いない。

 

 

*1:下村氏は同番組で「憲法14条で全ての国民は等しく法の下に平等であると定めているから、余命別投票制度はそれにそぐわず年齢差別を生む」とうたっていたが、17歳以下には投票権を与えず、80歳を越えて痴呆が進んでいる老人であっても1票を与える今の現状を年齢差別とは考えないのだろうか。

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