2月から始まったロシアウのクライナへの侵攻を端に発した戦争は終わる気配を見せない。どのような終結を見せるかは未だ不透明であるが、この戦争がどのような形を迎えるのかで国際秩序は大きく変るということだけは確かだ。一方で、世間の雰囲気にこの戦争に対する中弛み感があるのは否めない。アメリカのニュースは、FRBの利上げとインフレ抑制政策や中間選挙の動向により多くの時間がさかれるようになっているし、日本のニュースも、国葬問題から岸田政権の支持率低下と国内問題に多くの時間が割かれている。私自身も当初は関心を高く持って注視したり、ウクライナのNPOに寄付をしていたりしたが、最近はアンテナが下がってきている感が否めない。その理由を考えるに、見通しが不透明で膠着状態が長く続いていることに原因があると思う。その不透明感が少しでもぬぐえればと思い、『ウクライナ危機後の世界』を手にとってみた。
本書は、国際ジャーナリストの大野和基氏が「現代の知の巨人」ともいうべき人へのインタビューをまとめたもので、各氏の高い視座による現状の理解と将来への展望がコンパクトにまとめられている良書。刻々と変わる情勢とその複雑性を考えると、一人の著書の分厚い本を時間をかけて読むより、多くの現代の知性の多角的な視点に触れることのほうが、勉強になる。
本書が面白いのは、現状の理解と将来への展望への見方が「現代の知の巨人」と言われる人の中でも一定ではなく、そして時に対立していることが見てとれることだ。例えば、この戦争を「民主主義と権威主義の対立」という枠組でみることへの是非があげられる。ラリー・ダイアモンドはこの戦争を「民主主義と権威主義の対立」という軸でとらえる。
ロシアによるウクライナ侵攻もまた、権威主義国による民主主義国への攻撃に他ならないのです。その目的は、ウクライナに西側の民主主義国との提携を諦めさせることにあります。・・・<中略>
この戦争でウクライナが勝つことが非常に重要なのです。ウクライナ一国だけの問題ではなく、その勝敗如何によって世界秩序の趨勢が民主主義と権威主義のどちらに傾くかが賭けられているのです。
『ウクライナ危機後の世界』 〜ラリー・ダイアモンド〜
ラリー・ダイアモンドは過去15年間のうちに民主主義は衰退傾向にあり、今や世界の人口の半分以上は非民主主義国に住んでいるという。そして、この戦争は民主主義と権威主義の戦いの分水嶺であり、ウクライナの勝利は権威主義の侵攻に楔を打ち込み、民主主義の再活性化への狼煙となると力を込めて語る。
それに対して、ユヴァル・ノア・ハラリは逆に中国やロシアのような権威主義国を破壊するために民主主義国が結束すべきという考えは間違えであるとはっきり述べている。
この戦争は、単に民主主義対権威主義の問題ではありません。私たちは権威主義国に対して結束するのではなく、武力侵攻に対して結束するべきです。私はもちろん民主主義国に住みたいですが、権威主義国も必要です。世界を権威主義国対民主主義国に分断することはよいことではありません。権威主義国がすべてロシアのように行動すると考えるのは間違いです。
『ウクライナ危機後の世界』 〜ユヴァル・ノア・ハラリ〜
ハラリはここ数十年を振り返ってみても、隣の国に突然武力侵攻するというのは国際標準とはかけ離れたものであり、それは多くある民主主義と権威主義に共通してみられる傾向であると述べる。権威主義の大国と言えば中国であるが、ハラリは中国も1979年にベトナム侵攻を行って以来隣の国に武力侵攻していないのだから、ロシアと中国を一つの陣営に一括りにしてはならないと強調する。
ハラリの主張の方に私はより強い説得力を感じる。その一方で、香港や台湾の主権を筋を通しながらも侵食し、虎視眈々と自国の権威を香港と台湾に適用しようと試みる中国と、ロシアとウクライナの民族的かつ歴史的な一体性主張しながらウクライナの主権を自国の権威と武力で侵害するプーチンのロシアは、成熟度は遥かに違えど、同一の危険性をはらむ。また、民主主義はしょうもない民意に振り回されて迷走しがちな反面、武力侵攻や核攻撃という越えてはならない一線をこえないための抑止力は働くが、権威主義の国は上に立つものの思想とパーソナリティで抑止力がきかないという構造的な問題を抱えるのも事実だ。
そんなあれやこれやが頭にうかぶ中で、政治学者でありながら、民主党の政府高官を勤めたジョセフ・ナイの下記の現実的かつバランス感覚のとれた視点もとても勉強になる。
西側諸国も、軍事的には中国を牽制しつつも、中国と協力すべき分野が多くあることを認識しなければなりません。・・・<中略>中国との緊張関係、競走関係があることは事実ですが、これを新な冷戦だと考えてはなりません。国際社会のルールづくりの場に、中国が加わるようにしていく必要があるのです。
『ウクライナ危機後の世界』 〜ジョセフナイ〜
まぁ、中国とは相容れない部分も勿論あるし、その危険性を決して軽視はできないが、だからこそロシアと一括りにせず、こちら側のルール作りにうまく巻き込みながら、取り込んでいこうや、という戦略的な視点は面白い。
3氏のそれぞれの主張と立場の違いを以上紹介したが、同じ問題を語らせても、こんなに色々な視点がでてくるものかと、他にも様々な論点が語られており、ひと粒で10度くらい美味しい良書であった。
若干読み応えはあるものの、各章はコンパクトにおさまっており、各氏の主張が小難しい専門用語を使わず平易にまとめられている。今のロシア・ウクライナ情勢をニュース以上に深堀してみたいという方には強くおすすめしたい。