Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『何とかならない時代の幸福論』 社会への信頼と幸せな社会

先日、子どもたちが通う補習校で、コロナ禍以後初めて運動会が開催された。久し振りの大規模イベントであったため、運営の方々の苦労と努力は計り知れないものがあったことは簡単に想像できる。当日は晴天に恵まれ、大きなトラブルもなく、生徒たちも久し振りの運動会を大いに楽しんだようで、とても良いイベントとなった。

が、その裏側で一つだけ悲しい出来事があった。幼稚部の生徒の種目で親子ダンスというものがある。その名の通り、保護者と生徒でダンスを踊るという愛くるしい種目だ。北米でも中規模の当校では、保護者にも先生になって頂くというケースがよくあるのだが、幼稚部の子供を持つ先生が今年は複数いた。競技時間はそれこそ10分程度なので、その時間のみ競技に参加をしたいという要望が当の先生からあがったのだが、運動会中は業務時間内であるため、どうしても親子競技に参加をする場合は丸一日有給をとらないといけないという意見がでた。その件について、色々話をしたのだが結果として、

  • 授業料を払っているのに子供を先生がみてくれないという親からの批判
  • 勤務時間中なのに業務外のことをする先生がいることへの他の先生からの不満
  • 10分がよければ1時間はどうなんだという疑問

などが起こることを慮って、結局当の先生方は親子競技への参加は叶わなかった。

 

  • 場合によっては10分くらい業務から抜けることを許容するほうが、働きやすい職場になるのにどうしてそうできないのか
  • より多くの人が幸せになることよりも、何故あらゆる角度からの批判に対処することを優先させてしまうのか

そんなことが気になり、もやもやしている中、ブレイディみかこさんと鴻上尚さんの『何とかならない時代の幸福論』を読んだ。その中に丁度、私の感じたもやもや感をきれいに整理してくれる言葉を見つけた。

「周囲の人たちがきっと嫌だって言うに違いない」っていう考えは、あまりにも社会への信頼が足りない。確かに日本にはそういうところは、あるような気がします。

『何とかならない時代の幸福論』

これは、日本に大型の台風が到来した際に、ホームレスが避難所に入るのを役所の人から断れた、という出来事を二人で語っている際にでてきた言葉だ。その出来事を英国のニュースでみたブレイディさんの息子が、

  • ホームレスを追い返した担当者自身は別に受け入れても良いんじゃないかと思ったに違いない
  • だけど、周囲の人たちや役所の上役がそれを許さないということを忖度して、追い返したのではないか
  • その出来事から「日本人は社会に対する信頼が足りないんじゃないか」と思った

というエピソードが紹介されていた。

勿論、真相はわからないが、「周囲がこういうネガティブな反応を示したらどうしよう、それを回避するためにこうしておこう」という力が日本では働きやすいというのは確かだと思う。

  • たかだか10分くらい抜けることは多くの人がきっと許容してくれるに違いない
  • 「そういう事情なら私がその間に子どもたちを見てますよ」と言ってくれる保護者がいるに違いない
  • 先生たちからも「じゃぁ、その間私がまとめて生徒を見てますよ」という申し出があるに違いない
  • よしんば不公平感を口にする先生がいても「その程度は許容できる職場のほうが働きやすいじゃないですか」と声をあげる先生がいるに違いない
  • 「10分がよければ1時間はいいのか」という疑問がでたとしても、「どうすれば皆がより幸せになれるのか」という生産的な議論をすることで解決できるに違いない

という信頼がなかったのが、きっと今回私が望むような形に落ち着かなかった原因なのだろう。当の議論をしている際に、そういうことをきちんと言語化できたら、違う形にできたのではないかと、自分の見識と知性の足りなさを悔やむばかりである。

 

本書ではコロナ禍の自粛警察についても色々語られており、「幸せ」に背を向けて我慢をして、その我慢を人にも強要する、という「不幸せ」な選択を安易にしてしまうことについて、大いに疑問が寄せられていた。その一方で、誰もが自粛警察をよく思っているわけではなく、そういう日本人の気質に対して疑問を呈する声も多くあがり、より議論が深められていることについて、前向きな意見もだされていた。

アメリカでは、生徒たちが辟易とするくらい人種差別問題に対して授業をしているのに、未だに”Black Lives Matter”みたいな問題が起こる。が、その度に大きな議論が巻き起こり一歩一歩社会が成熟に向かって歩みを進めているとみることもできる。当補習校もそういう道を歩んでいるのだと理解し、もっと色々学習をして見識を深めなければと思いを新たにした。

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