Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『来たるべき民主主義』 哲学者の語る温かく優しい民主主義の未来

夏といえば、アメリカに住むわが家にとっては日本への一時帰国の季節だ。昨年は、コロナ禍で帰国を見送ったので、この夏は久しぶりの日本への帰国だ。東京都の小平市は私の帰省先だ。東京都の多摩地区で育ち、大学まで多摩圏内で過ごした私は、小平市に滞在していると、「あぁ、帰ってきたな」とやはりホッとする。

 

その小平市で道路建設をめぐる住民投票が実施され、話題になったというのは知っていたが、あまり詳細は把握していなかった。ひょんなことから、『暇と退屈の倫理学』の著者で哲学者である國分功一郎氏が、小平市在住であることとその当の住民投票運動に深く関わっていたことを知る。國分氏が小平市の住民投票での経験から『来たるべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』という本を上梓しており、住民にとって身近な市井の問題を題材に、民主主義を語っているというので、これは帰省前に一丁読んでおくかと手にとった。

 

國分氏の持ち味は、複雑なコンセプトをわかりやすい明快な言葉でずばっと現代風に切り取ってくれるところだ。そんな筆者にとって、自らが当事者として関わった小平市都道328号線の住民投票の経緯をわかりやすく説明するなどお手の物。ぼんやりとした「そんなことをやっていたらしい」という状態から、ことの経緯と問題点が正確に理解し、住民と地方自治体の両当事者の立場を把握するところまで一気にもっていってくれる。これは流石といったところ。

 

そして、アカデミックな内容を手触りと実感のある言葉でわかりやすく説明するという特技を活かし、その住民投票を題材に民主主義のあり方を考える土台を読者の頭の中にどしっと築いてくれる。「民主主義」自体が私の最近のテーマなので、ホッブス、ルソー、ドゥルーズ、デリダという政治哲学の論理の要点が噛み砕いてい説明されている本書は今までの勉強のまとめの機会となった。勿論、それだけでなく、小難しい政治哲学の考え方を通して、市井の実際の問題を考えるという筆者の思考の形跡を学ぶことができる、というのも本書のおすすめポイントの一つだ。なお、そういった思考プロセスを学ぶには、『哲学の先生と人生の話をしよう』という國分氏の別著も強くおすすめできる。こちらは他愛もない人生相談をアカデミックな香りも漂わせながら、鋭い切り口でずばずば切っていくという軽い読み物であるが、楽しく読めるだけでなく多くの学びもあるのであわせてお勧めしたい。

 

本書で紹介されるどの内容にしても、筆者以上に要点をまとめて書く能力は私にはないので、気後れして内容にはあまりここまで触れてこなかったが、一点だけ私の一番の学びを紹介させて頂きたい。筆者は、本書の後半部分で、法による強い統治の効いた社会よりも、多くの制度が整えられた創意工夫に溢れた社会を、民主主義の行く先として指し示している。少し噛み砕いて説明したい。

法というのは「〜してはいけない」と人の行為を制限することによって、社会に統治をもたらす。「盗んではいけない」、「殺してはいけない」というものだ。社会を豊かにするためには、最低限のルールは必要であるが、「〜してはいけない」という制約だけでは、残念ながら豊かな社会を形成することができない。現在、ロシアや中国がインターネットによる情報の取得を制限していることからも伺える。

それに対して、制度というのはそれによって可能になる行為の数が増えることになる。結婚制度や所得制度というのは、幸せな家庭をを築いたり、豊かな生活をするための手段を実現するものだ。なので、少ない法を土台として、多くの制度がある社会には自由と創意工夫が持たらされ、より豊かになることができるという。

筆者は本書を通して、立法権を主体とした現在の議会制民主主義に疑念を呈したり、選挙によって選ばれることのない地方自治体の職員が強い行政権を保持していることに、疑問を呈している。が、それらの立法権や行政権を制限するのではなく、住民投票のような制度をより多く設けるという提言を全体を通して行っている。私はそこに温かく優しい民主主義の形をみた。

 

以上、本書の魅力を語ってきた。現在地方自治体と対立し、住民投票などの手段を検討している方には参考になるので是非読んで頂きたいし、また「民主主義」という言葉は知っているが、ぼんやりしてよくわからないという中学生や高校生にも是非手にとってほしい。筆者の示す温かく優しい民主主義は若者に多くの希望を与えてくれるだろう。

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