家族が一時帰国で日本に戻ってから1か月弱がたつ。私は元々料理は好きだし、家事も様々なテクノロジーのお陰で苦にはならない。普段は妻がやってくれる、コーヒーを淹れたり、洗濯物を畳んだりすることは自分でしないといけないので、若干の負担増はあるが、普段から家事の割合は7:3くらいなので、「妻がいなくて困る」ということはない。
「家族の一時帰国中にやることリスト」も、家族がいなくても時間は無限に増えないことも自分の限界も、長年の経験からわかっているので、リストに盛りすぎることもない。今年は、前のオーナーの張った、グレーのガレージの壁紙を剥がし、オフホワイトのペンキを塗って、ガレージを明るくするというのが、一大プロジェクトであった。残タスクはとっとと片づけたい性質なので、早々に取り組み、満足いく仕上がりとなった。
残りは読み途中のトマ・ピケティの『21世紀の資本』を読了することと、追加で足した茗荷の植え替えをするくらいで、極めて順調だ。だが、好事魔多しと言う。何しろトラブルに愛される性分なので、最後まで油断せず、日本への一時帰国まで無事過ごしたいものだ。
家族がいない間は、車で1時間半ほどのレイク・タホにハイキングに行きまくった。この季節は、残雪をまとった花崗岩と澄み渡る青空、それらの美しい景色を強い透明感で映し出す高山湖のコントラストが最高に美しい。土曜日にせっせと早起きをし、早朝から車を走らせ、20キロ近いハイキングを満喫した。
きつい登りで自分の身体に向き合う際に、「もう会社の業績とかどうでもいいわ」と日頃のストレスが吹き飛んでいく解放感はたまらない。「ここを超えれば、レイク・タホらしい絶景を拝める」という目的地直前の高揚感、そしてお目当ての絶景を眺めながらのんびり持参したプロテインを身体に補給する際の充実感が大好きだ。
自分がハイキングにこんなにはまるとは思わなかったが、地の利を活かして毎年大いに楽しんでおり、私のアメリカ生活を彩る重要な1ページだ。
だが、お目当ての絶景に目を奪われつつも、いつも少しだけ満ち足りない。綺麗な景色を堪能すればするほど、「家族にもこの景色を見せてやりたい」、「この感動を分かち合えたら最高なのに」という別の想いがいつもよぎる。『呪術廻戦』の石流が求めたスイーツ、と言えば分かる人には分かるに違いない。私にとっては家族とはそんな存在だ。
最近、個人の自由なライフスタイルや経済的な自由度を求めて、独身を志向する若者が多いということをよく聞く。私も独身一人暮らしをしている時は、その気ままさが好きだったからわかるし、丸一日使って趣味に没頭する中で、家族がいないことに物足りなさを感じる自分の姿なんて想像できなかった。
全員がそうでないだろうし、私が特別なのかもしれない。が、コスパやタイパとかいう言葉に流されて、結婚という選択肢を簡単に除外してしまうのはやっぱりもったいない。自分より大切なものがある人生に、少しでも想いを馳せてくれたらよいな、と思う。
熊代亨さんの名著『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』の下記の一節を紹介して、本稿を締めたい。暇な独立記念日の朝、近所のスタバでコーヒーを飲みながら。
私が一人の親として子育てを営んでいると、楽しいことも苦しいこともたくさん経験する。子育てという長い時間のなかで親も子も歴史を重ね、替えのきかない関係性を紡いでいく一連のプロセスに、私は特別な意味を感じているし、これが、私よりも年上の人々が語っていた〝子育ての意味〟なのだろうと直観している。




