難しいプロジェクトに関わった人間が4、5人集まり、本書の内容をネタに酒を飲み始めたら、話が尽きずに一晩中飲める、『プロジェクトリーダーの仕事』はそんな本だ。筋の通った理論、プロジェクトの現場に渦巻く苦闘や葛藤、そしてゴールを実現するリーダーとしての心が描かれ、語りどころに事欠かない一冊。
著者、吉橋徹氏は総合商社を退職後、コンサルティング会社に勤め、30年近くプロジェクトマネジメントの専門家として数々の巨大グローバルプロジェクトを日米を股にかけて手掛けた百戦錬磨。肩書と経歴だけ聞いてもイメージが沸かないという方も、「第1章 背景」を数ページ読めば、筆者の豊富な経験がおのずと立ち上がってくる。そんな経験者にしか描けない迫力が本書には溢れている。ページを手繰るたびに、「あるよなぁ」という実務上はまりがちなプロジェクトのシーンのオンパレードで、息つく間もなく356ページの大作を読み終わってしまった。
プロジェクトが実行フェーズに入ると、計画時点では想定していなかった出来事、たとえば、要件の解釈がずれる、関係者の期待が変わる、前提条件が崩れる、外部環境が動くことなどが、必ず起こります。不確実性のないプロジェクトは存在しません。
重要なのは、不確実性を「例外」や「トラブル」として扱わないことです。実行フェーズにおける不確実性とは、プロジェクトが現実と向き合い始めた証拠であり、むしろ自然な状態なのです。
『プロジェクトリーダーの仕事』 第6章 実行
プロジェクトというものは、なかなか当初のスケジュール通りには進まない。想定外の要件がでたり、チームのパフォーマンスが思った通り出なかったり、そもそも初めのスケジュールに無理があったり、当初の想定が崩れて、徐々に「こりゃ無理だな」というk空気だけが蔓延していくプロジェクトが何度あったことか。筆者は、プロジェクトの不確実性を「プロジェクトが現実と向き合い始めた証拠であり、自然なこと」とし、そこで必要なのはトラブル対応ではなく、変化した状況を直視し、判断を引き受け、その更新された判断に基づいて実行を重ねていくことだという。
私の話になるが、勤め先で経営指標の一部を刷新するという緊急プロジェクトが立ち上がり、昨年の10月頃から従事していた。そして、そのプロジェクトは、恥ずかしながら絵に描いたような崩壊をたどっている。
新CEOの号令で新年度に間に合わせるべく1月半ばから稼働という無理筋なスケジュールがひかれ、「いや、無理じゃね」という空気感の中でプロジェクトは開始。案の定、予定通りに作業は終わらない。そして「新経営指標の新年度展開」というゴールは、「第一四半期が終わるまでになんとかすれば良いんじゃない?」と自然に醸成された空気に置き換わっていった。そして、7割近く進んだあたりから、終了の宣言のないまま、リソースが自然消滅的にはがされ、未完了の3割には、今も蓋がされたままになっている。
本書の言葉を借りれば、プロジェクトが現実に向き合い始めた時に、状況を直視して判断を更新できなかったのだと思う。管理型PMは存在していたが、「判断を引き受けるリーダーシップ」が発揮できなかったのだ。
「あぁ、このプロジェクト開始当初に本書を読んでいれば」と、正座で猛省している。
そして、上記のような『プロジェクトリーダーの仕事』の真髄があますことなく描かれていることにプラスして本書の魅力となっている点は、単なる方法論の解説ではないところだ。かなりの紙面が割かれた「COLUMN」や「ここだけの話」には、筆者の生きた経験が凝縮されている。こういう欄には自分の華々しい成功体験を書きたくなるものだが、本書で紹介される多くは苦い失敗談だ。単に正論を振りかざすだけでなく、正論を実現する際の痛みや苦労もあわせて描かれており、現実を直視してきた経験者のみが醸し出せる迫力がある。苦しみながらプロジェクトを推進するリーダーにきちんと寄り添ってくれる。
本書に通底するメッセージは、現代のプロジェクトは単なるタスク・進捗管理をしているだけでは成功に導くことができないということだ。覚悟とオーナーシップをもった判断を積み重ねる役割を、誰かが引き受けなければ、複雑なプロジェクトの本当のゴールは達成できない。「判断を引き受ける」という定量的な指標には表れにくい原則の重要性が、数々の失敗や葛藤と共に描かれているからこそ、本書のメッセージは心に刺さるのだと思う。
冒頭の繰り返しになるが、難しいプロジェクトの経験者が集まり、本書をネタに酒を飲み始めたら、話が尽きることはないだろう。『プロジェクトリーダーの仕事』は、そんな一冊だ。多くの方に手にとって頂きたい。




