Thoughts and Notes from NC

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『夢を叶えるための勉強法』 受験は自己肯定感を養う絶好の機会

私は都内の中高一貫の私立学校に通っていた。高校受験はしなかったので、高1の時がおそらく学力の底辺であった。全国模試などは中学受験以来受けたことなどなかったのだが、大学受験に向けて自分の位置を把握するのも大事だろうと考え、高1の終わりに河合塾の「ハイレベル模試」なるものを受けた。それなりの進学校の中で、上の下くらいの成績をとっていたので、「まぁ、偏差値は50の後半くらいで、場合によっては60台にいくこともあるか」と思ってのぞんだが、軒並み40台前半であった上に、英語が30台という木っ端微塵の玉砕ぶりで、鈍り甘えた心を入れ替えるのに良い機会となった。

模試の結果でやる気にスイッチが入り、高2の初旬くらいから緩くロングスパートを開始し、結果としては、志望していた国立大学に無事に現役で合格することができた。今から思い返しても当時はよく勉強したものだと思うが、努力の結果が模試や校内考査に形として表れることでやる気を保ち続けることができたのが大きい。スタート地点が低かったことの恩恵をうけたとも言えなくはないが、受験勉強というのは努力の成果が形に表れやすく、私には取り組みやすかった。。

日本の大学受験は、その出題内容のマニアックさや寒い冬の時期の一発勝負加減など、多くの問題があることは確かだ。が、「勉強の効率性をあげること」と「惜しまぬ努力を続けること」の掛け算によってほぼ確実に成果をあげることができるその仕組は、若者の「正しい努力をすれば報われる」という自己肯定感を育むことの役には立っているのではないだろうか。少なくとも、私はそういう単純明快な若者であった。

 

そんな私ももう45歳のど真ん中のおっさんであり、大学受験などについて思い出したり、考えたりすることもとんとなかったのだが、本日紹介する『夢を叶えるための勉強法』は、そんな30年近い前の青春の一コマを思い出させてくれた。 

夢を叶えるための勉強法【電子特典付き】

夢を叶えるための勉強法【電子特典付き】

  • 作者:鈴木 光
  • 発売日: 2020/12/11
  • メディア: Kindle版
 

 勉強法と言っても大学受験や資格試験向けの勉強方法が中心なので、本書は本ブログの読者のストライクゾーンには恐らく入らない。なんで本書を手にとったのかと言うと、隔週で、私、妻、娘と息子で何か本を読んで書評を書くということをしばらく続けているのだが、たまには全員で同じ本を読んで書評を書いてみようということになり、小6の息子と45歳のおっさん交わり用のない中間点を見つけようとしたら本書にいきついたからだ。筆者の鈴木光女史は、人気クイズ番組『東大王』のレギュラーであり、家族で視聴しており、お馴染だからというのももうひとつの理由だ。

 

日本の受験戦争をくぐり抜けた自分の経験からして、本書は日々学校の勉強に取り組む小中高生には強く勧めたい。体系的に効率的な勉強方法がパッケージ化されているという手堅さがあると共に、常に自分の頭で考えてより良い勉強方法を模索している筆者の姿勢を学ぶことができるのも大きい。まずは、本書に書かれている勉強法を真似して、それを土台に自分の適性にあわせて調整することができれば、受験でそれなりの結果を残すことができるのではないだろうか。また、本書を読めば、受験戦争のトップランナーである彼女は、気づいたらそうなっていたわけではなく、とてつもない努力と改善を重ねて今の位置にいることは容易に理解でき、努力なくして結果はついてこないということも学ぶことができるだろう。

 

受験世代の若者には大いに参考になる勉強法が本書では沢山紹介されているが、筆者の受験勉強に対するスタンスは興味深く、強く共感できた。

勉強というジャンルが「努力すれば報われる」という体験をするのにとても適しているからです。

勉強は結果が点数としてすぐ表れるので、漢字や単語などの確認テストのようなものであれば、少し勉強法を変えたり勉強時間を増やしたりすることで目に見えて頑張った結果を得ることができます。
『夢を叶えるための勉強法』

社会にでて仕事を始めると、正解のない問題に対して、少ない材料で決断を迫られることが多々ある。正解に近い決断をし、それを成功に持って行くために死に物狂いで努力をしても、結果が伴わないことも間々ある。また、呪われているんじゃないかと思うくらい歯車が逆回転し、悪いことが重なる悪循環に陥ることも少くはない。そんな難しい状況に数えられないくらい直面したが、いつも打開の起点になったのは「今は状況はよくないが、正しい努力を一生懸命重ねれば、必ず事態はいつかは好転する」、「うまくいかないことがあっても、きちんと努力をすれば長い目で見れば必ず結果として高い勝率をえることができる」という、正しい努力は報われるという成功体験から紡ぎ出された自己肯定感だ。そして、その自己肯定感を育むきっかけが私にとっては受験勉強であった。本書を手にとった若者が、正しい努力の仕方と共に、努力を重ねて成果をあげてきた筆者の姿勢を学び、多くの自己肯定感の強い若者が育ってくれると、日本はもっとよくなると思う。 

『潜入ルポ amazon帝国』の「潜入ルポ」部分が短すぎる理由

『ユニクロ潜入一年』に引き続いてジャーナリスト横田増夫氏のルポ『潜入ルポ amazon帝国』を手にとる。わが家は家族全員がKindleを持ち、書籍の購入はほぼamazonでし、書籍以外のオンラインの買い物の大半もamazonでするというヘビーユーザだ。幸か不幸かEchoにはまだ手をだしておらず、生活の隅々まで支配されているという段には至っていないが、amazonなしの生活は考えずらいほど浸透はしている。自分の取り皿の上のソーセージの製造工程を見るような怖さは正直あったが、自身の生活に根ざしているものはきちんと理解する必要があるという気持ちで読んで見た。

潜入ルポ amazon帝国

潜入ルポ amazon帝国

 

 

初めにコメントしておくが、本書は『潜入ルポ amazon帝国』というタイトルとなっているが、10章ある章の中で「潜入ルポ」になっているのは、初めの1章だけである。その他の章は、元アルバイトや社員へのインタビュー、他国のジャーナリストへの取材、宅配ドライバーの車に乗り込んでのルポ、マーケットプレイス出店社への取材など通してamazonを多角的に捉えようとするノンフィクション作品になっている。食べているソーセージの中身を知るという私の目的は達成された点で、本書は私の期待値を満たしてはいるが、『ユニクロ潜入一年』のようながっつりした潜入ルポを求めていたので、そこは正直若干期待外れであった。

 

が、この「潜入ルポ」部分の短さがamazonの倉庫の職場としての特徴をとらえているとも言える。要するに書くことがあまりないのだ。本書の1章は筆者自身の「潜入ルポ」であり、渡された端末に従って黙々と筆者が注文をピッキングする様が描かれている。倉庫作業の実情が赤裸々に描かれており、最初は非常に興味深く、読み応えがある。が、一度作業の流れや仕組みを書いてしまうとそれ以外に書くことがなくなってしまったかの如く、文章が細っていってしまっているのが面白い。それは何故かと言えば、amazonが倉庫作業員を完全に大きな機械の歯車の一つとしてしか扱っていないことに起因する。倉庫作業のピッキングなんてamazonに限らず多かれ少なかれ歯車の一つだろうと思う人もいるかもしれないが、そういう人こそ本書の1章を読んでみてほしい。歯車に0.1分の魂も許さないamazonの冷徹ぶりをうかがうことができる。4章ではヨーロッパで同様に潜入ルポを書いたジャーナリストへの取材が紹介されているのだが、他国でも全く同じ状況であることが確認でき興味深い。イギリスのパブで取材をした相手のジャーナリストの一言が印象的でああった。

ここのパブだって、飛びぬけて時給が高いわけじゃない。けれど、ちゃんと働いている人を大切にすれば、人は集まってくるものなんだよ。アマゾンは、人を人として扱っていないことに最大の問題があるんだ。

 

『ユニクロ潜入一年』との対比で見るのも面白い。ユニクロのルポではその職場に、とっつきやすい人もいれば、高圧的な人もいたりして、その職場には人間の顔があった。それぞれ描くことのできるキャラクターがあり、千差万別のお客様が相手であることもあり、描くエピソードにことかかなかったのではないか。また、柳井会長がアルバイトも含めて全員に経営者意識を求めており、それそのものはアルバイトにそこまで求めて檄をとばすってどういうこと?、という疑問はあれど、働く人の潜在能力に期待するという点でamazonと対極で面白くはある。が、amazonは、物流業務についてはそこをマネージする管理者も含めて、「仕組み」に統合された人間性の一切排除された職場であり、一緒に働いている人から雑談をとおして何かを引き出すことも至難の技であることが、伝わってくる。この書くネタの無さ感が潜入ルポとしての読みどころであるというのは逆説的でありながらも興味深かった。

 

ステイホーム生活でamazonでぽちぽち買い物をしている方は多いと思うが、そういう方は興味を持って読めることは間違いないし、付き合い方を考える材料に溢れているのでオススメの一冊である。

『16歳のデモクラシー』

本書『16歳のデモクラシー』は、佐藤優氏が埼玉県立川口北高校の2年生を対象に、ラインホルド・ニーバーの『光の子と闇の子』を題材に民主主義について講義をしたものを書き起こした講義録だ。昨今、政治の混乱と民主主義の危機が声高に叫ばれており、「民主主義」は私の2021年の勉強テーマの一つだ。

 

本書は高校生への講義録という形をとっているため、勉強のとっかかりとしては調度良いと正直高を括っていたのだが、思っていたより遥かに難解で不勉強を痛感する羽目になった。第二次世界大戦末期に民主主義の構造的な脆さとその原理の正当性を主張したニーバーの『光の子と闇の子』を理解するためには、古代ギリシアまで遡る民主主義の歴史、フランス革命から第一次世界大戦を一区切りとした十九世紀史、西欧社会の基盤となっているキリスト教の歴史と思想など、幅広い知識が求められるが、博覧強記の筆者がもれなく解説をしてくれるところは本書の魅力の一つだ。

 

とは言っても、ある程度前提知識があるところは読み進めることができるが、勉強不足のところは本書を読めば、そのまま理解までもっていってくれるという懇切丁寧な初学者向けの解説本までにはなっていないので、個別のテーマについて、さらに深堀する勉強を求められる点は、指摘しておきたい(少なくとも私には更なる勉強が求められている)。そういう点で本書は、読めばパッケージ化された知識がもれなくはいっているという構成にはなっていないが、その反面、何故学習が必要なのか、学ぶことの楽しさ、どうやってわからないことを学んで行けば良いのか、という勉強の要点が熱意をもって語られており、「あぁ、わからないからいいや」とならずに、「もっと学習して理解できるようになりたい」という知的好奇心が刺激される形になっており、そこも本書の良い所だ。筆者は強面のイメージがあるが(事実、顔は怖い)、本書からは若者好きという佐藤氏の私の知らなかった一面が垣間見えて、それも面白かった。

 

アメリカ大統領選挙は、過去に例をみない形での決着がつき、バイデンが新大統領として就任することになった。大きく分断されたアメリカ、その民主主義の危機、新大統領がどのように舵をきるのか、など目が話せないアメリカの民主主義を考える題材も本書には一杯つまっている。「お金が最も価値がある」というアメリカの拝金主義的な風潮も、民主主義の成り立ちを振り返りつつ、啓蒙主義やロマン主義などの言葉を使いながら見事に切り出せれており、大変勉強になった。が、ニーバーの『光の子と闇の子』を読みこなせるかといったらまだその段にはないので、2021年により学習を重ねて、現代社会をもう少し見通せる教養をつけたいと思う。向学心が何にしても大事なので、それがかきたてられたという点では、2021年の良い読書のスタートとなった。

成田空港の新型コロナウィルス検疫手続きについて

ただいま、日本に一時帰国中で、都内某所で自主隔離生活中。公共の交通機関の利用は控えるようにとのお達しがでているので、基本隔離先でおとなしくしている。入国に際し、抗原検査を成田空港で受けたのだが、どんな検査をどんな手順で受けるのか、事前に知りたいという方のために、2020年12月時点での私の受けた手続きを以下にまとめておく。勿論、手続きなどは適宜変更される可能性があるので、その点ご了承頂きたい。

 

帰日便搭乗前のWEBフォーム入力

帰日便の搭乗カウンターで、航空会社の職員に「新型コロナウイルス感染症対策 質問票回答受付」という厚生労働省の作成しているWEBフォームのリンクを渡され、家族全員が「入国者情報」、「日本滞在情報(隔離先の住所など)」、「流行地域滞在情報」、「体調情報」、「フォローアップ(LINEを使った帰国後の健康状況確認など)」などの情報入力を求められた。全て入力すると、QRコードが発行されるでの、スクショをとって写真として保存しておく必要がある。何故か、QRコードをメールなどに送信する仕組みにはなっておらず、スクショをとらないといけないので、少し面倒だった。全て入力するのに10分は間違いなくかかる。わが家は子供たちがスマフォを持っているので全員で一斉に入力できたのでよかった。滞在先の住所などは紙に事前にプリントアウトしておくと便利だ。

なお、WEBフォームを入力しなくても、同様の質問票を成田空港で渡されるので、搭乗前に時間がない場合は大丈夫だと思うが、搭乗カウンターでは入力は必須との案内を受けた。

 

到着後機内待機

成田空港に到着した後、国際線・国内線で移動するのか、成田空港が最終目的地なのかによって、飛行機をでた後の対応が分かれる。そのため、国際線・国内線での移動がある人が先に飛行機を降り、成田空港が最終目的地であったわが家は20分程機内待機を命じられた。人の流れをきちんと制御するための措置であると思われる。成田空港で降りる人は、急いででようとしても待機指示がでるので、そのつもりで。

 

引率

飛行機からの降機許可がでた後は、空港職員に印刷されて検疫所に向う。通常時は、降機した後は散り散りになっていくが、列を作って職員に引率されていくイメージだ。引率されたことなど小中学校の頃以来ではないか。

 

椅子に座って、書類記入

引率されて着いた場所には1メートル間隔くらいで椅子が置かれていて、順番に着席を求められ、2種類の書類を渡され、記入を求められる。一部は、搭乗前に記入した「新型コロナウイルス感染症対策 質問票回答受付」と内容が酷似していたが、特に指示がなかったので、「同じ内容をなんで何度も記入しないといけないんだよぉ」と思いながら全部記入をしたら、WEBフォームの入力をしてQRコードがある人は記入の必要がないとのことだった。じゃぁ、書類を配る際に言って欲しかったが、まぁ仕方がない。

 

パスポートと書類チェック

生類の記入が終わると席次順に受付カウンターに呼ばれ、そこでパスポートと書類のチェックを受ける。アクリル板が越しにパスポートと書類を渡し、確認が終わったら次の場所に誘導される。職員の方は全員マスクとフェイスシールドをしており、仕事なので仕方ないとしても、感染リスクのある職場で、感染可能性のある人への対応を一日中するのは、何とも大変である。書類の二重入力など職員の方々の苦労や心労を考えれば小さなものである。

 

検査キットを受取と検査

チェック済みのパスポートと書類を次のカウンターで渡し、ここで検査キットを受け取る。各キットに個人の識別ラベルをはって頂き、次のスペースへ。8〜10程の検査ブースがあり、そこに個別に誘導される。隣とは一応簡単な間仕切りがあり、各スペースの独立性が保たれている。そこで、検査キットに唾液を一定量いれるのだが、これが結構多い。各ブースの壁にはレモンと梅干しの写真が貼り付けられており、心配りが感じられる。私は、何なく唾液をだすことができたが、小6の息子はこういう検査が初めてであろうこともあり、中々唾液がでずに大苦戦していた。唾液がでない場合は面棒での検査にあいなるが、職員の方の優しい指導もあり、何とかクリア。ここで苦戦すればするほど検査の完了が後ろ回しになって待ち時間が長くなるので、すっと行きたいところだ。

 

パスポート、QRコードチェック

検査キットを渡した後は、設置されたカウンターでパスポート、書類、「新型コロナウイルス感染症対策 質問票回答受付」で取得したQRコードのチェック。フォームに入力した内容と別の書類に入力した内容に齟齬があるとここでばたつくので、事前にどの住所、電話番号を使うのか決めておいた方が良い。一時帰国の際は特に帰国時の電話番号がかちっと決まってないケースもあるので注意が必要だ。

 

番号を呼ばれるまで待機

上記のチェックが終わったらまたまた等間隔に並んだ椅子に座って自分の番号が呼ばれるまでひたすら待機。検査の混み具合でここの待ち時間は大きく左右されるところだと思うが、幸いにも私の場合はそれ程混んでいなかった。おそらく、30人待ちで30-40分くらいの待機時間であった。待機場所で読み上げられる番号と自分の番号の差でおおよその待ち人数がわかるので、参考にして頂きたい。

 

番号が呼ばれたら

自分の番号が呼ばれたら結果を確認し、無事陰性を確認することができた。わが家の場合は、米国で家族全員検査を受けて陰性を確認済みだったので、それ程心配はしていなかったが、陰性と言われるとやはりほっとする。検査結果を確認した後は、通常の入国手続きをとることになる。

 

 

以上が、成田空港での新型コロナウィルス検疫手続きになる。それ程、難しいことは一つもないが、これから海外から日本に帰国されるという方の参考になれば。

最後に、改めて一連の手続きを空港で対応下さっている職員の皆様へ感謝したい。色々な国から毎日人が来て、中には感染している人もいるであろうから、その心労は相当なものだと思う。私の時はならず者はいなかったが、長時間フライトの後で気がたって、職員にあたったりする人がいても不思議ではない。帰国者の皆さま、是非空港職員の方々に感謝と敬意をもって接して頂きたい。

『自分の頭で考える日本の論点』 新出口節と元祖出口節

日本に住んでいる時に一度だけ出口治明氏の勉強会に参加したことがある。キリスト教が歴史的に見て、何故世界の三大宗教になるまで発展したのかというテーマについて、氏独特の壮大なスケール感を熱っぽく参加者に語る姿が印象的な会であった。勉強会の後の懇親会でも、偉ぶること一切無く若者と和気あいあいと話す氏の姿をみて、「あぁ、この人は若い人が本当に好きで、自分の持っているものが若者の役に立つことに無上の喜びを感じる方なんだなぁ」と強く感じ、年をとったら自分もこんなオヤジになりたいと思ったものである。当時ライフネット生命の社長という立場であったので、営業活動と称して自身の名刺を配っていたが、自分の会社のためでなく、自分の楽しみにやっていることは傍から見ていて明らかであった。現在は、ライフネットの職を辞し、立命館アジア太平洋大学の学長をつとめられているが、未来ある若者と接することが何よりも楽しいという氏が、現職につかれたのは必然であり、こういう方が教育界で活躍頂くことは、国益にかなっており、誠にありがたいことだ。

 

本日紹介する『自分の頭で考える日本の論点』は出口氏の新刊である。

自分の頭で考える日本の論点 (幻冬舎新書)

自分の頭で考える日本の論点 (幻冬舎新書)

  • 作者:出口 治明
  • 発売日: 2020/11/26
  • メディア: 新書
 

 新型コロナウィルス対応や日本人の働き方の是非から安楽死や憲法9条改正の是非まで、現代社会が直面する幅広い政界のない問題について、わかりやすく基礎知識を解説した上で、そういった問題に対して自分なりの思考の切り口をどうやって紡いでいくかというプロセスを丁寧に解説した、一冊で二度三度美味しい本であった。博覧強記と壮大なスケール感という出口氏の持ち味は期待通り十分に発揮されている。が、大学の学長という立場が、「出口節」に新なフレーバーを加えている点は見逃せない。未来を担う若者が思いっきり活躍するためには年寄りは何をしてやらないといけないのか、という若者への愛情がKindleの画面からもうもうと溢れ出ていて、筆者の若者好きに拍車がかかっている印象を受けた。

 

本書は22の異る論点と、巻末に「自分の頭で考えるための10のヒント」がまとめられている。自分が興味があるテーマを読んでいくのも楽しみ方の一つであるが、「論点10 日本は移民・難民をもっと受け入れるべきか」は「新出口節」が如何んなく発揮されており見逃せない。移民の受け入れと活用は日本の国力を維持するために不可避であるという出口氏の立場は、移民大国であるアメリカに住む私の感覚に合致していたものであった。また、チープレイバーとして移民を受け入れるのではなく、世界中から優秀な人材を集めて日本を活性化させるために留学生の受け入れを移民受け入れの起点とし、その留学生たちが活躍できる制度設計をすべきという出口氏の見解は着眼点として非常に面白かった。APUの学長として、多くの海外留学生を受け入れて、世に輩出しているが故に耳に入ってくる現実的な政策課題と、それを解決するための制度上の提言が説得力と迫力をもって語られており、大変読み応えがあった。勿論、現代の日本の抱える移民問題を、3万8000年前くらいの日本に遡ったり、世界最古のシュメール人に想いをはせつつ語る「元祖出口節」も健在であることは言うまでもない。

 

前途ある若者のことを真剣に考えてくる大人がいることを知ることで元気がでると思うので若い人たちには、本書を是非手にとって欲しい。また、日本の直面する課題に自分の頭で考える道具を提供してくれるという点で、その課題に取り組む働きざかりの世代にも本書はオススメできる良書である。そして、年寄りのロールモデルとしての出口氏の姿勢に寄り添う方が増えてくれると嬉しいので、年配の方にも是非おすすめしたい。

『ユニクロ潜入一年』 実力主義の管理職に求められる資質

在宅生活が始まってからスポーツウェア以外は殆どユニクロ一択となっている。日本人の体にあったサイズが米国で買えるという現実的な事情もあるが、気ごこちとコストパフォーマンスを考えると、部屋着については正直他に選択肢が見当たらない。寒くなってきたのでヒートテックは手放せないし、JW ANDERSONとのコラボ企画はデザインも良いし、家族で上から下まで全部ユニクロという日も結構あるのではないか。

 

ユニクロ潜入一年 (文春文庫)

ユニクロ潜入一年 (文春文庫)

  • 作者:横田 増生
  • 発売日: 2020/08/05
  • メディア: Kindle版
 

 

そんなユニクロファンの私であるが、『ユニクロ潜入一年』 という横田 増生氏によるルポタージュを読んでみた。筆者は10年ほど前に『ユニクロ帝国の光と影』という書を上梓し、ファーストリテイリングの会社のブラック企業ぶりを糾弾したことで知られるジャーナリスト。その筆者が2015年から2016年に実際にユニクロの店舗で働き、改善された点と未だ改善されていない点を炙りだすという刺激的な書だ。ジャーナリスト横田増生としては同社に警戒されているので、一ヶ月も役所に通って名前を変えて、健康保険や免許証の名前まで変えるという潜入取材への気合のいれように思わずうなってしまった。

 

イオンモール幕張新都心店、ららぽーと豊洲店、ビックロ新宿東口の三店舗での筆者の生々しい経験が刻銘に記載されており、同社の顔が浮かび上がってきて興味深かった。特に面白いのは「部長会議ニュース」の話だ。同社では毎週月曜日に柳井社長も参加する部長会議が開催されているようで、その中での柳井社長のコメントが全店の掲示板に貼り出されるとのこと。

柳井社長に直接会うことはかなわなくとも、その生の声を毎週読むことができるのだ。そう思うだけで、ワクワクしてくる。

おそらく私は、ユニクロの中でも部長会議ニュースの屈指の〝愛読者〟ではなかったか。

何度も柳井社長への取材を試みつづけるも散々断られてきた筆者にとっては、この「部長会議ニュース」は貴重な情報源だ。そこで発信される内容を、折にふれて筆者は独自の視点で興奮気味に読みといていくのだが、その様子がなかなか面白い。

 

会社が大きくなると大企業が蔓延し、経営者の指し示す方向性を全社員に浸透させるのは至難の技だ。古典的ではあるが、「部長会議ニュース」として柳井社長のコメントをバイトも含めて全員に回覧するというのは、悪くない試みだと思う。本書では何度と無く「部長会議ニュース」の抜粋が紹介されているが、とにかく柳井社長からの檄が多いことに驚かされる。あるニュースでは「今期は経費の使いすぎにより、成長ではなく膨張であった」というコメントが紹介されているが、「そんな言い方やめてあげて」と思わず笑ってしまった。歯に衣着せぬ言い方で想いをストレートに伝えるのが必要な場面もあろうが、事業部レベルでもコミュニケーション担当がいて、全体へのメッセージを発信する際は伝え方や言葉選びも含めて細心の注意を払う自分の勤める会社とのギャップが興味深かった。

 

また、本書を読むと同社の徹底的な実力主義ぶりが伝わってくる。本書でも紹介されているが、下記ページで同社の職級別の年収がガラス張りに公開されていて、なかなか凄まじい。

www.fastretailing.com

私は、実力主義の外資系企業でずっと働いてきた。その経験から言えることは、この同社の実力主義は、仕事のできて、職級を駆け上がっていける人間にとっては最高の仕組みであるが、仕事があまりできず評価を受けることができない人にとっては地獄の仕組みであるということ、そして後者の群へのケアが仕組みを機能させるためには決定的に重要である、という2点だ。どんなに昇進の基準をガラス張りにし、客観性を保った仕組みを作ったところで、生身の人間は自動的には動かない。実力主義の会社こそ、特に高い評価をだせない人へのコミュニケーションが決定的に大事であり、そこを怠ったらスピンアウトされた人から「あの企業はブラック企業だ」という誹りを受けることになる。本書で、下記のように正社員になれなかったスタッフの恨み節が紹介されているが、これは同社でコミュニケーションの部分がうまく機能していないことがよく表れている。基準をはっきりさせると、その基準の上にあぐらをかいて、思考が止まってしまう人がよくいるが、仕組みや基準というのはあくまでツールであり、それを動かすのは生身の人間であることを忘れてはならないし、そこをうまくやることが実力主義の管理職に欠かせない資質だ。

「店長から、地域正社員になるためには、勤務評価や周りのスタッフをフォローする能力など六つの項目で一定水準をクリアする必要があり、あなたはそのレベルに達していないので推薦できない、と言われました。すべてが私にとって初耳でした。もし地域正社員になれないことがはじめからわかっていたら、ユニクロの辛い仕事に耐える必要もなかったわけです」

 

本書は、ユニクロの現場が臨場感溢れる形で描かれており、読み物としても最高に面白いので強くすすめたいが、ノンフィクションやルポを沢山読んできた私には客観性という点でマイナスの点をつけざるをえない。上記の恨み節もルポの雑誌掲載後の筆者への投書からの引用であるが、もっと実際に一緒に働いている人たちが同社の仕組みや労働環境をどう感じているのか、という生の声も掲載して欲しかった。きっと、この仕組みのなかで活き活きと働いている人も大勢いるはずなのだが、本書ではそういう人たちは「柳井教信者」とひとくくりにされてしまっているのは残念であった。肯定的な視点、否定的な点を公正にのせてこそ真実というのは浮かび上がってくるものではないか。でも、面白かったので『潜入ルポ amazon帝国』も読んでみよう。

 

社会人としての仕事の極意はみんなバイトの中華料理屋で学んだ

私は、学生の頃に大学の近くの中華料理屋でバイトをしていた。勿論、聘珍樓のような中華の名店ではなく、大学のある東京都国立に昔からある「町中華」で、多い時でも社員2名、バイト2名体制でまわす、客席30くらいの小さな店だった。友人は家庭教師などで時給3千円近い謝礼をもらう傍ら、せっせと時給8百円で皿洗いをしている私は、変な奴と周囲には思われていたかもしれない。学生の頃は色々なバイトをしたが、中華料理屋のバイトは通算で3年ほどやり、長く続いたのはきっと自分にあっていたからなんだと思う。働いている社員の人たちは気の良い人ばかりで楽しく仕事をさせて頂いた。「俺、卒業したのラーメン大学だから」とかとぼけながらも、ホール担当が読み上げた注文を10オーダーくらいは頭に入れ込むその記憶力に舌を巻いたものだ。

 

中華料理屋のバイトに楽しかった記憶は勿論沢山あるが、そこから学んだことも大きかった。勿論、麺上げのタイミングとか、プロの下味の付け方とか、音で餃子の焼き色を把握する技術とか、料理に関することも多く学んだが、それ以外にそこで学んだ多くは社会人として仕事をする上で多くが役立っているし、私の強みの多くはバイトの経験を通して培われたと言っても過言ではない。本エントリーでは、私が「町中華」で学んだ仕事の極意を共有したい。

 

仕事やトラブルが一斉に舞い込んでも冷静に対処する力

仕事をしていると、忙しい時に限って、盆暮れ正月が一気にきたように立て続けに色々舞い込むことはよくある。ただでさえ忙しいところに、追い込みをかけるようにトラブルが並行して起きるという経験がある方は多いに違いない。私は、そういう状況においてこそ、仕事人としての真価が試されるといつも考えている。慌てふためいては駄目だし、過酷な状況を呪ってふてくされても事態は好転しないし、投げたり逃げたりするのは論外だ。結局、優先順位をつけて一つ一つ淡々と対処をしていくしかない。わぁーっと仕事が舞い込んだ時に、パニックにならず、一呼吸おいて前に進むためのアクションを粛々ととっていくことは、私は自然とできるのだが、その能力はおそらく中華料理屋のバイトで培ったものだ。
私がバイトをしていたのは小さな町中華なので、店員が4名いても店がガラガラなこともあるが、昼時に一気にお客様が舞い込むということはよくあった。5分前までがらがらだったのに、あっという間に満席になって、てんてこ舞いになるということは日常茶飯事だった。3つくらいのテーブルからお客様がオーダーするために手をあげ、カウンターに運ぶべき料理が一度にあがり、さらにお会計をしようというお客様が2名ほどレジで待っている、それを全部自分で対応しないといけない、なんてことはよくあった。バイトを始めたばかりの頃は、あわあわとうろたえただけであったが、場数をこなすごとに、色々舞い込んでいる状況を理解して受け入れ、百点は諦めて大失点しないことを念頭におき、状況を落ち着かせるために粛々と一つ一つ対応する、対応力と胆力を学んだ

 

自分が苦手な人ともそれなりにやっていく能力

楽しく仕事をする上で、誰と一緒に仕事をするかはとても大事な要素だ。私が会社や部署を選ぶ際に、「一緒に仕事をしたい人」がいるかどうかは、最も重要な指標だ。だが、仕事をしていると、自分が苦手な人とも付き合わないといけない。私は、特に敬意をもって人に接することができない人や自信のなさの裏返しで横柄な態度をとる人とはあまり楽しく仕事ができない。が、そういう人というのは驚くほど多く、そういう方ともうまく付き合わないといけないのが現実だ。
そういう苦手な人への耐性、対応能力というのも、中華料理屋のバイトで学んだことの一つだ。接客業というは本当に大変な仕事だ。飲食店では「お客様」という立場を活用して、上から目線で顎で使ってくる人というのはとても多い。私のバイト先では、特に家族連れのお父さんというのが鬼門であった。「今日はお父さんがご馳走するから好きなモノを食べなさい」だけなら良いのだが、家族にお父さんの威厳を見せるために、ホールの担当に横柄かつ高圧的な態度で接する人というのは本当に多かった。私は苦手な人にはそれが伝わりやすいタイプなので、そういう高圧的なお客様がきた場合は、「この人はこういう人なんだ」ということを心理的にまず受け入れた上で、態度にでないように特に丁寧に対応をするようにしていた。横柄な態度というのは自信の無さの裏返しということに気づくのは社会人になってからであったが、感情をあまり交えず、相手をあるがままに受け入れ、その上でこちらは敬意をもって接するというのはバイトで学んだ姿勢は、苦手な人に対処するためにその後のキャリアで役に立ったことの一つだ。

 

状況を見て、やるべきことを咄嗟に判断する能力

細かな指示がなくても、状況をみて、優先順位をもって取り組むべきことを判断し、実行するというのは仕事を進めていく上でとても大事だ。指示待ちをしている間は一人前とは言えないし、また役割を超えて全体の目的を達成するためにやるべきこと適切に判断し、行動に移す能力は、短期間で大きな成果をあげることが求められるプロジェクトに従事している際は特に大事だ。現状からなるべく多くの情報を読み取り、その情報を適切に読み解いた上で、なすべき行動に落とし込む、その一連の流れというのは理屈だけでなくセンスが問われ、それらの質そのものが、その人の仕事のできるできないを決めると言っても過言ではない。
私のバイト先は、昼食時と夕食時は混沌としていた。鍋担当、麺担当、ホール担当、皿洗いと食材出し担当という役割分担があったが、地味だが私がポジション的によく入っていた皿洗いと食材出し担当は、混雑時に他をカバーする臨機応変さが求めれるポジションであった。最初の頃は、「ホール出て手伝ってあげて!」、「麺、後1分であがるから、よろしく!」、「餃子は注文は2枚だけど、4枚焼いて!」とか、支持を受けて他をサポートするという感じだったが、経験を重ねてくると、他のポジションのカバーも含めて、状況に応じて臨機応変に対応することができるようになった。頭で組み立てて考えるというよりも、状況をぱっと見て、やるべきことがすっと感じ取ることができるようになり、積み重ねた経験を元に直感力を鍛える能力を養うことができ、社会人として仕事をする上で、今でも特に役にたっている。

 

大学に入る前は自分が中華料理屋で3年も働くなんて想像さえしていなかったが、学生の時にやったバイトで一番心に残っているバイトはと言われれば、その中華料理屋のバイトが真っ先に浮かぶ。もう20年以上も前の話で、私がバイトをしていた支店は閉鎖になってしまったが(本店は未だに健在であるのは涙がでるくらい嬉しい)、今でもその活気ある中華料理屋で自分が働いていた姿はありありと思い出すことができる。「みんな、勉強になるから飲食店でバイトしたほうが良いよ!」などと言う気はさらさらないが、思わぬ出会いや勉強の機会があるので、色々なバイトを経験することはオススメしたい。

Creative Commons License
本ブログの本文は、 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 非営利 - 継承)の下でライセンスされています。
ブログ本文以外に含まれる著作物(引用部、画像、動画、コメントなど)は、それらの著作権保持者に帰属します。