Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『ヒルビリー・エレジー』 自由の国アメリカに内在する階級社会

『ヒルビリー・エレジー』というと、前々回の大統領選挙でトランプ旋風が巻き起こった際に話題になった本だ。「ヒルビリー」というのは、アメリカ南部の貧しい白人労働者階級の人びとを指す言葉で、同じエスニシティでありながらもアイビーリーグの大学出身のエリート白人層と黒人やヒスパニック以上に対局をなす人びとだ。一般的には、トランプ旋風の原動力となったのは、そういう白人の労働者階級層からの票と言われており、そういう意味では現代アメリカの顔と言っても過言ではない。本書が話題になった理由は、ヒラリー・トランプの大統領戦の頃に出版されたというタイミングだけではない。「ヒルビリー」は大学教育まで受ける人が殆どいないため、その文化、特性、民族的背景などが、活字として起こされることが今迄なく、メディアの中では未開拓の原住民的位置付けであったから、というのは興味深い理由の一つだ。要するに、「ヒルビリー」については知っている人は沢山いるが、それについて出版する知性を持った人は殆どいなかった、ということらしい。

 

筆者のJ・D・ヴァンスは、「ヒルビリー」の出身であり、

  • 物心ついた頃には両親が離婚しており、母親と一緒に暮らすも、
  • 母親の相手がとっかえひっかえ代わり、高校生になるまで父親と呼んでよいのかどうかもわからない人が5名ほどおり、
  • 母親は看護師でありながら、薬物中毒者であるため、高校生の時に、母親から職場の抜き打ち検査を切り抜けるために、「クリーンな尿」を求められ、
  • とても母親の元では暮らせないため、祖母や叔母に世話になりながら、住まいや学校を転々として暮らし、
  • 将来についての希望が全く見出せず、よければ肉体労働で日銭を稼ぐ、うまくいかなければ生活保護をえる、最悪薬物中毒となり野垂れ死ぬ、というくらいの将来の展望しか描けない、

という青春時代を送る。

が、大学進学を断念して、海兵隊に入ることをきっかけに人生の転機を迎え、オハイオ州立大学という州で一番の大学を優秀な成績で卒業するだけでなく、イェール大学のロースクールを卒業して、法律事務所に就職するという「ヒルビリー」のアメリカンドリームを実現し、本書の執筆をするに至る。

 

筆者のサクセスストーリだけ見ると、チャンスが平等に与えられる国としてのアメリカの素晴らしさと社会的な流動性の高さに目がいってしまうが、筆者の主張は真逆であることが本書の面白いところだ。即ち、筆者は「ヒルビリー」について言えば、その社会的階級からの脱出は構造的に難しくなっており、他の階級の文化的な障壁もあいまって、流動性の低さは「ヒルビリー」の努力不足より、社会制度にあると指摘しているのだ。

 

筆者は、自分が特別な能力を持っている人間だとは思っていないし、また特別な幸運に恵まれたとも考えていない。本書の中でも自身の経験から、

  • 自分の選択になんか意味はないという思い込みを捨て、将来への展望をきちんと思い描くこと
  • 自分が敗者であり、生活が劣悪であることの責任は自分ではなく、政府にあるという考えを改めること
  • 一生懸命働くことの大切さを口にする割には、最後は自分以外の何かのせいにして、勤労から逃げることをやめること

などの、典型的な「ヒルビリー」ができていない、「当たり前のことを当たり前にやることの大切さ」を本書で説いている。それでも筆者は「自分でもできたことは他のヒルビリーでもできるべきだ」という安易なベキ論に走らない。むしろ、借金まみれで家計はいつも自転車操業、片方の親がいないなんて当たり前だし、両方いたとしてもどちらかは薬物中毒者、悪ければ両方共薬物中毒者なんて状況で、どうやって将来に明い展望を描き、ステップアップできるのだと、「ヒルビリー」にもよりそう。

 

イェール大学のロースクールを卒業し、そこから得られる特権によって法律事務所で職を得て、家族と幸せに暮らしながらも、どこか居心地の悪さと、自分の能力や経験をはるかに上回る高待遇への違和感がうまく表現されているところが本書の一番の読みどころだ。筆者の住んできた世界では、仕事の面接ではスーツを着なければならないこと、スパークリングウォーターは上質な輝く水ではなく炭酸水であること、合成皮革と本革は違うこと、靴とベルトは色と素材をあわせなければならないなど、誰も知らないし、教えてくれなかったという。本書では、そういった一つ一つの文化的相違が階級間の格差を生み出していることを実体験を元にコミカルに描かれている。そう、筆者が描いているのは、自由と機会の平等の国であるアメリカにも、確かに存在する階級社会の現実であり、そしてその本当の現実を上流階級の人間が気付く機会すらないという、アメリカの分断と格差の現実なのだ。

 

アメリカ社会というと、やれテスラだとか、やれGAFAMだとか、先進的できらびやかなところにばかり注目が当たりがちだ。だが、南部ノースカロライナの田舎道を走り、客層の悪いファーストフードに入り、隣の車に「バイデンはタリバンの子分」ステッカーが貼ってあったり、店員の太ったおばちゃんがアイラブトランプTシャツを誇らしげに着ていたりするのを見ると、国際的には知られていないアメリカ国民の現実が見える。彼らは、アメリカのマイノリティでは決してなく、大統領を生み出すうねりを起こすくらいの人数で構成される確固とした社会階級なのだ。400ページを超える大作で読み応えはあるが、「ハーバード式◯◯術」みたいな本に食傷気味な方は、より知見を深めることができるので是非おすすめしたい。

 

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