Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『労働者階級の反乱〜地べたから見た英国EU離脱』 英国で育つ若い芽たち

『労働者階級の反乱〜地べたから見た英国EU離脱』は先日紹介した『ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー』の著者であるブレーディみかこさんによる、英国のEU離脱について労働者階級の視点でのルポルタージュだ。

 

英国EU離脱は、右傾化した排外的ナショナリズムというくくり方をされがちであるが、歴史を紐解いてみたり、一つの国に混在する多種多様な人々にフォーカスをあててみると、ことはそんなに単純ではないことがよく分かる。

 

移民や英国の若者が労働者の待遇の改善に興味を持たないことを嘆く60代の配送業ドライバー、何気なしに離脱派に投票して家族から白い目で見られている自動車修理工、銀行員の妻と結婚してミドルクラスの生活を送るブラックキャブのドライバー、政府の福祉カットのあおりをうけて大型スーパーでやむなく働き、移民制限を声高に叫ぶ60代、不動産を複数持ち、パートナーと年金と家賃収入で暮らし、ブレグジットにより多くの仕事が英国に戻り再び好景気になると信じる元看護師、など本書ではこれでもかとばかりに様々なバックグラウンドを持った人たちのブレグジットに対する生の声が紹介されている。「英国白人労働者階級」の方々と親交が深いという強みを最大限活かして綴られた本書は、現在進行形で進む英国EU離脱を生々しい息吹とともに感じることのできる良書だ。

 

欧州単一市場からの離脱による経済的インパクト、移民制限による英国白人労働者層の雇用機会の増大、現政権の緊縮財政と福祉制限への不安、などがブレグジットの是非の主要な争点である。その中でも移民の問題は複雑で根深く、私自身が移民であることからも非常に興味深かった。

 

マクロ経済の視点でみると人口の増減というのは今後の国の経済力を考える上で死活的に重要だ。日本のように、出生率が低く労働人口が減少傾向にある国は「移民」を受け入れることにより労働人口を確保しなければ経済は先細るばかりだ。このサイトによると、英国は2039年まで人口が増加傾向にあり、出生率がそんなに下がらないということに追加して、ポーランドを中心とした欧州諸国からの移民の受け入れにより、経済成長の下地を築くことができている。労働人口が減少し続けて、雲行きの怪しい日本とは異なり、人口増が向こう20年見込める羨ましい状況にあるが、国内の居住者の8名に一人が外国の出身者であり、「移民」受け入れによる国内の分断という問題に現在進行中で挑み続けているとも言える。

 

本書に登場する人たちは「移民」の受け入れの是非について、そのポリティカル・コレクトネスに最大限配慮しながらも、人種差別主義者との誹りを免れるぎりぎりの線で本音を語っており、「移民」によって英国が大小の分断に直面している様がよく表現されている。EU離脱が国民投票の結果として決まったからと言って、英国が「移民」を制限することについて国民的総意に到達したかというと、話はそれ程単純ではない。「移民により職を失った人と移民の存在によって生活が支えられている人」との分断であったり、「移民がいなくなればより多くの職が英国人に戻ってくると信じる人と移民無しで英国経済を今レベルに保つことは絶望的と考える人」との分断であったり、そこかしかに存在する英国の分断は、喧々諤々でこの大問題に取り組む英国民と欧州民の努力の結晶であると共に、国民レベルで積み重ねられていっている叡智そのもののように私には見える。

 

本書では、『ワイフ・スワップ』という英国のテレビ番組が紹介されている。実在するリアルな2つの家庭の母親を入れ替えて、1週間生活させてみるという番組。典型的なEU離脱派とEU残留派の過程をブレグジットスペシャルとして入れ替えるという特番が組まれ、同じ国に住みながらも混じり合わない2つの家庭の様が見事に描かれていた。その埋まらない溝の深さも興味深いのだが、交換が終わった後の残留派の家庭の17才の娘の言葉がとても印象的であった。

「彼女の政治的な考え方はどうであれ、私は彼女は素晴らしい女性だと思った。私たちはほとんど合意することはなかった。でも英国的価値観というのは、そのことだと思う。私たちは様々なまったく違う見解や信条を持った人たちの中で生きている。それでも、オープンにそれを語り合う。『英国的』というのは、まさにそういうことなんだと思う

『労働者階級の反乱~地べたから見た英国EU離脱』

傍から見ると右往左往している英国。雨降って地固まる、かどうかを判断するにはもう少し時間を要するが、老いも若きも巻き込んだ国民的議論を通じて、次の英国並びに欧州を担う若い芽が育っていることだけは確かのようだ。今後もブレグジットの動きに注目していきたい。

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