久しぶりにNich Carrのエントリーを紹介したい。"Another little IBM deal"というエントリーでIBMとAmazonの提携について考察しており中々面白い。ポイントをかいつまんで書くと、
- IBM DB2、Informix Dynamic Server、WebSphere Portal、Lotus Web Content ManagementのようなソフトをIBMはAmazonのEC2を通してUtility Computing形式で提供することにした
- 既にこれらのソフトウェアライセンスの保持しているユーザもEC2を利用することができる
- 案件としてはそれ程大きなものではないが、これはPCのOS開発をマイクロソフトに委託して、PC時代の覇権を取り損ねたのと同様に、AmazonのCloud Computing時代の覇権確立の試金石となるのではないか
という感じ。
これは視点としてはかなり面白いが、正しい間違っているで言えば、あまり正しくはない。今回の提携から透けて見えるIBMのCloud Computing時代の戦略を私なりに考察してみたい。
Cloud Computingは薄利多売でIBMのビジネスではない
AmazonがEC2で実施しているUtility Computingは、大規模な投資をして、薄い利幅でとにかくいっぱい売ると言う薄利多売のビジネスであり、これはIBMのビジネスのやり方ではない。IBMは技術的な付加価値を高めることのできる領域には惜しげもなく投資をするが、利幅が薄く、付加価値の少ないビジネスには大きな投資はしない。PCのように利幅の薄い事業にもつい最近まで手がけていたが、これはもともと付加価値が高かったものが、コモデイティ化して薄利になったにすぎない。
IBMの手がける大規模な設備投資が必要なビジネスといえば、強いて言えば半導体だが、これも差別化要因は技術であるし、ソニー・東芝とのCellの開発・製造をみても、製造そのものは積極的に自分たちで実施しないIBMの姿勢がよくあらわれている。
短期的な狙いはあくまでソフトウェアの価格維持
競合の激しいソフトウェア業界。その中でIBMのソフトウェアの値段は必ずしも安くはない。新規購入時は6割以上の売上をしめるサービスと共に提供するため、それ程価格の高さは際立たないが、ライセンス料、保守費用はこの不況時にはかなり目立った値段となる。一方で、安易に値段を下げずに、既存製品の価値が下がってきたらまず提供できる付加価値をあげて、価格を死に物狂いで維持するのがIBMのやり方。今回の提携もその一貫のようにみえる。
「ソフトウェアライセンスの保持しているユーザもEC2を利用することができる」としているが、DB2のようなジリ貧のソフトウェア、及びWebSphere Portal、Lotus Web Content Managementのような本丸ではない周辺ソフトウェアをEC2で利用できるようにすることによる、既存顧客の囲い込み戦略とみるのが正しいだろう。
ハードウェアビジネスからの撤退への布石
既にサービスがビジネスの中心で、ハードウェアは売上のメインストリームでないIBM。今だハイエンドのサーバは高利益の商品であることに代わりはないが、緩やかに減少していくのは目に見えている。ハードウェアビジネスから如何にエレガントに撤退するかというのはここ10年のIBMの戦略的なテーマとなっていると言っても過言ではない。
Cloud Computingの時代にはいるということは顧客はハードの選定に頭を悩ませることはなくなり、むしろ安価にOnDemandのComputingサービスを提供してくれるサービスベンダーの選定に頭を悩ませることになる。IT業界における最大のサービスプロバイダであるIBMとしてはこの領域でのサービスのノウハウを確立することは必須。自らがCloud Computingのプロバイダーになり、そこに縛られてしまうよりも、Amazonと提携し、フットワーク軽く、強力なリレーションを築いている顧客に対して高い付加価値のサービスを提供することに焦点をあてていることは間違いない。
顧客がハードウェアのメーカーにこだわらなくなるのがCloud Computing時代。今回の提携は、いずれくる撤退にむけて軸足をうつすための布石とみるのが正しいだろう。