Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

「もしトラ」:潜入記録で垣間見るアメリカ社会

「もしトラ」
最近、日本のメディアでよく耳にする言葉だ。これは「今年の11月の米国大統領選挙でトランプ前大統領が再当選する」シナリオのことだが、勿論女子高校生の野球部のマネージャーがドラッガーを読むより、はるかに実現する確率は高い。

日本のメディアでは、咆哮する変顔のトランプか、選挙の集会で何とも言えないリズムでダンスするトランプを繰り返し放送するので、
「なんでトランプ???アメリカは一体どうなっているんだ???」
と思っている方もきっと多いだろう。

『「トランプ信者」潜入一年』

「トランプに投票するのはどういう人なんだろう」というイメージが今ひとつわかない方には、横田増生氏の『「トランプ信者」潜入一年』を強く薦めたい。

横田氏はユニクロやアマゾンに潜入し労働現場の実態を描くという現代版鎌田慧(トヨタに潜入取材したルポの『自動車絶望工場』の筆者)を地で行くジャーナリストだ。現場の実態に5センチ位までの至近距離まで迫る臨場感がたまらなく、私は横田氏の本をよく読んでいる。
今回の作品がすごいのは、トランプ陣営のボランティアとして選挙活動をし、アメリカの家庭に戸別訪問して声を集めまくる点だ。横田氏はミシガン州を拠点にボランティア活動をする。アメリカの地方都市では、地域ごとに異なる発音の特徴があるため、地元の人の話す英語はなかなか理解しにくい。おまけに、こちらの話すほのかに日本風味が漂うアクセントは非常に伝わりにくい。「体当たり取材」という言葉があるが、今作は「玉砕必至の特攻取材」と言っても言い過ぎではない。
本書では、アメリカに住んでいる私が「あぁ、いるいる、こういう人」と感じるトランプ支持者の声が、これでもかとばかりに紹介されている。紹介されている人に若干の偏りはあるものの、トランプの勢いや、実際の雰囲気をつかむには本書は丁度良い。

 

選挙はイメージの戦い

本書を読んで改めて思ったのは、現代の選挙は、政策ではなく、イメージの戦いだということだ。そして、票のとれるイメージは、「閉塞感のある政治の世界に風穴をあけてくれそう」という点に尽きる。この点においてトランプは国際化についていけない白人層とキリスト教福音派という彼の支持基盤に対しては鉄壁のイメージを確立している。おまけに、イメージだけでなく大統領在任期間中に下記の行動も見せつけているので無双状態にあると言っても過言ではない。

  • メキシコ国境での壁の建設

  • エルサレムをイスラエルの首都として認定

  • オバマケアの廃止

これらの政策がある層から大きな支持を集めることは、移民に仕事を奪われたことがなく、信仰する宗教は特になく、国民皆保険を支える社会保険料の金額にあまり意識のない日本人にはわかりにくいかもしれない。ただ、端から見たら疑問を感じるような政策でも、日々の生活と日常の平穏を保つ上で死活的に重要と考える人たちがアメリカにはいるのだ。そういう人たちにとってトランプは「閉塞感のある政治の世界に新しい風を吹き込んでくれる存在」とみなされている。個別の政策への私の意見は別として、これらの政策を支持する人たちが多く存在することに、私は違和感をまったく感じない。

 

トランプは小池百合子の凄い版

選挙での言葉は力強く、熱を帯び、人々を興奮させる。芝居がかった所作や過剰な表現。ひどく饒舌で耳障りの良い演説。「敵」を作り出して戦う姿勢を見せながら、他者から共感を引き出していく手法。

https://bunshun.jp/articles/-/66333?page=3

上記の引用はとある雑誌のウェブ記事からの抜粋である。とある政治家について評しているのだが、誰のことかお分かりだろうか。本書を読んだ人であれば、きっと「トランプのことだろう!」と思うに違いない。
  • 熱狂的な支持者の歓声を浴びながら、選挙演説で観衆を虜にし、

  • 嘘か誠かにはこだわらず、耳障りを重視して自らの成果を誇張し、

  • 対立候補を口汚く罵倒しつつ、聴衆の心から興奮を湧き起こす

本書で紹介されているトランプの姿そのもである。だが、答えは、タイトルからネタバレしていると思うが、トランプ前大統領ではなく、小池百合子東京都知事である。

この二人は「閉塞感のある政治の世界に新しい風を付近でくれそう」というイメージ構築に卓越している。もちろん、万人に対してそのイメージを構築しているわけではなく、アンチも非常に互いに多い。ただ、自分を支持する層が自分の発言の真偽よりも、イメージだけで投票することも、自覚している。ポルノ女優に口止め料を払ったかどうかとか、カイロ大学を落第したのに首席で卒業したと嘘をついたとか、そういうことを自分の支持層が微塵も気にしないことをよくわかっているのだ。

メキシコとの国境に壁を建設するも、2階建て列車の導入で満員電車をゼロにするも、私から言わせればどっこいどっこいの愚策だが、イメージ戦略としては十分に効果を発揮した。2階建て列車の方が品位はまだある気がするが、建設に踏み切ったという点ではトランプに軍配があがるか。そういう点で、国のトップにまで登りつめ、いくつかの目玉政策を公約通り実現した点で、トランプ前大統領は小池百合子東京都知事のすごい版とみることもできる。

 

まとめ

本書は、前回の大統領選挙後の米連邦議会襲撃事件をアメリカの民主主義の終わりとし、それは日本でも対岸の火事ではないと警鐘を鳴らしている。でも、私にはアメリカの民主主義が死んだと思えない。自分とは信じるものが全く違う人がいることも、一部の人間が極端な行動に走ったことも、襲撃事件を受けても裁判を通して大統領への再立候補がトランプに認められたことも、そしてそのチャンスを活かしてトランプが共和党の大統領候補となったことも、ひっくるめてみんなアメリカの民主主義なんだと思う。


前回大統領選挙は最後がグダってしまったが、今回は異なる信条を持つ人間同士が、民主的な対話を通じてどのような結論をだし、どういう結末に至るのか、砂かぶり席で興味深く見つめていたいと思う。アメリカ大統領選挙に興味の有る方は、貴重な資料として是非『「トランプ信者」潜入一年』を手にとって頂きたい。

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