Thoughts and Notes from CA

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『CHOOSE CIVILITY 結局うまくいくのは、礼儀正しい人である』 礼節こそ日本人の競争力

私はアメリカで10年近く仕事をしている。
「自己主張の強い人たちが多いアメリカで、私程度の英語力で仕事をやっていけるのだろうか」という不安は当初はあったが、気づいたら10年も経ち、幸いなことに今のところ何とか生き残ってやっていけている。勿論、一方的に自己主張を押し通そうとする人もいるし、部下は四半期のレビューのたびに昇給を求めてくるし、議論が白熱して言葉がきつくなることもある。が、仕事中の議論は、多くの場合は互いの立場や視点を尊重され、異なる見解が交差しても穏やかに進むことが多い。寧ろ、アジアパシフィック地域に人の方が、強く自己主張しないと通らないという懸念から、言葉も要求も強くなりがちというのは、渡米後の新鮮な発見であった。

 

読書好きな友人から『CHOOSE CIVILITY 結局うまくいくのは、礼儀正しい人である』を薦められ、手にとって見たのだが、礼節を重んじるアメリカの一流ビジネスパーソンに共通する事項がまとめられており、大変興味深かった。
「あぁ、それなりのポジションで活躍する人は、ビジネススクールなどでこういうこともきちんと学んでいるか、元々こういう態度が身についているんだろうな」と思わされる内容であった。

 

本書は、以下の3部構成からなっている。

  • 礼節は、なぜ私たちの人生を豊かにするのか
  • 礼節を重んじるための25個のルール
  • なぜ、現代においては礼節が軽んじられつつあるのか

メインとなるのは「礼節を重んじるための25個のルール」であり、数は多いものの、各項目は具体例とともにコンパクトにまとめられており、非常に読みやすい。「礼節」という原理原則論を扱うために、類書でとりあげらている内容との重複はもちろんたくさ んある。が、原理原則というのは、100回読んだところで損になるものでもなく、自らを省みるよい機会となるので、私は楽しんで読むことができた。

特に「ルール17 自尊心を持って自己主張する」は、自己主張をする上では、「強さ」ではなく、「やり方」が大切であることがコンパクトにまとめられており、職場でのコミュニケーションを考える上で改めて勉強になった。

自己主張することは、礼節の基本である「他者への敬意」と矛盾することにはなりません。自己主張とは、礼儀正しくていねいに発揮するべき対人関係スキルの一部です。
『CHOOSE CIVILITY 結局うまくいくのは、礼儀正しい人である』

職場では時として激しい議論になったり、営業成績の奪いあいになったりしてピリつくことはままある。が、どんなに「強い」主張であっても、礼節をもって、きちんとした理由をもってされた説明を打ち砕くことはできない。議論が緊迫すればするほど、その議論を結論に導くのはいつだって、原理原則論に従い、丁寧で敬意のある主張だ。外資系企業の日本法人で働いていると、なかなかこちらの主張が理解されずにいらつくことがよくある。でも、本社の人間は「日本のことが理解したくも、理解ができていない」だけなので、「強い」主張よりも、粘り強い丁寧な説明を重ねることが一番の近道であると思う。

 

日本人は自己主張が得意でないとよく言われるが、「礼節」については、他の国の人よりも体と心に染み付いている人が多いと思う。無理に自己主張の「強さ」に舵をきるのではなく、得意の「礼節力」を発揮することが、自身の強みを活かすことに繋がり、かつ主張に説得力をもたせる近道だ。得意の「礼節力」を存分にビジネスシーンで発揮するために多くの日本のビジネスパーソンに本書を手にとって欲しい。

 

なお、本書の冒頭で原題にある「CIVILITY」という言葉について、下記のように解説されている。

礼節(= Civility)という言葉の由来は、都市(= City)と社会( = Society)という言葉にあります。ラテン語で「市民が集まるコミュニティ」を意味する言葉「Civitas」から来ています。 Civitasは文明( Civilization)の語源でもあります。
礼節という言葉の背景には、都市生活が人を啓蒙する、という認識があるのです。都市は人が知を拓き、社会を築く力を伸ばしていく場所なのです。人は都市に育てられながら、都市のために貢献することを学んでいきます。 礼節とは「よい市民になること」「よき隣人であること」を指しているのです。
『CHOOSE CIVILITY 結局うまくいくのは、礼儀正しい人である』

「CIVILITY」という言葉を「礼節」とうまく訳したものだと思う。また、「よい市民になること」「よき隣人であること」を指している、という一節も「CIVILITY」という言葉の本質を示している。余談ではあるが、本書では自ら接する人にどのように「礼節」を重んじて接するか、については語られているが、よい市民としていかに「礼節」を発揮するかは語られていないのは、キリスト教的価値観で面白い。自らが接する隣人に対してはアメリカ人は日本人以上に「礼節」を重んじるが、「よき市民」として「礼節」を発揮する人は驚くほど少ない。学校のカフェテリアの床はゴミだらけ、スーパーでカートはカート置き場に戻されずに駐車場に散乱し、公共のトイレが流されていないなんて日常茶飯事だ。都市の発展に貢献するために「よき市民」となるための礼節本を誰かに書いて欲しいものだ。

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