Thoughts and Notes from CA

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『黙殺』 立候補者・被選挙権の平等を考える

「97%対3%」、本日取り上げる『黙殺』はこんな数字の紹介から始まる。これは何の数字かというと「2016年に実施した東京都知事選挙の際に、民放テレビ4社の看板ニュース番組が立候補者たちの報道に割いた時間の割合だという。21人の東京都知事選挙の立候補者を主要3候補(小池百合子、増田寛也、鳥越俊太郎)とそれ以外の18人に分けると前者に97%、後者には何と3%しか割かれなかったという。一人あたりの平均を求めると何と194倍の差がある*1

本書『黙殺』の筆者、畠山理仁氏は、民放テレビ局や大手新聞社に属さないフリーランスのライターであり、全ての立候補者の主張を可能な限り平等に有権者に伝えることを信念に20年以上の選挙取材の続けてきた。

 

本書は、その畠山氏の取材結果の集大成であり、主要メディアに取り上げられない「無頼系独立候補(筆者は泡沫候補という言葉を使わず、立候補者を敬意を込めてこう呼ぶ)たちの心の叫びであり、そして日本の民主主義の健全性を立候補者の視点で考える貴重な機会を提供してくれる政治哲学書だ。

 

「一票の格差」は、日本で戦後に民主的な選挙システムが始まった当初から議論が重ねられてきた。選挙区民の一人ひとりの投票の価値をなるべく平等にすることが、民主主義における平等にあり方ということで、最高裁でも違憲判決がでるなど、その格差を是正すべく監視是正の制度がある程度機能している。「一票の格差」は大事であり、選挙権を持つ人たちを平等に扱うことに何ら疑問は思わない。

だが一方で、本書『黙殺』を読むと、被選挙権の平等確保、格差是正、候補者の取り扱いの平等性については驚くほど関心が払われていないと気付かされる。同じ被選挙権を持ち、同額の供託金を払っているにも関わらず、時として200倍近い報道格差にさらされる「無頼系独立候補」の被選挙権の平等性は守られているのか。そこには大きな疑問が残る。

 

本書によると東京都知事選にでるための選挙の供託金は300万円だという。本書では、この巨額の供託金を捻出するために借金までして、選挙後にその借金返済に四苦八苦する候補者が紹介されている。日本の選挙の供託金はOECD諸国では断トツで高額らしく、ドイツ、フランス、アメリカ、イタリア、カナダは無料、日本がモデルにしたイギリスですら国政選挙の供託金は8万円ほどだという*2。金銭的にゆとりがある、もしくは組織的なバックアップがある人しか選挙に出馬することができないというのは、被選挙権の平等という点で大きな疑問が残る。

 

また、「選挙ポスター」というのも不平等の温床だ。本書によると東京都知事選挙の都内の掲示板の数は全部で1万4163箇所というとんでもない数だ。これら全ての掲示板にポスターを貼ることができるのは、その印刷代を負担できる資金力と全てにはる人員をようする組織力をもった候補者だけだ。掲示板全てを廃止しろとは言わないが、せめて紙のポスターを貼る掲示板は今の1割くらいにして、電子掲示板を設置したり、掲示板削減によってカットできたコストを使って、電車の電子広告枠を活用するなど、被選挙権の平等を確保するために費用をもっと使うべきだろう。

 

本書で紹介される「無頼系独立候補」はアクの濃い筋金入りの変人揃いだ。注目を集めるために奇行に走る人間も少なくない。政策もまともなものもあるが、「東京を恋愛特区にする」などよくわからないものの少なくない(現東京都知事の公約花粉症ゼロも噴飯もので大差ないが)。そうは言っても、殆どの候補者は多額の供託金を払い、人生をかけて真剣に取り組んでいることは本書から強く伝わってくる
日常生活において、学級委員なりPTAなどの役割に立候補をしてくれる人というのは昔からわれわれ一般市民の行動力からすると貴重な存在ではなかったのか。集団のために我が身を投げ出す熱意を持った人で社会は支えられている。被選挙権の平等のために、また民主主義社会において貴重な勇気と行動力をもった貴重な立候補者を、社会はもっと大事にするべきなのではないか、少なくともそういう人たちの声にもっと真剣に耳を傾けるべきではないか、本書はそんなことを考える機会を与えてくれる良書であった。勉強になるだけでなく、読み物としても物語性があり面白いので、興味を持った方は是非手にとって頂きたい。

*1:なお、NHKではこの割合は54 %対46%、一人あたり7倍の様で縮小しているとのこと

*2:選挙供託金制度の違憲性について

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