Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『日常に侵入する自己啓発』 自己啓発書が浮き彫りにする世相

夏の一時帰国における食に次ぐ楽しみは「本屋巡り」だ。平積みにされた本たちを本屋で眺めてまわると、必ず思わぬ本との出会いがある。勿論、Amazonのおススメ機能にもお世話にはなっているのだが、そこであるのは自分の好みに会わせた必然的な出会いが多い。本屋での本との出会いには不思議と「思いがけなさ」があり、自分の読書の幅を広げてくれる。

日本の本屋を巡っていると「自己啓発書」コーナーのスペースが年々広くなっている気がする。そして、「自己啓発書」は表紙がカラフルで目をひくデザインの本が多く、帯にも太字の大きめのフォントで推しワードがちりばめられているため、売場そのものが、良く言えば華やか、悪く言えば騒々しい作りになっている印象を受け、独特の雰囲気を持っている。

20代や30代の頃は「自己啓発書」をよく読んだものだが、最近はとんと読んでいない。意識的に対象から外しているわけではなく、昔ほど食指が動かないのだ。若い頃に読んだ内容が、自分の中の血となり骨となり、習慣として取り込めるものは取り込んでしまったので、これ以上のインプットに必要を感じていない、というのは理由の一つである。ただ、自分がそういう類の本から学ぶことは何もないほど、仕上がっているとも思えない。また、40代男性という自分の年齢とジェンダーをターゲットにした本も書店やAmazonに溢れている。一体、自分はなぜ「自己啓発書」を読まなくなってしまったのだろうか。

 

『日常に侵入する自己啓発』はそんな私の疑問にヒントを与えてくれる興味深い本であった。

タイトルに自己啓発という言葉が入っているが、本書は自己啓発本ではない。本書は、書店に溢れる「自己啓発書」が、現代社会の人々にどのように影響を与え、その日常にどのような影響を及ぼしているのかを研究した珍しい本だ。本書の立ち位置は、「自己啓発書」には、現代社会に生きる人たちが、

  • どのような不安に日々悩まされているのか
  • 仕事や生活の中で何に重きをおいているのか
  • そしてどのような人間になりたいと考えているのか

が投影されているというところにある。本書は、冒頭で理論的な枠組みを提示し、その後以下の4種類のタイプの自己啓発書について、分析を試み、社会の移り変わりと今の世相を浮き彫りにしようと試みている。

  • 男性向け年代別
  • 女性向け年代別
  • 手帳術(翻って時間と情報の管理術)
  • 整理・片付け術

勿論、それぞれのカテゴリーで様々な種類の「自己啓発書」が出版されているわけだが、時代ごとの公約数をとると確かに時々の世相を反映しており、筆者の試みは成功しているように見える。「男性向け年代別」では、「会社組織において他より卓越した成果をあげること」に主眼が置かれている。ジョブ型雇用という言葉が流行り始めているものの、メンバーシップ型雇用を前提とした書籍が多いということは、その移行もまだスタート地点ということを指す。一方で「女性向け年代別」では、「自分らしさを取り戻し、自己肯定感を高め、自分の人生を生きること」に焦点があてられている。これは「女性らしさ」という古いステレオタイプに苦しめられ、そこからの解放を求める女性が多いことの裏返しだろう。一方で、手帳術は仕事の卓越を追求する時間と情報管理術というのは一服して、より人生の目標の達成、自分らしさの実現に視点がうつっており、社会の進歩がみてとれる。整理・片付け術というのは私の馴染みのない分野ではあるが、整理整頓の技術論というのは一昔の話であり、本当に自分にとって大事なものを見つけるための手段に整理・片付け術が位置づけられているというのは非常に興味深かった。

 

上記のように本書の分析を見た上で、私が「自己啓発書」に食指が動かなくなった理由を考えると、私が日本社会に住んでいないことが大きいのではないかという思いに至る。私はそろそろ渡米して10年なので、仕事も生活もこちらのスタイルに染まりつつある感は否めない。会社組織の中で卓越を志向する人は少数であるし、メンバーシップ型雇用というのはとうの昔に崩壊しているし、何か他のことのために自分の人生を豊かさを犠牲にする人は少ないし、取り戻すも何もはじめから「自分らしさ」しかない奴が多い。なので、住んで仕事をしている環境がそうなので、それに適合するための行動を日常的に求められ、あえて本からそれらの缶が方や視点を学ぶ必要がないというのが正直なところだ。「環境」が人に及ぼす影響というのは本当に大きいと思う。

 

「自己啓発書」から距離をとっている人には本書はあまり参考にならないかもしれないが、「自己啓発書」を読み、何某かの学びを一度でも得たことがあるという方は、改めてそういう書籍との距離のとり方を考える機会となるため、本書を強くおすすめしたい。ただ、消費しやすく、お手軽に読める「自己啓発書」とは異なり、本書はアカデミックな研究色が強すぎて、私からすれば持って回った表現が多く、決して読みやすいとは言えない。例えば、「感情的ハビトゥス」という馴染みのない言葉が本書のキーワードでよくでてくる。私は「自分の心や体に馴染んだ習慣」と言い換えて読み進めたが、要点を説明する時に頻出する言葉なので、そこで一々私はつっかかってしまった。また、それぞれの章ごとに論点を

  • その習慣を身につけるための主目的(例:自分の夢を明確にし、実現に向かうための手帳術)
  • その習慣を身につけることで何が達成できるか(例:自分の夢の日常における優先順位をあげ、それへの取り組み姿勢を変える)
  • 既存の提唱されている考え方に挑戦しているか(例:目標不在で効率的な時間情報管理のみを追求した手帳術)
  • それがどのように社会に影響を与えたか(例:自分だけのオリジナル手帳ブーム)

ということがまとめられており、それはそれでわかりやすいのだが、上記4点について下記の用語が使われており、こちらも感覚的にすっと入ってこない。

  • 賭金=争点
  • 差異
  • 闘争
  • 界の形成

まぁ、私が最近読み応えのある格調高い本を読んでいないことが原因かもしれないが、「自分は自己啓っぽい本よく読むから、読んでみよー」という軽いトーンで読み始めると玉砕必死なので、その点だけ注意されたい。ただ、以下の5ワードだけでも事前に抑えたおけば、読みすすめるのはかなり楽になると思うので、手にとって頂きたい。

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