Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』 戦後政治はいかに終わったのか?

渡辺恒雄というと巨人に横綱審議委員というイメージが強く、一言で片付けてしまえば「老害」の日本代表のような印象が拭えない。が、それはマスメディアで作られた氏の一つの側面にすぎないことが『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』を読むとよくわかる。

本書は、人から勧めらた本なのだが、先述したイメージが強いせいもあり、本屋に平積みにされていても自ら手を伸ばすことはまずなかったが、意外な学びがありとても楽しめた。おすすめの本を薦めてくれる信頼のおける読書家というのは正に資産だ。

 

本書の視点は、メディアから見た戦後日本の民主主義の流れを追うというもので、その視点そのものは決して目新しいものではない。が、巨大のメディア企業のトップにたち、かつ政界の中枢の人間との繋がりが強く、自らもその影響力を政治に行使してきた渡辺恒雄の視点となると、がらりと色合いが変わる。

戦後の日本の政治を学ぶ上で、『戦後民主主義-現代日本を創った思想と文化』は良書で、私も度々読み返している。まとまりという意味では『戦後民主主義-現代日本を創った思想と文化』に軍配をあげるが、読み物としての面白さという点では断然『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』のほうが面白い。それぞれの政治のシーンに当事者として関わった渡辺の迫力がひしひしと伝わってきて、高い没入感をもって本の世界にはいっていける、そんな魅力が本書にはある。

 

中曽根康弘元総理というと2019年に亡くなった戦後日本の政治史を語る上でかかせない人だ。我々の世代にも馴染みの深いNTT、JR、JTという企業の民営化を実行に移し、ドラスティックに行政改革を進めた総理大臣だ。私が小学生の頃に総理大臣を務めており、小学生くらいになると自分の国の総理大臣の名前くらいはわかるようになるので、記憶にも残っている。

その中曽根総理と彼が総理になる四半世紀前から勉強会を開催し、それを支える立場に渡辺恒雄氏がいたというのは本書を読んで初めて知った。中曽根内閣が成立する過程から、総理として断行したこと、また敢えて取り組まなかったことなどが、赤裸々に語られる「第十一章 中曽根政権 戦場体験と現実主義」は本書の一番の読みどころだ。

 

本書は読み物として面白いし、勉強の格好の題材となるが、戦後政治を牽引した方々による、本書で語られる現代政治への評価については少し疑問が残る。「戦争体験の中で作られた人たちによる戦後政治」というのが、本書に通底するテーマだ。渡辺恒雄氏も中曽根康弘元総理も戦争経験者であり、「日本は二度と戦争をしない」という意志を国家の柱とし、それは正しかったし、成功したと思う。

今の政治は、プラグマティックだけでやって、支えになる思想や背景を固めていないから、糸の切れた凧のようにフラフラしているのではないか思います。そうならないようにするためには、私たちは根っこを作っていかなければならない。もう一度、戦争体験を持つ政治家たちが語った言葉を、根っこにしていく努力をすべきだと思います。

と本書では語られているが、私にはこの見方は「終焉を迎え、役割を終えた日本の戦後政治へのノスタルジー」のように感じられる。日本が、今後愚かで無謀な侵略戦争に舵をきるということは向こう100年で起こることはまずないだろう。これは、戦後の日本政治の勝利であり、大きな成果であり、戦争体験を持つ政治家たちの熱意と努力の結果だ。どうもありがとう。

が、第二次世界大戦以後、世界中で戦争がおこらなかった年は1年もない。グローバル化が進行し、国際情勢もますます複雑になっている。この国家の役割すら変容する現代において、第二次世界大戦の戦争経験というのは、参考にすらなれど、根っこにはなりえない。
戦争体験に重きを置くにしても、イラク戦争やロシアウクライナ戦争などの経験者の体験のほうが、より現代的であり、今後の思想や背景を固める上では大事だと思う。「日本は当事者としてこれらの戦争に関わっていないではないか」という批判はあろうが、米国に住む日本国民の立場からすると、日本国民自らの体験こそが大事という考え方が時代遅れのように感じられる。

 

私は「日本の戦後政治」はもう終わったと思っているが、どこで区切りを迎え、いつ新しい政治のフェーズに突入したのかは、現代に生きている我々には判断が難しい。時代の変遷をとらえる上で、一世代前を学ぶことは非常に大事であり、本書はそのための格好の題材だ。平成編も今後刊行されるとのことだが、きっとその中にも多くのヒントが隠されているだろう。次作を楽しみに待ちたい。

 

 

Creative Commons License
本ブログの本文は、 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 非営利 - 継承)の下でライセンスされています。
ブログ本文以外に含まれる著作物(引用部、画像、動画、コメントなど)は、それらの著作権保持者に帰属します。