初作の『サピエンス全史』は、われわれサピエンスがどのような歩みを辿って地球上で最も繁栄した種となったのかという過去の話、二作目の『ホモ・デウス』は今後ホモ属はどのように進化していき、サピエンスはどのような進化をとげるのかという未来の話、そしてユヴァル・ノア・ハラリの三作目『21 Lessons』は現代に焦点をあてている。相変わらずのハラリ節全開でとても楽しめた。本エントリーでは『21 Lessons』を以下の3つの切り口で解説して、その魅力を伝えたい。
- 現代社会のその複雑性と相互関連性
- 自由主義・民主主義により解決に至っていない3つの問題
- 複雑な世界で生きる上で歩みうるもう1つの道
現代社会のその複雑性と相互関連性
現代の知の巨人と謳われるユヴァル・ノア・ハラリがどのような切り口で現代社会を語るのかは非常に興味深いテーマであるが、その数は何と本書のタイトル通り21。5つの大きなパートがあるが、それごとに配置されたテーマを以下列挙してみる。
- テクノロジー面の難題 (The Technical Challenge)
- 幻滅 (Disillusionment)
- 雇用 (Work)
- 自由 (Libertiy)
- 平等 (Equality)
- 政治面の課題 (Political Challenge)
- コミュニティ (Communicaty)
- 文明 (Civilization)
- ナショナリズム (Nationalism)
- 宗教 (Religion)
- 移民 (Immigration)
- 絶望と希望 (Despare and Hope)
- テロ (Terrorism)
- 戦争 (War)
- 謙虚さ (Humility)
- 神 (God)
- 世俗主義 (Secularism)
- 真実 (Truth)
- 無知 (Ignorance)
- 正義 (Justice)
- ポスト・トゥルース (Post-Truth)
- SF (Science Fiction)
- レジリエンス (Resilience)
- 教育 (Education)
- 意味 (Meaning)
- 瞑想 (Meditation)
本書の書評を書くにあたって、特に私が興味をひいた3つのテーマをとりあげるという、王道のアプローチを試みたのだが、どうも正しくないように思えた。というのも、この視点の多様性とその相互に絡み合う関連性こそが、筆者が本書を通して最も伝えたいメッセージだからだ。本書の流れの特徴は、21の各章の終わりが必ず次の章のテーマへの問題提起で終わっている点だ。つまり、最も重要な視点を取捨選択するのではなく、一見すると異なるが、互いに関連し、作用し合う多数の視点を数珠のようにつなげ合わせることにより、現代の社会が如何に複雑で相互に絡みあうのかを明らかにすることが筆者の狙いと私は読んだ。幾層にも重なり合う複雑な虚構を前に立ち尽くしてしまいがちになるが、一層一層丁寧にはがすかのような筆者の明快さは、現代社会を生きる我々に多くの示唆を与えてくれる。
自由主義・民主主義により解決に至っていない3つの問題
自由主義と民主主義というイデオロギーは、ついこの間までは資本主義と相まって様々な問題を解決してきた、普遍的にも見えた「物語」であったのだが、本書は人々のその自由主義と民主主義に対する「幻滅 (Disillusionment)」を描くことから始まっている。
その「幻滅」の末に、ある集団はナショナリズムに回帰し、ある集団は宗教の原理主義に回帰し、またある集団は戦争やテロに走っている。それらの既存の「物語」は大きな問題の解決策を提示するどころか、その「物語」が賞味期限切れであること、もしくはそれ単体では解決策に至らないことを露呈するに留まっていると舌鋒鋭いハラリ節が本書を通して、展開される。
現代社会の様々な問題に本書では触れられているが、人類が生存するために解決しなければならない現代社会が抱える問題は、核兵器・環境問題・破壊的な技術の3つであると筆者は考えている。たった一つの国が核兵器を使えば世界の平和の均衡は崩れるし、たった一つの国がCO2の排出をゼロにしたところで環境破壊は止まらないし、情報技術とバイオテクノロジーの進化は既に国の枠組みを大きく超えてしまっている。どの問題も人類の文明や経済の統合が進み、グローバル化がここまで進行したが故にさらに大きくなった問題であり、ナショナリズムや宗教という統合だけでなく、分断を内在する既存の「物語」はこれらの問題を解決するためには無力であることが本書を通して語られている。
21のテーマが互いに関連し、絡み合う形で論旨が展開されていくので、時としてポイントが汲み取りにくくなってしまうが、「核兵器・環境問題・破壊的な技術」を解決するための「物語」を探し求めることが骨子であることを念頭においておくと、全体を通して読みやすくなるだろう。
複雑な世界で生きる上で歩みうるもう1つの道
上述したとおり、本書のテーマは多岐にわたるが、最終パートの「レジリエンス (Resilience)」だけは、一つだけ視点が異なることを触れておきたい。最初の4つのパートは、我々をとりまく環境、我々に影響を与える技術やイデオロギーや思想に関するものであるが、最終パートは「外」ではなく「内」に向いている。即ち、自分がおかれている環境を理解するのも大事であるが、この複雑な世界で自分の立ち位置を把握し、自己を保つためには、「内」なる自分自身ももきちんと理解しないといけませんよ、というメッセージで筆者は本書を締めくくっている。
それは山にトンネルを通すのに、片側からだけ掘り進むのではなく、反対側からも掘り進むのに似ているのかもしれない。各種の書評では、最後のテーマが「瞑想」で締めくくられていることが驚きをもって捉えられていたが、自己の理解というもう1つの歩みうる道を控え目ながらも「瞑想」という形で最後に提示していることは何とも心憎い。「内」なる自分を理解するための手法が、筆者の経験を中心に記載されているが、一人のか弱い人間としてその問題に微力ながらも立ち向かう筆者の姿を開陳する姿に筆者の誠実さを私はみた。
それが故に他のパートと比べて、筆者もこのテーマについては本質を捉えあぐねている印象を受けた。その答えを未だ探し求めているため、他のテーマと比較して明快さに欠くように思えたが、興味のあるテーマだけに次作でさらに深堀りされることを期待したい。
まとめ
以上、本書の骨子を、
- 現代社会のその複雑性と相互関連性
- 自由主義・民主主義により解決に至っていない3つの問題
- 複雑な世界で生きる上で歩みうるもう1つの道
という3点でまとめてみた。現代社会の山積する問題の所在を明らかにし、解決の方向性を指し示すというより、読者のそれらの問題への主体的な関わりを求める意欲的な作品である。時に舌鋒が尖すぎて、反感を買うことも大いにあると思うが、世界中の多くに人が筆者の声に耳を傾ける理由は、下記の本書の冒頭の言葉に集約されると私は思う。
的外れな情報であふれ返る世界にあっては、明確さは力だ。理屈の上では、誰もが人類の将来についての議論に参加できるが、明確なビジョンを維持するのはとても難しい。<中略>
私は歴史学者なので、人々に食べ物や着るものを与えることはできないけれど、それなりの明確さを提供するように努め、それによって世の中を公平にする手助けをすることはできる。
『21 Lessons』 はじめに
ここにあるのは筆者の底抜けの優しさだ。誰もが多忙で忙しく、この世界の複雑性を前にして、人類の未来についての議論に意味ある形で参加できないのは公平ではないため、歴史家としていくばくかの明確さ(Clarity)を提供したい、と筆者はその狙いを冒頭で熱っぽく語る。既成概念を切って捨てる暴力的なまでの筆者の明快さは、誰かを批判することを通してマウントをとるためではなく、圧倒的な人類に対する筆者の優しさによるものであることを、多くの読者は理解しているのだろう。次回作が楽しみでならない。