衆議院選挙の投票をしにボストンの領事館に行ったというエントリーをあげた。民主主義への能動的な関わりとして清き一票を投じるという義務感は自分に備わったものとしてあるのだが、一方で「一票投じたらそれで良いのか」という疑問が浮かんでくる。なので、選挙前に日本の民主主義について、少しでも良いので学習をしようと『戦後民主主義』を手にとってみた。
本書を手にとった理由は、日本の民主主義について書かれた本として、アマゾンの評価も高く、レビューの内容からも興味を惹かれた、という単純なものであるが、成程多くの評価を集めるだけはあり、良書であった。本エントリーでは本書の読みどころと勧める理由をいくつかあげていきたい。
2021年1月という発売日と30台半ばという筆者の若さ
本書の発売日は2021年1月。類書の中で最も最近に発売された本と思われる。巻末の年表には菅(すが)政権の誕生までカバーされており、扱われているトピックも、日本国憲法の制定や60年代安保闘争から集団的自衛権行使を巡る憲法解釈やコロナ禍の緊急事態宣言まで含まれており、歴史を理解し、そこから現在の世相を読み解きたいという現代人の要望にマッチしている。
また、1984年生まれという筆者の若さも特色の一つだ。アマゾンで戦後民主主義と検索すると本書以外の筆者は殆ど60歳〜80歳とベテランが名前を連ねている。ベテラン勢の政治論は、小難しい政治学独特のプロトコルへの理解がないととっつきにくく、どうも私には馴染めない。が、筆者の語り口は、学術的でありながらも、政治学の垢がついていない親しみやすさが感じられ、とても読みやすかった。
主権在民、平和主義、平等主義というフレームワーク
本書では「戦後民主主義」の要素として以下の3点をあげる。
- 主権在民による民主主義
- 憲法9条と戦争放棄による平和主義
- 法の下の平等主義
日本の「戦後民主主義」というのは、時代と文脈によって様々な使われ方をする言葉で、なかなか簡単かつわかりやすい定義をするというのが難しい。それを、主権在民、平和主義、平等主義という3つの切り口で整理してみせようという筆者の狙いは成功しており、時代時代に揺れ動き、否定と肯定が入り交じる「戦後民主主義」についての議論をうまくフレームワークに落とし込んでいる。
集団的自衛権、格差社会、コロナ禍のばらまき政策を競い合うマニフェストなど、今語られる政治の議論も何らかの形で上記のフレームワークに落ちていく。これらの論点について、過去にどういう議論、社会運動が展開されてきたのかを理解することは、現在の政治を考える上でとても参考になる。
「丸山眞男」から「丸山眞男をひっぱたきたい」まで
「戦後民主主義」を語る上で欠かせない政治学者、思想家である「丸山眞男」はやはり本書でも真ん中に据えられている。『大日本帝国の「実在」よりも戦後民主主義の「虚妄」の方に賭ける』という有名な一節の紹介から、下記の「丸山眞男」の民主主義の理解が、時代の流れや文脈から解説されており、勉強になる。
民主主義は議会制民主主義につきるものではない。議会制民主主義は一定の歴史的状況における民主主義の制度的表現である。しかしおよそ民主主義を完全に体現した制度というものは嘗ても将来もないのであって、人はたかだかヨリ多い、あるいはヨリ少ない民主主義を語りうるにすぎない。その意味で「永久革命」とはまさに民主主義にこそふさわしい名辞である。
「現代における態度決定」の追記・附記『増補版 現代政治の思想と行動』
が、「丸山眞男」を解説する政治学の本は多いとしても、赤木智弘の「丸山眞男をひっぱたきたい」まで同様にカバーしている書は類をみないだろう。世代的に「丸山眞男をひっぱたきたい」から「丸山眞男」に入った私には、その解説箇所に親近感を覚える。「丸山眞男」は知っているが、「丸山眞男をひっぱきたい」とは何者だ、という年代の方も本書を読むことによって射程範囲が少し広がるのではないか。まぁ、そういう年代の方には「丸山眞男をひっぱきたい」はあまり気持ちの良い論考ではないとは思うが。
また、鶴見俊輔、福島みずほ、佐高信らの赤木論文への反論を紹介している箇所は控えめに評価しても最高だ。彼らの反論を「応答者たちは赤木の問題提起を受け止め損ねていた」と評しつつ、
ここに浮上したのは、年長世代の格差問題への鈍感さはだけではなかった。固定化された格差を問題提起した赤木に対し、『論座』に執筆者たちは平和主義で応答することしかできなかった。<中略>
両者のすれ違いは、たんなる世代差ではなく、戦後民主主義の価値観が、基本的には右肩上がりの経済成長を土台にしていたことを明らかにするものだった。
と、両者を対比しつつ、「戦後民主主義」という本書の主題に引き戻す手腕は見事だ。「ロスジェネ」代表の赤木と「エスタブリッシュメント」代表鶴見、福島、佐高の対立軸を「ロスジェネ」の一世代後の筆者が一歩引いて語るという構図の新鮮さは秀逸の一語につきる。
本書は、上記にあげた他にも『鉄腕アトム』や『紅の豚』などのサブカルチャーにも食指を伸ばす射程の長さがあり、そこも魅力の一つだ。戦後民主主義を体系的に学ぶことができるとともに、「脱ロスジェネ世代の民主主義論」という風合いが随所に感じられる良書だ。若い世代を中心として、幅広い年代の方に手にして頂きたい。