Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『保健所の「コロナ戦記」』 コロナ禍二年間の軌跡と一筋の希望

このコロナ禍で否応なく「保健所」に注目が集まっているが、本日紹介する『保健所の「コロナ戦記」』は、保健所管理職としてコロナ第一波から、最前線で獅子奮迅の働きをしてきた関なおみさんの独白。東京都に住む方は必読とも言えるオススメの本だ。

 

特に、

  • そもそも今までの人生で保健所にお世話になったことが一度もない
  • このコロナ禍で、病院だけでなく保健所がこれほど注目を集めている理由がよくわからない
  • そう言われてみると保健所がそもそも何をしてくれる所なのかよくわからない

というような人には強く薦めたい。また、

  • コロナ関連で保健所に連絡をしたが、けんもほろろでムカついている

という人にも是非読んで頂きたい。制度としての善し悪しはさておき、保健所がキャパオーバーしているのは医療も含めた制度の問題で、そこで働いている人の問題ではない。理由が理解できれば、人というのは多少なりとも感じたストレスを減らすことができるものだ。

 

本書は、国内で初めての感染者が発見される第1波から、デルタ株が大流行する第5波までの都下の保健所、並びに都庁感染症対策課で起きたリアルを描いたノンフィクション作品だ。コロナ禍の最前線で戦う保健所職員の日々の苦闘と健闘が息遣いを感じるほどのリアルさで伝わってくる一方で、そういう自分たちの姿をどこか客観視しながらコミカルさも交えた軽い筆致で描き、単なる現場職員の愚痴で終わらせることなく多くの人に届けたいという筆者の思いを感じる。例えば、保健所に勤める管理職の公衆衛生医師として、管理職としての事務業務は勿論、マスコミ対応、都議会対応など、医師業務以外の仕事に追われる心情を下記のように描いている。

公衆衛生医師も、とあるフリーランスの医師のように、医師免許がなくてもできる仕事はいっさい「致しません」と言えればいいが、都庁や特別区の保健所では非常に難しい。

『保健所の「コロナ戦記」』 第三章 第3波 12月から2021年3月まで

これはテレビ朝日の某人気医療系ドラマからひいてきていると思われる。単に組織に対する不平不満を開陳するのではなく、ちょいちょいとこの手の小ネタを挟んでいるので、新書にして416ページというボリュームを感じさせることなく、すいすいと読みすすめることができる。

 

また、政治家なり、医師会なりを呪いたくなる気持ちになる環境で働きながらも、そういう方々への恨み節もあまりないことも本書の魅力だ。まぁ、今の東京都知事は、自分を批判する人間は、定年退職を迎えて外郭団体にいる人間であろうと粛清するという御人であるから、その点には筆者は細心の注意を払ったであろうことは推察できる。事実に忠実で客観的でありつつ、他者を批判しないという姿勢を貫いているので、大作の戦記ながらも重たくなりすぎていないのが良い。筆者の豊かな感情表現を随所に散りばめることにより、読み物としての魅力をあげながらも、人への恨みつらみが前面にでていないのは筆者の人柄だろう。

が、そんな筆者でも、下記のように都下で働く職員としての苦悩がたまに滲みでているところに、くすっと笑わされてしまう。そんな良識人の本音も本書の魅力の一つだと思う。

都知事が発言するたび、プレス発表する度に、殺到する都民からの問い合わせや、マスコミ取材、開示請求対応も大きな負担となった。

 『保健所の「コロナ戦記」』 最終章 残された課題

 

いくつか本書の読みどころを紹介してきたが、本書の一番の読みどころは、と聞かれれば、この時期に2020年1月から始まったこのコロナ禍を振り返ることができるということをあげたい。世界中のそれぞれの方々が、それぞれの生活の大きな変更を余儀なくされたこの2年間。残念ながら、我々はこいつとしばらく付き合っていかなければならないし、本書で語られていないオミクロン株で今はてんやわんやなわけであるが、2年間というのは振り返るに十分かつ丁度よい区切りのように読後に感じた。

中国のとある地域で「原因不明の謎の肺炎」が発生したらしいという状態から、検査方法が確立し、それが改善・普及し、感染者を追跡するプロセスとシステムも整備され、療養受入先も政治主導で少しづつ増えていき、ついにはワクチンが開発され、大々的に摂取が進んでいった。その間の血のにじむような現場の苦労は本書であますことなく語られているが、改めて振り返ってみると、われわれ人類はこの2年間で随分と大きな成果をあげたことは間違いない。もちろん、政治に疑問や不満はあるものの一歩一歩着実に進んでいることは高く評価しなければならない

本書を読んで、この2年間を振り返って持つ読後感は人それぞれだと思う。ある方は現在進行形で続く災難を再認識し暗澹たる気持ちを覚えるかもしれないし、他の方は療養施設の駅弁や空弁のような無意味な打ち上げ花火があげるために振り回される現場職員に思いを馳せて憤りを覚える方もいるかもしれない。が、私は2年間という短い期間でここまであげてきた成果に、一筋の希望をみたし、超えていかなければならない山はまだあるものの、きっと乗り越えていけるだろうという確信に近い感覚も覚えた。自分たちなら、そしてこういう人となら乗り越えていける、そんな勇気を与えてくれる、力強い戦いの軌跡が描かれている本書を是非多くの方に手にとって頂きたい。

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