Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』 平成金融経済事件史

金融庁検査局と言うと、どうしても半沢直樹のオネエ検査官の黒崎駿一が頭に浮かんでしまうが、「霞が関のジローラモ」との異名を持つ異色の金融庁官僚が実在するらしい。ノンフィクション作家大鹿靖明氏の新作『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』は、そんな見た目も仕事ぶりも一般的な霞が関官僚とは異にする佐々木清隆氏に焦点をあてた力作だ。若干、タイトルは作り込み過ぎの感は否めないが、以前読んだ大鹿靖明氏の本も『ヒルズ黙示録』というものであったことを考慮すると、厳ついタイトル付けは筆者の持ち味なのだろう。

 

大鹿氏というと、『ヒルズ黙示録』に加え、『東芝の悲劇』、『落ちた翼 ドキュメントJAL倒産』の様に一つのテーマを丹念な取材でとことん深堀りするタイプのノンフィクションが多いが、本書は、山一證券の倒産から暗号通貨取引所運営会社のコインチェックの暗号資産流出事件まで、長い縦軸をもって幅広い金融事件を取り扱っており、他作とは性格を異にする。個別の事案についての深堀り感はないが、ノーパンしゃぶしゃぶ事件以降の大蔵省の解体と改革の歴史、叩いては生え叩いては生え続けた平成の金融事件、日本の金曜業界のここ三十年の激変、などを俯瞰してみることができる良書となっている。取り扱われる事件は、山一證券倒産、カネボウ粉飾決算、ライブドア事件、村上ファンド事件、東芝粉飾決算、仮想通貨流出事件、など全部盛りの様相を呈しており、お腹いっぱいになることは間違いない。勿論、今回のノンフィクションを書くための個別の取材は入念にされているが、筆者の今までのノンフィクション作家として実施した数々の取材の蓄積という資産も多数放出されており、一粒で二度美味しいやつだった。

 

佐々木氏は金融庁の証券取引等監視委員会、検査局などで、金融事件を起こす問題企業の監視と不正の摘発、そしてのその再発防止策の立案に長年取り組んできたスペシャリストだ。金融庁からOECDやIMFのような国際機関に長年出向する経験を通して「日本の官僚の常識」と「世界の常識」の違いに触れたことが、氏のキャリア形成に大きく影響を与えた。日本の官僚の世界では毎年の大掛かりな定期人事異動により一、二年でポストがころころ変わる人事主導のキャリアが常識だ。一方で、グローバルの常識は、求められる職務と専門性がきちんと決められ、それに見合った人材を起用、そして育成するプロフェッショナル型雇用とキャリア形成にある。本書でも日本の官僚制度は下記の通り一刀両断されている。

(適材適所でプロフェッショナルを配置する国際機関に対して)それに比べると日本は、素人に近い役人が、人事のめぐりあわせで配置されるアマチュアリズムを延々とやってきた

『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』

佐々木氏が旧来の習わしを放逐し、中途採用などを積極的に進めて外部から専門的な知見をとりいれたことによる効果は本書でも細かく紹介されている。『官僚たちの夏』に象徴される人事と激務と政治力が全てという「昭和の官僚像」から日本の行政も脱する時期にきていることを、本書は過去三十年を俯瞰することで、うまく表現している。

 

また、本書のもう一つの魅力は、主人公佐々木氏と筆者大鹿氏の距離感にある。この手のノンフィクションは、事実は小説より奇なりと謳いつつ主人公を格好良く描き過ぎて、漫画より漫画チックになりがちなものもあるが、本書は佐々木氏の功績も書きながら、批判的な立場も躊躇なくとっているところが面白い。

行政官である佐々木は、一つひとつの事件の取り調べを直接したわけではない。そこが犯罪捜査ひとすじのベテラン刑事とは異なり、人間の業の深淵を覗き込んだわけではなかった。導き出される結論も、いささか教科書的なものになった

『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』

佐々木氏の仕事振りを振り返りつつ、日本の官僚組織の構造的問題や限界に言及するためには、官僚組織のど真ん中にいた佐々木氏自身の仕事や成果にも疑問符をつけることはどうしても免れない。筆者は、功績をたてつつも、切り込むべきところは躊躇なく切り込んでおり、その主人公と筆者の距離感が、本書をただの勧善懲悪のヒーロー物ではなく、平成金融経済事件史というもう一段上のノンフィクションに押し上げていると私は読んだ。当然、出版前に佐々木氏本人のレビューを受けているわけだが、細かい事実誤認の修正以外は、彼に対する批判的な見方も含めて修正はなかったという。ヒーロー物が好きな方には物足りないかもしれないが、私にはそのバランスと距離感が心地よいと共に、生々しいリアルを味わうことができ興味深かった。

 

気軽に楽しみながら読める経済ノンフィクションで、少し軽めの読書を楽しみたいと思っている方にはオススメしたい一冊だ。

 

 

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