「ハーバード大学で開講されている日本を専門的に学ぶ授業はいくつあるか?」
この質問について読者の方に少し考えて頂きたい。本日紹介する『ハーバード日本史教室』を読む前は、私は正直5〜6講座くらいだと考えていたのだが、本書の序章で驚くべき数字が紹介されている。
- 作者:佐藤 智恵,アンドルー・ゴードン,デビッド・ハウエル,アルバート・クレイグ,イアン・ジャレッド・ミラー,エズラ・ヴォーゲル,ジェフリー・ジョーンズ,サンドラ・サッチャー,テオドル・ベスター,ジョセフ・ナイ,アマルティア・セン
- 発売日: 2017/10/05
- メディア: 新書
今、日本について専門的に学ぶ授業は全部で一五〇ほどあり、そのうち開講されているのは年間五〇〜六〇にも及ぶ。
『ハーバード日本史教室』 序 ハーバード大学と日本人 P.27
歴史、文学、芸術、文化人類学、社会学、公衆衛生学など多岐に渡る内容が年間五〇〜六〇講座も毎年開講されているというのは驚きであり、日本という国に対する他国の興味の深さをうかがい知ることができる。本書は、ハーバード大学で教鞭をとり、日本史を教えている講師10名にインタビューをし、それぞれが講座をもつテーマを紹介しつつ、日本固有の特性を世界と比較しながら論じ、日本の強み並びに取り組むべき課題を語ってもらうというもの。ハーバード大学で教鞭をとる日本史の専門家が、独自の視点で日本を語り倒す大変リッチな構成となっている。
10名の講師がそれぞれの日本観を披露してくれるのが本書の魅力の一つであるが、日本の強みや弱味について、複数の講師が同様の指摘をしている点が多々あり、非常に勉強になる。本エントリーでは、それらはのいくつかのポイントを紹介していきたい。
日本は、「大きな社会的な動乱をおこさずに、課題を解決していく方法はある」ということを示す世界のモデル国となれると思います。日本では、<中略>他国ほど貧困の問題は深刻化していません。そのため、革命や動乱がおきることもなく、人口問題や経済問題に集中して取り組むことができるのです。
『ハーバード日本史教室』 第1講義 教養としての『源氏物語』と城山三郎 P.48
少子高齢化、人口減少、経済停滞などの社会問題に対して、日本は一番最初にそれらの問題に直面する先進国であり、日本がどのようにそれらに対して取り組んでいくかについて世界の注目度は非常に高いと指摘する講師が多かった。そして、多くの方が「日本の教育水準の高さ」、「治安の低さ」、「弁護士の数が少く、国民間の争いの少さ」、「社会的な格差がそれ程広がっていないこと」、そして「指導者が独裁的にならず、富を共有するという意欲」に強い点などをあげ、革命などの大きな社会的動乱を経ることなく、課題を解決し社会を転換させていく下地が日本にあることに注目する。
阿部政権は、勿論この難局にあって色々と言われ、独善的なところもあるが、中国やロシアのように憲法を変えてまで現在の指導者が独裁体制を築くというところまで針が触れることは肌感覚としてはないと思うし、それを防げる民意と民主主義の土台も日本にはきちんとある。
かつて、日本が他国を模範として、社会を変革させていったように、現在世界の国々が革命や動乱などのいざこざなく、先進国の抱える問題を日本がいかに解決していくのかに注目し、それを模範としたいと思っていると聞くと、元気がでる。
逆に、日本の課題として多くの方が指摘をしていた点は、閉鎖性であり、より移民を受け入れ多様性を促進することが大事、との提言が多かった。
一つめは移民の受け入れです。移民国家、多民族国家であるアメリカとは対照的な歴史をもつ日本が受け入れに慎重になるのはわかります。しかしながら、日本の労働力不足は深刻であり、受け入れを検討することが必要です/
『ハーバード日本史教室』 第9講義 日本は核武装すべきか P.217
厚生労働省の予測では、日本の生産年齢人口は2017年の6,530万人に対し、2025年の時点で6,082万人、さらに、2040年にはわずか5,245万人にまで減少するとみられ、むこう20年で1200万人減少するとのこと*1。一方で、日本で働いている外国人は2019年10月末時点で165万人であり、過去10年で100万人増えたとの調べ*2もあるが、2800万人の外国人労働者を受け入れているアメリカ*3と比べるとその差は歴然である。
労働人口の確保のためには移民受け入れの一択のようにも見えるが、人種や民族が同じ人たち同士で、言語も行動様式も似通った人たちとずっと快適に暮らしてきた日本人にはハードルは高い。私はアメリカに住んでいて日本人駐在員の方とも交流がある。会社によってもカラーは異なるが、現地採用の社員のことを「べいじん」と呼んで別扱いし、アメリカにいながらなお日本人だけで固まっている会社が多いことは残念なことだといつも感じている。
異る文化や背景を持った人たちと仕事をし、生活空間を共有するのは、やはり気を使うし、対立や軋轢は生まれやすい。が、その多様性が新しいアイデアを生み出したり、今までになかった価値を捻出する強みになることを、この地に住んで実感しているので、本書の多くの識者の指摘するように、移民の受け入れを日本もより進め、「移民活用能力」を高めるべきだと思う。
日本在住の方はもちろんであるが、特に海外に住んでいる方は、海外の方々が日本の歴史について、どのような点に興味を持ち、それを元に何を学んでいるのか、を知る上で本書は非常におすすめ。キンドル版がないというのが、致命的な本書の弱点なのだが、宥荘量を払ってでも取り寄せる価値は十分にある。