Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『会計と経営の七〇〇年史』 人と物語からみる会計・経営史

本日紹介するのは『会計と経営の七〇〇年史』。あまりに重厚なタイトルで思わず尻込みしてしまいそうになるが、ご安心頂きたい。やれ貸方だの、やれ借方だのの会計知識は、本書を楽しむ上では一切必要はない。エピソードと人物の織り成す面白おかしいストーリーを中心に、会計と経営の700年の進化をわかりやすく紹介する良書だ。

 

いや、「進化をわかりやすく紹介」というのも少し硬すぎるからかもしれない。簿記や株式会社や証券取引所の生い立ちを振り返りつつ、会計と経営の歴史の主要登場人物である彼らが、一体どういうキャラクターで、どんな困難を乗り越えて、どうやって成長してきたのかをわかりやすく教えてくれる、という表現の方が正しいだろう。本書を読んだ後に私が一番始めに浮かんだ薦めたい読者は、わが家の中学生と高校生の子供たちだ。大人も勿論勉強になり、楽しめる本であるが、会計や経営に馴染みのない中高生には本書を強くお勧めしたい(というか、私も中高生の頃こういう本を読みたかった)。

 

本書で中心に据えられるのは「簿記・株式会社・証券取引所・利益計算・情報開示」の5つであるが、株式会社の内容を少し紹介してみよう。こういった言葉を理解する上で多くの人が参照するのはWikipediaであろうが、Wikipediaの「株式会社」のページは、11もの項目からなる長文が下記の冒頭から始まる。

株式会社(かぶしきがいしゃ)は、細分化された社員権(株式)を有する株主から有限責任の下に資金を調達して株主から委任を受けた経営者が事業を行い、利益を株主に配当する、「法人格」を有する会社形態の1つであり、社会貢献と営利を目的とする社団法人である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/株式会社

「株式会社」の内容がわかっていれば、理解はできるが、中学生や高校生は勿論のこと、初学者は玉砕必死である。確かにその特徴を過不足なく簡潔にまとめているが、お世辞にもわかりやすい説明とはいえない。一方で、本書では株式会社が生まれたオランダの当時の状況を振り返りつつ、下記の通り解説する。

株式会社は、画期的でユニークなアイデアでした。なにせ、返済しなくてもいい資金調達の方法を編み出したのですから。借りた金は返さないといけませんが、出資してもらうのであれば返済義務がありません。その形式を作るために、「会社のオーナーは株主である」という理屈が作られました。

この株式会社を「返す必要のない金を集める仕組み」という思い切りつつも、本質的な部分を捉えて、すばっと解説する様は読んでいて心地よい。この「短期で資金を借り入れて、都度都度返済するなんて、とてもやってられないじゃん、お金を出してくれる人はオーナーってことにして、儲けたお金を分けるってことで手をうとう」という当初の意図を、それが生まれた歴史的背景とともに説明されているので、私も改めて腹落ちする内容が多く、とても勉強になった。また、子供たちに「株式会社とはなんぞや」という話をする時に、こういう説明をしてあげれなくて不甲斐なかったと反省しきりであった。

 

本書のもう一つの魅力は、理論や仕組みの説明より、「人物」を全面にだしたことだろう。会計と経営というと、とかく無機質な説明ばかりがされがちな内容である。でも実際はそれらが発明されるに至っては、それが生み出された時代特有のチャレンジがあり、それらに打ちのめされた人々やブレイクスルーを起こす魅力的な人々と彼らの「物語」があったはずだ。「会計と経営」の教科書で、とかく補論として扱われがちな「人物」と「物語」に焦点をあてるという筆者の狙いは、わかりやすさや読みやすさをあげるだけでなく、仕組みの本質的な理解を促す効果も果たしている。

株価操作やインサイダー取引が横行する証券市場に、より適正なルールをもたらし、誰でも参加しやすい場とするために、1934年にSEC(アメリカ証券取引委員会)が設立される。設立当時のルーズベルト大統領が、初代にSEC委員長にジョセフ・パトリック・ケネディという当時インサイダー取引でボロ儲けしていた人物を登用するわけだが、その理由がふるっている。

「泥棒を捕まえるためには、泥棒が一番だ」

 

漫画のような話ではあるが、これが辺り公正で透明な証券市場をつくるための制度改革が進み、アメリカの証券取引所はその経済の成長の基盤となるわけである。私の一番のお気に入りのエピソードはこの話なのだが、是非皆さんにも自分のお気に入りのキャラクターとその武勇伝を見つけて頂きたい。

 

わが家の高校生の娘は、現在選択科目で「会計」を受講している。その授業で銀行勘定報告の突合(Bank Reconciliation)などを課題で作成している。小切手が未だに日常生活で使われる米国では、納得の内容ではあるが、細かい技術論や手続き論が先行して、「小切手ってそもそも何者で、それを突合するというのはどういうことを目的としているんだっけ?」というところまで理解が至ってないのではないかと思う。「ルネッサンスのイタリアで、どのような時代背景から小切手が発明されたのか」という「物語」は、理解を深めるだけでなく、会計の勉強に楽しさを加えてくれると思う。「会計」は資本主義社会において、当面は必須知識として不動の地位を維持し続ける。なので、より多くの若者に本書を読んでもらい、彼らが生き抜く資本主義社会の素養の基礎を身につけてほしい。

 

 

 

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