今回は『欧州ポピュリズム ──EU分断は避けられるか』と『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで』の二冊を紹介したい。「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」というのはチャーチルの有名な言葉である。二冊の本を読むことを通して、「西欧型の民主主義にまつわる諸々の課題を克服し、一歩前に進むべく奮闘しているEU」と「西欧型の民主主義とは全く異なるアプローチで世界の覇権をとろうとしている中国」を対比することができ、なかなか楽しい読書体験であった。
『欧州ポピュリズム ──EU分断は避けられるか』
「EUというのは何を目的として存在しているのか」という問いに対する答えを本書は提供してくれる。私は、「ユーロによる通貨統合と経済圏を統一することで経済発展をとげることを目的としている」という位の理解しかしていなかったのだが、本書を通してより根源的な目的について理解することができた。
EUという仕組みがどのような意図で作られたのかという点に着目して、「各国政治指導者により、代表制民主主義に伴う制約を回避して政策決定を行うことができる保護領域として構築されてきた政治システム」と見なすべきである。
「サルは木から落ちてもサルだが、政治家は選挙に落ちればただの人」という言葉が示す通り、民主主義の政治家は選挙で勝つことが、何よりも大事だ。
なので、バラマキ型の大衆迎合政策をして国の財政を崩壊させてしまうギリシャのようなことが起きたり、人気取りのためにタレント議員を擁立して議席を確保する、などの悪手に手をそめてしまうことも時としてある。
また、アメリカでの国民皆保険の導入や日本の消費増税による福祉の充実のような必要な政策が、票がとれないが故に実施されにくい状況を作り出してしまう。
そういう民主主義に内在する欠点を克服するためにEUは設立されたのだと、本書はまとめる。ヨーロッパのEU加盟国は、本当は必要なのだが自国民に不人気な政策をEUという装置を通して実現し、その責任をEUに押しつけることが可能になり、それこそがEUの政治機構として肝なのだ。
民主選挙を経ない形で選ばれた政治エリートによるEUの政策決定と大衆が野党的な対立軸をたてることができない現在のEUの仕組みは、ポピュリスト政党の格好の餌食であり、イギリスを始めとして各国でポピュリスト政党が勢力を伸ばしているそのような政治背景がわかりやすく説明されており、現在ヨーロッパを理解する上では必読の一冊と思う。
『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで』
本書は、毛沢東、鄧小平、習近平という中国の独裁体制の変遷を振り返ることによって、現代中国の政治の本質にせまる良書である。筆者の楊海英は内モンゴルの出身で、漢民族を中心に据える現代の中国政権から民族的には迫害されている立場にあり、民族問題の視点を実体験に基づき、わかりやすく臨場感をもって描いており、大変読み応えがある。
「敵」の定義の曖昧さ、恣意性、そして、誰もがいつでも「敵」とみなされる可能性があること。これが中国現代史で繰り返し登場する「粛清」の基本パターンです。そして「敵」が誰かを設定できるのが、現代中国の権力者なのです。
上記引用部は本書の核となる部分である。重要なポイントは、一点目は「中国における権力闘争は、敵の粛清と暴力的な弾圧を通して実施される」、二点目は「現代中国の権力者が敵とみなしたものが、粛清の対象になり、そこに法的や民主的な正当性というのは皆無」であるという点だ。
民主主義国家において教育を受けたものからすれば、それで大国として形を維持していることがにわかに信じがたいが、文化大革命を通して一千万に以上もの人が投獄、殺害されたという史実や、天安門事件で人民解放軍がデモ参加者を武力鎮圧し、1万人以上の犠牲者をだしたという事実を見ると、このやり方こそが、中国はその長い歴史の中で培ってきた通常の政治手法であるということにも納得がいく。
共産党員に求められるのは、優秀な成績や勤勉さだけではありません。「心をさらけ出して党に渡す」こと、すなわち積極的に密告する姿勢を要求されるのです。
海外企業の進出を徹底的に排除し、自国内のIT産業を優遇し、その「密告文化」に追加して、壮大な監視システムを構築を進める中国。世界で最も住みたくない国ではあるが、グローバル市場経済下の自由民主主義への不満の増加、欧州におけるポピュリズムの隆盛と台頭、そして先鋭化するアメリカの自国第一主義、などの状況の中、成長を続ける事実には毛嫌いだけして無視できない存在感も感じる。
COVID-19で、政治経済に混乱が生じているが、どの政治システムが未曾有の危機に有効に機能するか、という思考実験をする上で、紹介した二冊は大変有効だと思う。