Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

「くまのプーさん」のパブリックドメイン化から「Winny事件」を考える

先日、子供から「『くまのプーさん』のホラー映画ができたらしいよ」と聞いた。「なんじゃそりゃ?」と思ったが、どうやら「プー あくまのくまさん」という映画が公開されているようだ。

映画『プー あくまのくまさん』公式サイト

時が経ち、婚約者のメアリーとともに、100エーカーの森に戻ってきたロビンだったが、そこで目にしたのは血に飢え野生化してしまったプーとピグレットの異様な姿だった・・・

なかなか洒落がきいていて面白い。

くまのプーさんの著作権は2022年の1月に切れ、多くのクリエイターがディズニーにお金を払うことなく使うことができるパブリックドメインになった模様。くまのプーさんだって、元をたどればテディベアに着想を得た二次創作だ。創作活動した方の努力や創造性に敬意を払い、著作物に対する権利を保護して、より一層の創作活動を喚起することが、著作権法の目的であるが、あまり保護を強めすぎると既得権益者を守るだけになってしまう。著作物に対する保護を過度に強めすぎず、パブリックドメインを増やしたほうが、「プー あくまのくまさん」みたいな色々な創作物が世に出て、社会がもっと良くなるんじゃないか。

 

著作権法に関係した話としては、先日読んだ『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』は面白かった。

Winny事件の概要は下記の通り。

  • 天才プログラマー金子勇はWinnyというP2Pのファイル共有ソフトウェアを配布し、これが2003年頃に日本で爆発的に普及する
  • 金子勇はWinnyの開発・配布によって著作権侵害の蔓延を助長したという罪で逮捕・起訴され、一審では有罪判決を受ける
  • ソフトウェアを悪用した人間だけでなく、それを開発した人間を逮捕することは、殺人事件で使われた包丁の製作者を逮捕するようなものであり、著作権法や開発者の責任について議論が巻き起こる
  • 最終的には、検察の起訴内容の信憑性に疑問があり、金子勇が著作権侵害蔓延を意図して開発を進めたとは言えない、ということで地裁で無罪となる

本書は、金子氏の弁護士である壇俊光氏が弁護側の視点として裁判にかかった7年半の裁判の記録を刻々と記録したもの。金子氏の人柄に着目しながら、日本のネット文化の良い面にも光をあてた意欲的な作品となっている。弁護側の視点であるため、下記のように日本の警察、検察、裁判所という司法制度の在り方に対して、厳し目のポジションをとる。

  • 警察官や検察官が金子氏を騙して誓約書や調書をとり、無罪の金子氏の罪を作り上げ、何とか有罪にもっていこうとした
  • 京都地方裁判所も、中立的であるべき司法という立場でありなが、検察の肩を持ち、弁護団はアウェイでの試合を強いられた

Winnyを介して多くの著作権で保護されているコンテンツが、ユーザー間で適正な支払いなく共有されたことは事実である。だが、その問題点を開発者と一緒に解決するのではなく、開発者を無理やり逮捕することで解決しようという考え方に警察と検察がいきつき、それを止めることができなかったのはとても残念だ。

「ファイル共有ソフト=違法コピー」という視点で見るのではなく、「ファイル共有ソフト=クリエーターの創作物の配布チャネルの拡大」という視点でとらえ、副次的な影響としての違法コピーを制限する技術的、法的な枠組みを一緒に作るという発想に、司法も行政もマスコミを至れなかった。オープンソース、YouTubeやTwitterやFacebookなどのSNS、ブロックチェーンなどで日本が後塵を拝したのは、新しい潮流を見極め、よりよい社会を一緒に作り上げる機運に欠け、既得権益保持者に配慮し、出る杭をみんなで打つ社会的風潮の結果であろう。

一部で言われているような、「Winnyの技術は、ブロックチェーンにつながっており、その技術を大事にしていれば、日本のITにおけるポジショニングも変わっていたかもしれない」という見方は楽観的にすぎ、そんなに甘いものではないだろう。ただ、「出る杭を打ち、そこから生み出された芽を摘んで回る」こうした一つ一つの事例が、新しいものを創作する意欲を削ぎ、著作権法が目指す「文化の発展への貢献」を遠ざけていることは間違いない。

 

裁判の期間中、プログラム開発ができなかった金子氏。次の技術者の未来のために無罪を獲得することに力を注いだが、裁判後しばらくしてから心筋梗塞で亡くなってしまった。Winnyの技術が日本の現在のITの景色が変えたかどうかはわからないが、ネットワーク社会の明るい未来を信じた彼が生きて、もっと多くの仕事をしていれば、どんなものを生み出していたのだろう。その答えを知りようもないのは残念で仕方がない。心からご冥福をお祈りいたします。

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