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アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

「人新世の『資本論』」の読み方

本書「人新世の『資本論』」は、進行を続ける環境破壊を止め、真の持続可能な社会を実現するためには、資本主義から脱し、マルクスの『資本論』にならってコミュニズムを導入しないといけない、という壮大なテーマをぶち上げた、大変意欲的な本である。

人新世の「資本論」 (集英社新書)

人新世の「資本論」 (集英社新書)

  • 作者:斎藤幸平
  • 発売日: 2020/10/16
  • メディア: Kindle版
 

 

話題になっているだけあり、環境問題の本質をわかりやすくあぶり出し、それに筋を通した解決策が論理的に提示されており、大変読み応えがあった。SDGsなどが騒がれる昨今、話題の本なので、興味を持たれている方も多いと思うが、何しろ「人新世」と「資本論」のダブルパンチで、タイトルから難しそう感がにじみでているので敬遠している人も多いだろう。が、私も準備体操をしてからえいやっ、と読み始めたが、実際のところ思った以上に読み易く、高校生の娘にも薦めたほどだ。本エントリーでは、自身の整理も含めて、まず本書の骨子を私の言葉で要約し、その上でいくつかの点について考察をしてみたい。

 

「人新世の『資本論』」の要約

  • 先進国は、自分たちの豊かな生活を維持するために、経済面だけでなく環境面でも発展途上国に負担を押し付けている。電気自動車は、使用をする先進国の環境負荷は低いかもしれないが、レアメタルの採掘などの生産過程で環境負荷を後進国に転嫁している環境負荷は、生産から消費までの全工程ではかられるべきであり、消費にのみ着目したSDGsやグリーンニューディールなどはまやかしである。
  • 経済成長と環境負荷の削減を両立することは難しく、技術進歩がその問題を解決するというのは楽観的すぎる。資本主義は、その構造上、成長をひたすら追求する性質があるため、このまま資本主義を維持していくと、地球環境は破壊され続け、安全な環境で生活することができるのは、富が集中した一部の超富裕層のみになってしまう
  • 資本主義に代わる仕組みとしてコミュニズムが必要である。ソ連や中国は公共財産(住居、交通機関、電気、水、医療、教育など)を国有化することにより、資本主義とは違うモデルを作ろうとしたが、うまくいかなかった。ソ連型ではなく、民主主義とコミュニズムを両立させ、コミュニティに属する人たちが自主的に公共財を管理運営するという仕組みに移行していくことが必要である。
  • 市場原理の下、教育や医療などの公共サービスすら値付けをして、商品化していった資本主義により、労働者や消費者(受益者)は軽んじられ、資本家にだけ富が集中している。資本主義が経済並びに技術発展をもたらしたのは事実だが、資本家へ富が偏りすぎ、それは今後もますます加速していく。環境問題を解決するためには、暴走を続ける資本主義を打破し、労働者と受益者にもっとコントロールを戻し、彼らに富を還元するような仕組みが必要で、それがコミュニズムだ。
  • そのためには、工場のような生産設備を労働者が協同管理したり、水や電気などの公共サービスを受益者が協同管理することが必要であり、それらを資本家の支配から開放し、富を労働者と受益者に再分配しなければならない。そのためには、GDPや売上や株価の上昇などの資本家目線での成長をあきらめ、脱成長を受け入れることが必要である。
  • きらびやかなマーケティングに踊らされずにモノやサービスを使用価値で判断し、資本家や経営者の視点ではなく、労働者や受益者の視点で生産や労働を見直し資本家の都合から開放された真に必要な仕事を実施することが必要だ。



考察:民主主義とコミュニズム

東西冷戦の結果、国の統制に基く社会主義を追求したソ連が崩壊し、民主主義・資本主義を掲げる西側諸国がその勢力を広げたことから、民主主義とコミュニズムを水と油のように、私などは脳が自然ととらえてしまう。が、それらを相反するものと考えず、個人の自由を尊重する民主主義とコミュニズムを組み合わせることの重要性を説いている点が本書は面白い。民主主義を「選挙で国民の代表者を選ぶ政治制度」という側面のみでとらえると民主主義とコミュニズムをくっつけることは難しい。が、民主主義を、「市民が共に平等に生きていくために、自分たちの課題を自分自身で主体的に解決し、よりよい社会を作っていく終わることのない過程」といった理念として捉えるとコミュニズムとの親和性はぐっと高まる。本書は、その「民主主義とは?」というところは実はあまり触れられていない。「今さらマルクスはないでしょう!」という規定概念にチャレンジするのが本書の骨子なので、筆者の難しいコンセプトを分かり易く紐といて解説していく能力を発揮し、もう少し民主主義について噛み砕いてくれたら、よりわかりやすく、とっつきやすくなっていたと思う。

考察:コミュニズムとオープンソース

多くの本書の読者が読後に思うことは、「で、どうやって脱成長コミュニズムに移行していけばいいんだ」、「理念や概念はわかるんだけど、そんなの難しいんじゃない」というところだと思う。そういった読者の指摘は筆者も折込済みで、「フィアレス・シティ」を掲げたバルセロナ市政の取り組みを紹介したり、3.5%の法則などを紹介し、市民によるボトムアップの改革の力を強調している。が、紹介はされているものの方法論の部分がぼんやりしていて、手の届く感じがまだあまりしないのが惜しいように感じた。筆者には、その説得力をより強めるためにオープンソースをその研究対象として広げることを強く薦めたいオープンソースはソフトウェアという現代社会における最も価値の高い公共財産を、資本家から完全に独立した開発者コミュニティが管理運営している、本書の主張に正に合致した絶好の事例だ。何故、報酬を一切もらわないコントリビューターが、様々なオープンソースのプロジェクトに参加し、マイクロソフトやオラクルのような超巨大IT企業が作成するより遥かに素晴らしいソフトウェアを作ることができたのかというのは、ここ20年で研究と様々な考察が重ねられてきたが、筆者が資本論の視点でどうオープンソースを考察するのかは私は非常に興味がある。

 

まとめ

冒頭にも述べたが、本書はこの時代に再度『資本論』を考え直し、コミュニズムで環境問題を解決しようという壮大なものだ。が、全体の骨子は、決して突飛なものではなく、古くはロバート・ライシュの『暴走する資本主義』、最近ではフレデリック・ラルーの『ティール組織』などの古典に通じる論点が多い。格差社会や環境破壊に疑問や問題意識がある方は、今の旬の本なので是非手にとっていただきたい。また、SDGsなどの影響でエコバックをもったり、電気自動車に乗ったりするのは何もしないより良いことなので、それを止めるものではないが、持続可能な社会の実現に向けて取るべき行動として最も重要なことはやはり学習をし、様々な知見にふれ、正しい知識や多様な見方を身につけることだ。本書は多様な視点を身につける上で、絶好の学習書となるため、より多くの方に手にとって頂きたい。



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