Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『SONY 平井改革の1500日』 GAFAM本じゃなく、これを読め

ソニーが1.1兆円という過去最高益を20年度の決算で叩き出したらしい。2010年から2014年までは、殆ど純利益赤字という状況からすると見事な復活劇と言って良いだろう。これは2012年にハワード・ストリンガー氏からCEOのバトンを受けた平井一夫氏の手腕の成果とみて間違いない。

 

平井氏と言えば今年7月に出版された『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』が話題になっており、手にとろうかと食指が動いた。が、アマゾンで検索をしたところ『SONY 平井改革の1500日』という日経産業新聞が出版している本も同様に目に飛び込んだ。こちらは、出版が2016年。2021年に最高益を達成したソニー本としては古く、パスしようかと思ったのだが、どうも本書が「読んでみろよ」と手招きしているようで気になった。少し調べてみると2016年というのは、平井氏CEO就任から4年が経ち、各事業部で営業黒字が出始めたタイミングという。変革をリードした本人が自ら語る物語も興味深いが、客観的な日経産業新聞の取材ベースのノンフィクションというのも気になり、本読みの勘で『SONY 平井改革の1500日』を読んでみることにした。そして、期待に違わない当たり本であった。

 

本書は、苦境にあえぐ日本の製造業に勤める方には強く薦めたい。何故ならば、日本企業再生のためのエッセンスが全て詰まっているからだ。

  • 生産施設、多角的な事業を抱える超大型の製造業
  • 世界を席巻したこともあったが、ローエンドは韓国・中国・台湾企業にボコされ、ハイエンドはアップルに背中が見えなくらいに引き離される苦境に直面
  • 痛みを伴う構造改革をやりきり、売上規模重視から価値と利益重視に見事に転換
  • 単なるモノづくりから、サービスやコンテンツのコト需要へのシフトに成功

おかれている状況、実施しなければならないことが似通った日本の製造業は多いはずだ。例にもれず、書かれていることは、目新しいことはそれほどない。

  • 再生と撤退、組織再編などの決定的な判断を誤らず
  • 痛みを伴う構造改革をやりきり
  • 成長への投資を短期の事業採算と中長期の仕込みのバランスをとりながら実施する

という基本に忠実な経営を愚直に遂行するソニーの挑戦が淡々と綴られている。こう書いてしまうと簡単に見えるが、企業が苦境に置かれている状況で、

  • 正しい課題設定をして、その課題解決に向けての正しい方向性を示す
  • 適正な効果が見込める構造改革の規模を見極める
  • ビジネスモデルを転換するための施策を定義し、効果的に投資をする

というのは、正に経営のプロの仕事であり、決して簡単なことではない。ソニー再生のエッセンスの詰まった本書は、悩める経営者の力に必ずなる。不調の日本の製造業が本当に参考にすべきはソニーのようなであるべきだと思う。

 

GAFAMも日本での認知度は高まってきているが、アメリカに住む私の肌感覚として日本からGAFAMのような企業が生まれることはないし、彼らのモデルを参考にし、同じステージにのぼることのできる日本企業は存在しない。というのも、GAFAMは、あらゆる人種や民族を受け入れ、その中で優秀な人間を人種や元の国籍に限らず、活躍する場を提供するアメリカだからこそ、生まれた企業であり、土壌が全く異なる日本では生まれ得ないし、その経営そのものも参考にはならない。平井氏就任前に7年間で累積一兆円の赤字をだしていたエレキ事業を、21年度に単年で1400億円の黒字にまでターンアラウンドさせたソニーの事例にこそ、日本の経営者は多くを学ぶことができるはずだ。流行りのGAFAM本を読んでいる場合ではない。

 

『SONY 平井改革の1500日』は如何にも日経らしい丹念な取材がベースになっている。リアルな経営改革の現場のルポである点は高く評価できるが、取材班の取材録に収まっている感が強く、平井改革のエッセンスが取材班の視点で抽出されているわけではない点は書評として申し添えたい。なので、本書から変革のエッセンスを読み取るためには自分なりの解釈が必要になり、その点は類書と比べると少し骨が折れる。が、逆に読み手に委ねられているところでもあり、ある意味楽しい読書体験となるだろう。2020年度の決算も睨みつつ、以下私なりの本書の読みどころを紹介させて頂く。

  • 再生する事業と売却する事業の見極め
    10年間で8000億円の累積赤字を出しているテレビ事業は再生させ、営業赤字ながらも単年の売上4000億円の事業規模を誇るPC事業を売却するという決断をどのようにしたのか
  • 競争が激しく、構造的に赤字の続くスマホ事業の再生
    大規模なリストラと事業領域の大胆な絞り込みをすることにより、営業赤字の続くスマホ事業の止血を如何に実施し、その上で2020年度単年黒字実現に向けて、どのような種まき・施策実施をしたのか
  • ゲーム事業赤字からの再生と成長エンジンへの転換
    一節によると累積赤字9000億円と言われるPS3の失敗をどのように止血し、そして事業の収益構造の変化させつつ、PS4/PS5とヒットを連発し、ソニーの成長エンジンを返り咲かせたのか

繰り返しになるが、本書にはソニー再生にあたっての処方箋の数々が凝縮されている。効果があったものもあれば、効果が薄かったものもある。また、2016年時点で実施した種まきが2020年決算でどのように結実しているのかという答え合わせもできるので一粒で二度美味しい。しつこいようだが、GAFAM本は別世界の話で、読み物としては面白いが、日本企業の経営の参考にはあまりならない。是非、課題を抱える日本企業にお勤めの方は本書を手にとって頂きたい。

 

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