Thoughts and Notes from CA

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『黒い海 船は突然、深海へ消えた』 とある海難事故から見るジャーナリズムの本質

2008年6月、太平洋上で漁船「第五十八寿和丸(すわまる)」が突如として沈没。4名が死亡し、13名が行方不明となる大きな海難事故がおきる。国の調査報告は高波での沈没と結論付けられているが、3名の生存者並びに救援にあたった僚船の乗務員の証言とは食い違う点が多い。

伊沢理江さんの『黒い海 船は突然、深海へ消えた』は、この「第五十八寿和丸(すわまる)」沈没の謎にせまる渾身のノンフィクション。今年の大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作品であるが、ここ数年の受賞作品と比較しても、群を抜いて面白かった。淡々とした語り口の中からも、真実に迫ろうという筆者のとてつもない熱量が伝わってくる正に力作だ。

 

 

本書は事故現場のシーンからスタートする。朝からの天候不良のため漂泊を始める「第五十八寿和丸(すわまる)」、「大したシケでもないのに、もうけもんだと」とつかの間の休息を楽しむ漁船の日常、それが一変する船への衝撃、そしてあっという間の沈没劇と息をつく間もない展開が描かれる。事故中に九死に一生をえた3名の生存者の証言から、その奇跡の生還劇が生々しく描かれ、読み手も海に飲まれるような感覚に見舞われる迫力の描写。読み手を冒頭から一気に本書の世界に引き込む圧巻の筆力だ。

 

本書の前半部分では、「第五十八寿和丸(すわまる)」の創業主である酢屋商店の事故後の様子、そして帰らぬ人となった17名の遺族の様子などが描かれる。家族や大事な仲間を不慮の事故で失った方たちの悲しみは計り知れない。だが筆者がその中でさらに描くのは、はっきりした事故原因が不明という状況にさらに苦しめられる遺族や酢屋商店の人々の姿だ。行方不明の13名の多くは海底に沈んだ「第五十八寿和丸(すわまる)」の中に閉じ込められたままであろうが、沈没船の調査が行われることはなく、遺体の回収も真相の救命もままならない。以前読んだ『エンジェルフライト 国際霊柩送還士 (集英社文庫)』に

涙を止めようとは思っていない。国際霊柩送還の仕事とは、遺族がきちんと亡くなった人に向き合って存分に泣くことができるように、最後にたった一度の「さよなら」を言うための機会を用意することなのだ。
『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』

というくだりがある。遺体に執着し、亡き人に対する想いを手放すことができないというのが、人間を人間たらしめる感情であり、きちんとしたお別れをすることが、消えることのない悲しみに向き合う上で大事なことだ、と語られていた。「波による転覆」という運輸安全委員会の報告と、生存者や救援にあたった人たちとの証言との隔たりは大きい。その「真相究明とは程遠い報告書」と「この報告書で事故を打ち切りにしようという国の態度」は、遺族が家族を失った悲しみと向き合うことを妨げ、遺族たちをさらに苦しめる。

 

後半部分の主人公は二人。一人目は、真相をつきとめるために、暗中模索で取材を重ね、一つ一つ前進していく筆者自身。二人目は、事故後の経営難に加えて、東関東大震災による原発事故に立ち向かう酢屋商店社長の野崎哲氏だ。守秘義務を掲げて情報公開を渋る国と事故から10年以上経ってしまった月日に苦しめられ、なかなか思うように取材が進まないながらも少しずつ前進していく筆者と、主力船である「第五十八寿和丸(すわまる)」を失い経営難のところに、原発事故が起きて福島県漁連会長としても国と東電と戦う野崎氏。先の見えない暗闇の中を賢明に進み続ける二人の姿が交差しつつ、描かれる様子は圧巻。少しずつ事件の全体像が明らかになる中、二人の主人公がどのような決断をしていくのかについては、是非本書を手にとって、確認して頂きたい。

 

筆者の巧みな表現力と集めた事実を物語と組み立てていく能力は卓越しており、それらは本書の読みどころの一つだ。が、本書を「描写に長けている物語」以上に「ノンフィクション作品」として輝かせているのは、単に「数値のとれるニュース価値の高い記事を書く」だけの昨今のマスコミからは失われた、光のあたっていない社会の事象を照らし、社会に問題提起をするというジャーナリズムの本質だろう。

社会の出来事を掘り起こして記録に残すという営み、つまり、事実のかけらを拾い集めてつなぎ合わせるという作業には、おそらくタイミングというものがある。どんなに重要な出来事であっても、そのタイミングを逃せば真実には半永遠的にたどり着けない。ジャーナリストを職とする私は日々、それを感じていた。

『黒い海 船は突然、深海へ消えた』

立ちはだかる取材の壁につきあたり、失われた時間への焦燥感にかられ、常人ならばとっくに諦めているであろう状況にも、あの手この手で前に進む筆者。それを支えるのは、「事実のかけらを拾い集め記録に残す」ことへのプロのジャーナリストとしての高い使命感だ。絶望的な状況の中でも一筋の光と希望を求めて進んでいく筆者にエールを送りながら読み進める。私は本書をそんな読み方をし、その中で「あぁ、自分はこういうノンフィクション作品を読みたかったんだ」と自分の中の一つのノンフィクション観を発見することができた。

ノンフィクション好きな方が本書にどんな評価をされるのかは結構気になるところ。より多くの方にこの名作を読んで頂きたい。

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