Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『東京の副知事になってみたら』 猪瀬直樹と言葉の力

猪瀬直樹(@inosenaoki)さんの『東京の副知事になってみたら』を読んだので書評を。

東京の副知事になってみたら (小学館101新書)

東京の副知事になってみたら (小学館101新書)

著者は、作家であり、小泉政権下で道路公団民営化委員を務めた人物。2007年から石原都知事からの特命を受け、東京都の副知事に就任。本書はこの3年間の都政にあたった筆者の東京都副知事としての軌跡をつづったものである。

巨大の垂直の長方形の無機質で虚無的物体には、何が似合うのだろう。この大きなハコは、朝方になると夥しい勤め人の波がうねりとなって押し寄せ、夜になると逆の波が放たれて外へ散り、やがてがらんどうになる。重力から解き放たれると、ふっと空中に浮かばないとも限らない。自分の仕事について根本から疑い出すときりがないが、あらかじめ疑う範囲を限定しておけばおくほど長く勤められる世界、大きな村役場というべきであろうか。
『東京の副知事になってみたら』 〜プロローグ p.4, 5〜

本書は上記のような都庁に対する猪瀬評からはじまる。私は「強面で既得権益保持者と戦う道路公団民営化委員」という筆者に対するイメージを今ひとつ拭いきれないのだが、上記のような表現力豊かな文章を読むと筆者はやっぱり作家なんだなぁと思う。そして、こういう力のある言葉を発する能力が、官僚機構と戦う時、世に自分の政策の正しさを訴える時、事実に基づき課題を掘り下げる時に、強力な武器になることは容易に想像できる。


水道事業推進、議員宿舎建設廃止、周産期医療整備、環境政策羽田空港の国際化、地下鉄の一元化などこの3年間で取り組んだ様々な施策とその取り組み過程が本書では紹介されている。どの項目をとっても当事者ならでは具体性をもって、その場にいるかのような臨場感を感じることができ、読み応えがある。どの章も面白いが、一番の読みどころをあえてあげれば「第5章ジャパン・パッシングの危機」だろう。そこには筆者の都政を担うにあたっての固い信念が下記のように綴られている。

“首都公務員”である東京都の職員に求められるのは、100点満点ではなく120点満点の目標だ。地方公務員として東京のためにただ一生懸命はたらくだけでなく、プラス20点分は国民のために、日本全体のために働いてもらいたい。
『東京の副知事になってみたら』 〜 第5章ジャパン・パッシングの危機 p.103〜

「都政を担うものは、東京都のみならず、日本全体のために働かなくてはならない」、これは石原都知事のスローガンの「東京から日本を変える」と合致する。筆者は都政を担い、時に中央省庁の官僚と、また時に政治家と戦うが、その視点は一地方自治体の副知事のものではない。日本の首都の副知事として、最後は自分の仕事の成果が日本全体に還元されるんだ、という気迫や意気込みが端々からにじみ出ている。『東京の副知事になってみたら』が本書のタイトルでありながら、”ジャパン・パッシングの危機”という日本全体のテーマが語られ、タイトル負けどころか逆にこの国がよりよくなっていく強いリアリティがある。これが、石原・猪瀬ラインの真骨頂なのだろう。

僕は作家として、作家だからできることを考えた。直感の力、記録して伝える力、という武器を駆使した。・・・<中略>
ちょっとした伝達事項でもよく齟齬が生じる。情報が多すぎでもいけないし、言葉が不足しても伝わらない。的確に伝える文章とはなにか、である。
『東京の副知事になってみたら』 〜 成熟国家ニッポンの未来 p.188〜

筆者は、直感の力、記録して伝える力が自分の武器だという。確かに直感的に問題、及び機会を探り当て、それを解決・実現するために言葉の力を駆使する筆者の姿は本書の中では何度もでてくる。そういった筆者の姿と切れ味の鋭い力のある言葉に接すると、自分自身の言葉にももう少し力を持たせるように何とかならないものかしら、と思わずにはいられない。自分の器をでかくするには、自分より器が大きな人と接することが重要、というようなことを前々エントリーで書いたが、自分の言葉に力を持たせるためには、力のある言葉に多く触れなければならないのだろう。白状すれば本書以外に筆者の本を読んだことがないので、これを機に他の本も読んでみようと思う。
読み物としても面白いし、自分の住んでいる東京で何が起きているのかも勉強できるため、東京都民には強くお勧めしたい一冊。

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