Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『経営論Z』 「個」の力の最大化と「理想の組織づくり」

世に経営本は多いが、一般的な考えにとらわれず、筆者自らが原理原則に立ち戻り、本質論に迫る本は少ない。また、世に経営者は多いが、経営者にしかできない仕事のみを徹底的にやっている経営者もこれまた少ない。本書は、20年にわたり経営者にしかできない仕事に取り組み続けてきた筆者による、既成の考えにとらわれない経営論であり、はっとするような気付きを所々で与えてくれる良書。実経営者による経営論のため、机上の空論ではなく、現在進行形で行われている経営の中から紡ぎだされた考えに溢れ、血の通った経営論となっていることが特徴。

シグマクシス 経営論Z

シグマクシス 経営論Z

IBMを辞めてから20年以上、「経営者」の仕事をしてきました。振り返ってみれば、この間、私のテーマは「理想の組織づくり」でした。優秀な社員ほど離れたくないと思える組織は何かーそれだけを考えてきたのです。
『経営論Z』 ~P103~

本書で取り扱うテーマは多岐にわたるが、フォーカスは「個」の力を最大限発揮させるための仕組み作り、とみてよい。IBM副社長、PwCコンサルティング会長、日本テレコム社長などを歴任し、シグマクシスの会長兼社長を勤める筆者。コンサルタントというプロフェッショナル集団の個々の力を最大限高めるためにはどのような組織があるべきか、優秀な人が離れたくなくなるような強い引力を発生させるにはどうしたら良いのか、というテーマにずっと取り組んできた筆者の経営論は、組織の活性化に悩む多くの経営者(特に若い方)に示唆を与えてくれるはずだ。「個」の力を最大化というテーマは、「Google型のエンジニアのパフォーマンスを最大限発揮させる経営」みたいなウェブ界隈で良く語られるものとかぶっているが、ベースとなる素材が一定以上の規模のコンサルティング会社のため、ウェブにあふれる今風の組織論とはトーンや重厚感が異なり、新しい視点を提供してくれる
私が最も読み応えたがあったのは人事評価のくだり。筆者は本書で、人事評価を「手元のお金の配分プロセス」ではなく、「人材という最重要な資産の価値を最大化するための投資プロセス」と再定義している。全社員の人事評価を全社員に公開している点や一番お客様からの引き合いの多いAクラスのコンサルタントを評価に関わらせる点、など一般的な企業と異なる哲学が貫かれており示唆に富む。詳細な仕組みついては本書を読んでのお楽しみとするが、人事評価のあり方の再定義から入り、会社を横断した全社的な仕組みの構築、そしてその仕組みを成り立たせるための大胆なリソースの割り振り、そのコンセプトの定着化に向けての個々人へのフォロー、などの一連の流れが紹介されており、変革の臨場感が伝わってきて、勉強になるだけでなく、読み物としても楽しい。そして、ひと通り読むと、「人事評価の仕組み作りは人事部長の仕事」というありがちな考えでは革新を起こせないことがよくわかる。全社活動として人事評価に取り組んでいるため、これは経営者にしかできない仕事なのだ。


経営論だけでなく筆者の自叙伝のような箇所もあり、前著とかぶる部分もあるが、なるべく新しいネタをという配慮も感じられる。生粋のプロフェッショナルの筆者の考えから学ぶことは多く、後半は読み物としてとても楽しめる。特に、下記の下りは心に染みた。

仕事が忙しい、忙しい、と言っている人がいますが、「忙」という字は心を亡くすと書くので、私は好きではありません。いつも社員に言うのは、「自分の人生で大事なもの3つを優先的にスケジュールして、残りの時間で仕事をしなさい」ということです。・・・<中略>そもそも、仕事では作業のプライオリティ付けするのに、より自分に直結する人生ではプライオリティ付けしない、というのはおかしい。仕事の中に人生があるのではなく、人生の中に仕事があるのですから、ちょっと考えれば分かる話です。
『経営論Z』 ~P139、140~


組織が大きくなるにつれ、創業時のフットワークの軽さや従業員との一体感が薄れてきて、自分の思い描く「理想の組織」との間に生じるギャップに悩んでいる若い経営者は多いはず。「個」の力が最大限発揮されている「理想の組織」を維持したまま、会社を中小企業からもうワンレベル上に持って行くには固有の苦労や乗り越えなければならない壁がある。そういう壁に直面している若い起業家、経営者に。巨大な外資系企業、中小の外資系企業、こてこての日本企業、そしてベンチャー企業という様々企業の変革を経営者として取り組んだ筆者の経験は多くの示唆を与えてくれるはずだ。読み物としての面白みも十分にあるので、是非多くの方に手にとって頂きたい。

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