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ktdiskのブログ

読んだ本の感想、所々の雑感、日々のあれこれを綴るブログ。

良エントリー5選で振り返る2006年

Internet Trend

昨日からようやく年末年始の休暇。書斎の「こちら側」の物理的な大掃除も無事終わったので、「あちら側」のほうも整理を少しするかと、今年はてブをつけたエントリーのコメント欄をざーっと読んで見た*1
私はがしがしブックマークをつけるほうではない。今年つけたのブックマークの数は約350ほど。その中でも、今改めて読み返してみて特に「これはおもしろかったなぁ」と思ったものを若干のコメントをつけて紹介したい。名づけて「勝手に今年の良エントリー5選」。


まず、自称「雑文書き」id:yomoyomoさんの「されどわれらがビル・ゲイツ」。いきなりブログのエントリーではないが、ご容赦頂きたい。少し勢いがつくと「スーツは悪でギークは正義」、「文系は悪で理系は正義」などの極論に大勢が流れがちのネットの世界において、常にバランス感覚を保っておられるid:yomoyomoさんらしいエントリーだと思う。

マイクロソフトが現在の地位を勝ち得た理由についてはいろいろ言われるし、その市場支配がソフトウェア産業のあり方を歪めたところは確かにあると思うが、ゲイツがプログラミングに十分な愛と理解があり、しかも資本主義に高度に最適化されたビジネスマンとしての資質を備えていたのが最大のポイントだったのは否定できないだろう。

上記はものすごく重要なポイントで、つまるところビル・ゲイツはスーツ力もギーク力も高度に兼ね備えた人間であったが故に大成功をおさめたと理解できる。それはセルゲイ・ブリンラリー・ペイジにも同じことが言える。彼ら二人はギーク色が全面にでているが、競売方式によるIPO、Dual Classという資本構造などをひねりだし、押し通したことをみるに、常人には及びもつかないほどのスーツ力があると推察される。ここ20年で大規模な成功をおさめているテクノロジー企業の経営者が、「プログラミングに十分な愛と理解があり、しかも資本主義に高度に最適化されたビジネスマンとしての資質を備えていた」という点は非常に興味深い。


次に最近mixiに移行され、消息不明気味のR30さんの"「絡まれ系キャラ」は褒め言葉と受け取っておきます"。エントリーそのものは2005年1月に書かれたのものなので、ほぼ2年前のものだが、まだはてブがこの世に存在しないころにも山のように面白いものがあることをうかがわせるエントリー。

要するにブログっていうのは、他のブログやらウェブサイトやらにいかに面白く絡むかという「カラミニュケーション」のメディアなんだと思うわけだ。酔っぱらったふりして絡む、180度違う角度から共感してみせる、事実認識に因縁つける、背景にある価値観にもの申す、反証データを募集する、読者信者に総攻撃を呼びかける、みたいな各種の絡み方の芸を見せるのが一種のエンタメであるわけで。

最近、「泥仕合」が多く、良質な「カラミケーション」が少ないように感じている。自分の枠に閉じこもって自己防衛本能全開で「泥仕合」を演じた経験のある方は、是非一読をお勧めする。
なお、自分の翻ってみるに、私の場合はある程度反論を予想した上で、想定内の反論について「但し書きで事前に応戦」するという「カラミケーション」の芽を自ら摘んでしまっているケースが多いので来年は気をつけようと、上記のエントリーを見て再認識した。


次に、Dave Takeuchiさんの"Blogを書くということ"。VCと起業家の間にある一次情報満載の骨の太いブログを書かれており非常に勉強になる。で、このエントリーは私がこのブログを購読するきっかけとなったエントリー。

本Blogで書いていることは、様々な方々からお知恵を頂きながら、当方個人から滲み出た視点・アイディア・情報吟味の発露。そして公になっている情報をベースにものを書くということは、自分個人の情報の選択や視点がポイント。そういう意味で、Blogを続けて行くということは、自分個人としての関数の能力を試す行為でもある。

自分なりのブログ論は色々あるが、情報を吟味した上でインプットを選び出し、自分なりの視点・解釈を加えた上で、エントリーというアウトプットを生み出すブログという行為を「個人としての関数の能力」と表現されているのが、非常に巧みで印象が強かった。長く続けると書くことそのものが目的となりがちだが、上記のエントリーを読み直し、「情報吟味のところから気合いをいれてやらねば・・・」と来年に向けて思いを新たにした。


次はid:michikaifuさんの"Web2.0と対立する2つの世界(その4) 先端者は常に孤独"

先端者の世界はmoving targetである。いつの時代も、先端者は時代の大半を占める人たちとは違う世界に住んでいる。今、時代の先端を走っているホンモノのギークは、10年後も20年後も、先端者であり続ける限り、いつの時代になっても孤独であることを覚悟しなければいけないと思う。

先端者に対する、エールというより叱咤激励。時代の大半を占める人たちとは違う考え方を持ち、新しいことを志向するということは、常に異端児である続けるという孤独をかかえなければならない、と。
"Jeff Bezos’ Risky Bet"というBusiness Weekの記事で、常に新しいことにチャレンジし続ける、ベゾスに投資家の方が「ちょっとは腰を落ち着けて利益を享受させてくれよ・・・」と根をあげているというようなことが書かれていたが、ベゾスなんかは逆に先端者・異端児でないと落ち着かないのだろう。


最期は、梅田さんの"IT最先端文化が一般に広く伝播するインパクト"。小飼弾さんとの「カラミケーション」の始まりという点でも興味深いが、メッセージそのものが2006年という年を特徴づける内容となっており(今年3月のエントリーであるが)、さすがといった感じ。

IT最先端世界では当たり前だが限定的だった特殊な文化や習慣や発想や考え方が、「物心ついたときにネットの存在は当たり前」として育った世代においては、ハッカーとか技術系のほんの一部の人たちに限らず、ごくごく普通の人たちにまで広く伝播し、そうなったときに社会全体に及ぼすインパクトがおそろしく大きくなる、ということである。

ごくごく普通の人との間にある温度差がどの程度というのは、「あちら側」にどっぷり浸かりすぎると今ひとつ見えなくなりがちなのだが、2006年という年は「その温度差が急激に縮まり始めた元年」であることは間違いないと思う。
「IT最先端文化が一般に広く伝播するインパクトとは何か?」、というテーマ設定・問題提起は2007年に突入しても、なお新鮮かつ重要なものになるだろう。

*1:なお、それをし始めて10分ほどで、「あちら側」の大掃除を年内に完遂するのは不可能とあきらめた

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