Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『1兆ドルコーチ』 アメリカ西海岸のテック企業のエピソード集

先日、一週間の会社の管理職研修をうけた。私はアメリカの研修が正直苦手だ。こちらではただ講義するタイプの研修というのは好まれないので、クラス全体での議論、グループに別れてのディスカッション、ケーススタディ、そしてロールプレイなどが盛りだくさん。講義に割かれる時間は全体の2割程度しかない。20名くらいでディスカッションをする際に自分の意見を言うには、必ず他の誰かの発言を遮らないといけなく非常に勇気がいる。また、三人一組に分かれて、一人は管理職役、一人は部下役、最後の一人は管理職と部下のロールプレイを見てコメントする、などを英語でやるのは、どこにあたっても文字通り地獄である。まぁ、そんなこんなで息も絶え絶えになりながら、何とか一週間を乗り越えたのだが、もちろん学びは多くあった。特に、緊張感を伴うコミュニケーションをどのように効果的に進めるか、敬意をもって適切にフィードバックをしてチームのパフォーマンスを如何に高めるかということにフォーカスがあたっており、上意下達という香りの一切ない内容が交換を持てた。

 

 

マネジャーは「管理、監督、評価、賞罰を中心とした伝統的なマネジメントの概念」を超えて、コミュニケーション、敬意、フィードバック、信頼をもとにした文化を醸成しなくてはならない。このすべてを、コーチングを通して生み出すのだ。

は、今回紹介する『1兆ドルコーチ』からの引用である。上記のような研修を受けたばかりであったので、本書『1兆ドルコーチ』の内容はすっと入ってきたし、研修内容のよい復習となった。

 

本書は、スティーブ・ジョブズ、エリック・シュミット、ラリー・ペイジなどを支えていたシリコンバレーの伝説的なコーチであるビル・キャンベルの物語。ビル・キャンベル自身は2016年に他界しており、本書はビルから教えを受けたエリック・シュミットなどが、「その教え」を形に残そうと関係者に丹念にインタビューをして書かれた本だ。関係者から聞いた実際のエピソードをこれでもかとばかりに紹介し、そこからの「学び」をまとめていくという構成を本書はとっており、西海岸のテクノロジー起業の荒々しい臨場感と共に、ビル・キャンベルの率直な人柄がひしひしと伝わってくる。

彼は人間の部分と仕事の部分を分けず、どんな人もまるごとの人間として、つまり仕事とプライベート、家族、感情など、すべての部分が合わさった存在として扱った。そして彼らの一人ひとりをひたむきに、心から大切にした。

ビル・キャンベルの真骨頂は対象の人間まるごとに興味を持ち、その人達に惜しみなく愛情を注ぐことだ。超過密スケジュールに追われ、用件にすぐ入りたがり、相手の知性と賢さにフォーカスするテクノロジー業界ではかなり変わったスタイルであり、そういった人がアップルやグーグルのCEOのコーチであったということは、私には新鮮であった。

 

昨年読んだ『ティール組織』で、全体性(ホールネス)という考え方が『ティール組織』の重要な構成要素として紹介されていた。私なりの理解で全体性(ホールネス)を説明すると、社会人や従業員としての仮面を被って日々の仕事に組織の歯車の一つとして仕事に望むより、その人のありのままをパブリックとプライベートを区別せずにさらけ出して仕事ができる、それを重視する環境のほうがパフォーマンスがでる、という感じだ。『ティール組織』では、家で犬を飼っている人が職場に犬を連れてくる、みたいな事例が紹介されていたのだが、正直日本人には荒唐無稽感があり、わかりにくい。が、本書を読むと、全体性(ホールネス)という概念化をしていたわけではないが、ビルがコーチとして重視していたことの一つは、まさに全体性(ホールネス)であることがよくわかる。ふんだんに紹介される経験談の中から、彼がいかに全体性(ホールネス)を実現したのかというのが、非常に理解しやすく、そして親しみやすい形で紹介されているので、『ティール組織』を読んで「いまいちぱっとこねーなぁ」と感じた方は本書を手に取ることをおすすめする。

 

複数の著者が、色々な方から聞いたエピソードを紹介するという構成なので、本全体としてのまとまり、メッセージ性が弱く、すこし読みづらさを私は感じた。が、体系だったコーチングの方法論ではなく、アメリカ西海岸のテック企業の若干ほんわかさの漂うエピソード集という読み物として捉えればかなり楽しめるので、興味をもった方には手にとって頂きたい。

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