アメリカ暮らしと外資系のはなし

外資系企業に勤めて三十年、アメリカに移住して十余年。外資系企業での仕事から、日々の暮らし、読書や社会のことまで。

アメリカ生活11年、それでも「日本語が強い」わが家の子どもたちの話

「英語が強い」、「日本語が強い」というのは、アメリカに住む日本人家族の中でよく使われる言葉だ。メインで使う言語が日本語だったら「日本語が強い」、その逆だったら「英語が強い」と言い、ここの「強い」は著しく長けているという意味ではない。

わが家の子どもたちは「日本語が強い」側で、英語と比べると日本語でのコミュニケーションにはるかに自信を持ち、姉弟の間での会話は100%日本語だ。アメリカに長く住んでいると兄弟姉妹の会話が徐々に英語になっていくというのはよく聞く話だが、わが家はそれがあてはまらなかった。

下の息子は現在高校1年生。5歳の頃渡米し、アメリカ生活がもう11年以上にもなり、半分どころか人生の3分の2以上をアメリカで過ごしている。それでも彼は頭の中では日本語で考え、たまに学校の込み入った英語の文についてはDeeplを活用して解釈を試みることもあるようだ。
引越し先で息子をして「なぜ、お宅のお子さんは、小さい頃からアメリカに住んでいるのに、あんなに自然な日本語が話せるのですか?」とたまに聞かれる。「性格なんじゃないですかね」みたいな返答をいつもはするのだが、少し振り返ってみて、どのように彼が日本語力を長年のアメリカ生活の中で育んだのか振り返ってみたい。

 

とにかく「音読」

私は30代になってから英語の会話を勉強し始めた。自分の英語の勉強を振り返ると「音読」をひたすら繰り返すことが決定的な要因だったと考えていた。なので、5歳から英語環境に放り込んだ息子には、逆もまた真なりで日本語の「音読」を徹底的にさせた記憶がある。

絵本を日本から持ってきたが、当時小2だった娘の日本語の教科書が予習も兼ねてよかろうと、1日に教科書の2-3ページ、同じ箇所の音読を5回ほどさせた。私も何度も読み書かせ、息子が読み上げるのをひたすら聞いた「スーホの白い馬」は今でも話しの細かい筋まで覚えており、馬頭琴と聞くとモンゴル人でもないのに、懐かしさがこみ上げてくる。

 

夢中になれる「漫画」の力

私は本も読むが漫画も大いに読む。日本語を読まないことには始まらないということで、何歳かは忘れたが、かなり早い時期から娘と息子には自分のKindleを買い与えた。

娘は本も漫画も読んだが、息子のほうは漫画の比重の方がはるかに高かった。また、彼は気に入った漫画はひたすら何度も読む。主要なセリフを覚えるまで読み込むので、それが日本語力の底上げに寄与したのは間違いない。小さい頃に、歯医者の話をしている時に、

歯医者の話はやめて、あのいまいましい記憶がよみがえってくる

などと急に難しい言葉と使うので、「どの漫画の、どのシーンだ?」と不思議がったものだ。私が買った漫画と子供が買った漫画をあわせると、Kindleには今1000冊近く漫画の蔵書がある。やはり言語は数をこなすことだ大事なのだろう。

なお、息子の日本語力は漫画で培われたという話をすると

日本語力維持のためには、どの漫画がおすすめですか?

とよく聞かれる。正直、そんなおすすめはない。子どもが楽しんで何度も読むことが何よりも大事だ。小さい子なら『コロコロ』、『チャオ』、小学生になったら『ジャンプ』、『マガジン』などの漫画を買い与えれば、きっと好きなものが見つかるだろう。とにかく、子どもが夢中になって読むのが大事なので、「手塚治の名作を」とか気取ってはいけない。

 

家族で続けた「書評の日」

渡米して6年ほど経った頃に、子どもたちの日本語の読書力に不安が芽生え始めた。10歳になるが殆ど漫画しか読まない息子、13歳になりライトノベルなどは読むものの漫画の比重が高まった娘。無理もないことだが、親として少し軌道修正してあげたいと思い、2週間に一度は家族それぞれが少し背伸びをした本を読み、書評を書くという習慣を始めた。当然、私も妻も本を読み、書評を家族で共有する。わが家では2週間に一度のその日を「書評の日」と呼んでいる。

正直、この「書評の日」は家族全員でやりつつも、一番日本語の読解力が「あかん」ことになりそうな息子の読書力強化が本当の目的であった。この習慣を始めて5年以上経つが、苦労しながらも息子はずっと続け、飛躍的に読書力と表現力を向上させた。開始当時は10歳なので「読書感想文」の域をでなかったが、最近は流行りの自己啓発書やミステリー小説を読み込むようになり、書く文章も「お前こんな文章書けたっけ?」くらいのレベルになってきた。やはり継続は力である。

 

結局は日本への思い入れ

わが家は、上の娘が8歳、下の息子が5歳の時にアメリカに連れてきた。「いつかは、無理やり連れてこられたアメリカを離れ、日本に帰りたい」という彼らの日本への思い入れは相当強い。

そういう強烈な日本への郷愁や愛着が、彼らを日本のコンテンツに駆り立て、土曜日に開校する補習校に10年以上通い週休1日生活を続ける原動力になっている。「音読」「漫画」「書評」という積み重ねは、そういう彼らの日本への思い入れという土台があってこそで、その土台がなければ一つとして上手くいかなかっただろう。

私が「性格なんじゃないですかね」というのは、適当極まりない回答をしているわけではなく、その日本への気持ちは親が与えたものではなく、彼らが持ち合わせたものだったので、性格という表現になっているのだ。

子どもの日本語力の維持に悩む在米日本人の方は多い。わが家のささいな事例が少しでも参考になればと思う。色々難しいことはあると思うが、お子さんが夢中になれ、楽しく日本語に触れることができる環境を作ってあげることが、親にできる唯一にして最大限のサポートだと思います。Good luck!

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