Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『ティール組織』へのありがちな誤解

 

全面緑色の派手な表紙に、「上下関係も、売上目標も、予算もない!?」という言葉が踊るこれまた派手な黄色の帯の本と言えば、話題になっている『ティール組織』だ。

 

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

 

 

「売上目標も、予算もない」という箇所がインパクトが強く「目標や指標がなくても余裕で良い数字で作れる魔法の経営」というような大きな誤解をしている人が意外と多いし、そういう誤解から「今一つ現実味に欠き、しっくりこない」と思っている人が多いのはとても残念だ。本エントリーでは帯の「売上目標も、予算もない」という部分を少し深掘りをして、考察してみたい。

 

進化型(ティール)組織はトップダウンの目標を設定しない。

『ティール組織』 P.356

 

 「トップダウンの目標を設定しない」と「目標を設定しない」は、「肉や魚などの食事をとらない」と「食事をとらない」と同じくらい異なることであるが、「トップダウンの」という言葉を取り払って「ティール組織は目標を設定しない」という誤解をしている方が多いことに驚かされる。

 

私は長くアメリカ資本の会社に勤めている。なので、本書の一つの狙いは、株主至上主義のアメリカ型経営に対して、「人々はその仕組に疲れ切っており、もうそれは限界なんじゃない?」という疑問を投げかけることにある、ということが肌感覚として良く分かる。

 

一般的なアメリカ企業では、「トップダウンの目標」は、株主並びに証券アナリストから降ってくる。決算発表の後に、各アナリストが売上、利益率、一株当り利益などの予想値を発表し、その各会社のだしてきた数値の平均が大凡の「マーケットの期待値」として扱われる。その期待値を上回る結果をだせば株価は上がり、下回れば株価が下がるため、その投資家からの期待値が達成すべき目標となる。そういった会社全体に対するマーケットの期待値を部門ごとの目標値として割り振っていき、晴れてその企業の隅々にまで売上目標がばらまかれ、トラッキングが始まるわけだ。

 

その期待値を上回るための熾烈な企業間の競争が、消費者により大きな価値を提供する結果につながったことはもちろん否めないが、企業という生身の人間の集合体を、「労働をインプットとして、売上や利益というアウトプットとする機械」かのように扱う経営に人々が疲れて、滅入っているということが、『ティール組織』に注目が集る背景としてあるのは間違いない。

 

売上や利益というのは、抜群にわかりやすいし、測定もしやすい便利な指標だ。投資家の視点でたてば、様々な会社のパフォーマンスを同一の指標ではかることができれば便利この上ない。が、売上や利益という指標が全ての会社に適した指標なのかといえばそんなことはない。それぞれの企業の存在意義に立ち返って、その活動成果を測ろうとすると、とたんに売上や利益という指標はその輝きを失ってしまう。「未来のモビリティ社会をリードする」というTOYOTAのビジョンの達成度合いを売上と利益ではかろうとしてもそれは無理というものだ。

 

なので、投資家からふってきた売上や利益というトップダウンの指標や予算ではなく、その会社の事業を最も理解している社員自身が、何をもって事業のパフォーマンスを測るかを自発的に考え、コントロールを投資家から自分たちに戻そうぜ、というのが『ティール組織』の自主経営の胆なんだと思う。なので、「トップダウンの目標設定」をせずに、「ボトムアップの実があり、納得感のある目標設定」をするというのが、大事な要素だ。

 

ビュートゾルフというオランダの訪問看護の会社が本書では『ティール組織』の代表格として度々紹介される。ビュートゾルフは12名を最大とした看護チームを形成し、各チームによる自主経営により運営されている。活動のコアとなる看護チームに売上や利益のゴールがトップダウンで割り振られていないという点が本書では強調されるが、売上や利益の代わりに60%の顧客に請求可能な時間の稼働率が求められていることは何故か本書では多く語られていない。

Individual team members are asked to meet a productivity target of 60% i.e. 60% of their contracted hours must be billable. Individual and team productivity are monitored centrally. Team members whose productivity falls below the target are notified individually. Team productivity is visible to other teams through the organisation’s intranet called the BuurtzorgWeb.

A systematic overview of the literature in English on Buurtzorg Nederland

 

私は過去にコンサルティング会社に勤め、稼働率の目標を追っていたのでわかるが、60%というのは厳しすぎはしないが、決して優しい目標ではない。ビュートゾルフの各グループは目標が設定されていないわけではなく、「勤務している時間の内、60%は患者から対価を得て、訪問看護サービスを提供することに少なくとも時間を使うようにしなさい」という売上目標とは異る目標が設定されている点は大事なポイントだ。

 

また、自チーム並びに他のチームの様々な生産性に関する指標*1が社内のデータウェアハウスでガラス張りになっており、いつでも参照することができるし、ハイパフォーマンスのチームに助言を求めることができるというのも興味深い。自分たちが納得感を持って対峙できる経営指標を用い、自分たちのパフォーマンスをあげるために、自身で管理している、というのが自主経営において最も重要なことだ。

 

本書を読んで、今一つ現実味がなく腹落ちしないという方は上記の視点を見逃している人が多いのではないか。上に引用したリンクをたどるとビュートゾルフの経営管理が、より生生しく語られているので一読をオススメしたい。

*1:顧客数、チームの経費、看護の品質、顧客とのやりとりの回数、顧客あたりの看護人数、顧客満足度、チームごとの生産性

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