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ktdiskのブログ

読んだ本の感想、所々の雑感、日々のあれこれを綴るブログ。

“Is Google Making Us Stupid?”考 その1

Nich Carrの“Is Google Making Us Stupid?”という雑誌への寄稿を読んだ。「Googleは我々人間を愚かにするのか?」とかなりあおったタイトルだが、中身を読んでみると実はGoogleはあまり関係ない。「インターネットの普及に伴う情報の大洪水とそれを効率的に処理する技術は、読む、書く、考えるという人間の知的活動に対して、生物学的なレベルで大きな影響を及ぼすのではないか?」というのが骨子。
ポイントとなる箇所をいくつか紹介し、コメントをつけてみたい。

And we still await the long-term neurological and psychological experiments that will provide a definitive picture of how Internet use affects cognition.
我々は、インターネットが如何に我々の認知に影響を与えるのかという疑問に対する答えをえるための神経学、及び心理学上の長期間にわたる実験の最中にいる。

もう、殆どいきなり結論に近いがこれはなかなかの名言だと思う。
長文の記事を集中力を保ったまま読むことが最近できない、などのNick Carrの体に生じている変化が始めに紹介され、その変化の源泉はインターネットであるとNick Carrは勘ぐる。以前は本の世界にどっぷりとつかり込んだものだが、最近は情報の大洪水の中でポイントをひたすら拾い読むというスタイルに変化をし、「読む」という行為が"Mere Decoders of Information”になってしまっているとの指摘がなされる。インターネットが爆発的に普及したのがごく最近であり、そしてそれが依然として成長の過程にあることを考えると、今足下で生じている変化というのは、最終形ではなくもちろんなく、変化の長い道のりへの入り口である、通常のエントリーであれば殆ど結論として終わってしまうくらいの大上段に構えたところから記事ははじまる。

Reading, explains Wolf, is not an instinctive skill for human beings. It’s not etched into our genes the way speech is. We have to teach our minds how to translate the symbolic characters we see into the language we understand.
ウォルフ曰く、「読む」という行為は人類の持つ先天的な能力ではない。それは「話す」という行為のように我々の遺伝子に刻み込まれたものではない。我々の目に入ってくる文字という記号を、我々が理解することができる言語に変換する方法を、自身で我々の頭に教え込まなければならない。

Nick Carrの長文記事はここでまず前半の山場をむかえる。曰く「読む」ということと「話す」ということは遺伝的に異なり、意識的な訓練が無くとも人は立ち上がったり、声を発するということはするが、「読む」という行為はしないという。そして、それが後天的に脳に刻み込んでものであるが故に、アルファベットのような記号文字と漢字のような表形文字を学んだものでは、「読み」、「考える」という脳の回路の構成が変わるという。もっと言えば、どのような媒体で体に情報を取り込むかによって、脳の中で形作られる回路は生物学的に変わるという。言われてみればもっともではあるが、「読む」という行動の後天性は私には新鮮だった。

As we use what the sociologist Daniel Bell has called our “intellectual technologies”―the tools that extend our mental rather than our physical capacities―we inevitably begin to take on the qualities of those technologies.
社会学者のダニエル・ベルが言うところの「知的技術(精神的というより肉体的な能力を拡張するツール)」を使うにつれ、我々は必然的にそれらの技術の特性を自ら身にまとうようになる。

時計が発明されたことにより、食事や睡眠を自らの野生の感覚よりも、時計が示す時間を元に行動をするようになったり、タイプライターを使用し始めたことにより、ニーチェの散文がより電文体のような堅い文章になった、などの例が紹介されながら、如何に道具が人間の能力に影響を及ぼすのかまず強調される。で、今まで色々な「知的技術」が発明されたが、インターネットというのは全てのメディアの特性を包含するものであるが故に、そのある意味スーパー「知的技術」であるインターネットが我々に及ぼす影響の大きさといったらいかばかりのものであろうか、と盛り上がりをみせる。


このあたりまではなかなか面白いのだが、この後無理矢理Googleに結びつけようとし、少し論理がよれてくる。本日は力尽きたので、この続きは申し訳ないのですが後日・・・。

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