Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

「理系/技術者」は社会主義の夢をみてはいけない

My Life Between Silicon Valley and Japan グーグルの垂直統合思想
アンカテ(Uncategorizable Blog) Googleの特異な「垂直統合」思想に「文系が悪いメソッド」を見る
流石にこのお二人のからみは面白い・・・。
つたないながらも、良エントリーを読んであれこれ考えたことを書いてみたい。



垂直統合を考える上で、一番大事なのは「取引コスト」という考え方。
「取引コスト」とは、売り手と買い手が取引をする際に発生するありとあらゆる費用を指す。提案活動をし、価格交渉をし、契約書をとりかわすなどの一連の作業にはコストが当然伴う。このモノの購入価格以外などとは別のコストのことを「取引コスト」*1という。「垂直統合の最も重要なメリットとは何か?」と問われれば、「取引コスト」を低くおさえ、機動的な経営を可能にすることと、私なら答える。
なお、一つの取引を成立させるためには、社内の承認取得や関係各部署のレビューなどは当然必要となり、社内でも当然「取引コスト」は発生する。余談だが、SOX法成立以降、この社内で発生する「取引コスト」は、社外へ向けるべきパワーを削減するくらいの勢いで上昇し続けている。


一般的に、取引コストは企業対企業という構図で語られるが、企業体を「文系/スーツ族」と「理系/技術者」という切り口で分解しているのが、id:essaさんの"Googleの特異な「垂直統合」思想に「文系が悪いメソッド」を見る"というエントリーの面白いところだと思う。

チップの良し悪しを評価して、採用不採用を決めるのは、コンピュータメーカの技術者だが、チップの開発者がメーカの技術者に直接プレゼンできる機会は限られている。間にたくさんのスーツ族が入る。・・・<中略>スーツ族同士が化かし合いをして、それが均衡していれば、技術者同士の直接対決となる。・・・<中略>元DECの開発者は、<中略>・・・前よりずっと安心してずっと納得して仕事をしている。自分たちの仕事が純粋に技術的観点のみで評価されることを知っているからだ。「開発したチップが不採用になってクビになっても、あのクソなスーツどもに振り回されないだけ何倍もマシだ」そう言っているかもしれない。
Googleの特異な「垂直統合」思想に「文系が悪いメソッド」を見る

営業・競合・価格交渉・契約などの社外との取引で必ず発生する「取引コスト」の生み出すレイヤーを「文系・スーツ族」とし、それとは別の純粋な技術価値を生み出すレイヤーを「理系・技術者」と表現している。
垂直統合によって、社外との「取引コスト」の削減という恩恵は企業体全体として当然うけるが、一番喜んでいるのは邪魔なレイヤーがかなりの割合でなくなり、生み出した技術の価値で勝負をしやすくなった「理系・技術者」であると。

元DECの開発者がグーグルでチップを開発し終えたら、待っているのは社内プレゼンだ。相手はスーツ族ではなく、グーグル社内の技術者だ。彼らは技術者相手に、市場に流通しているIntelAMDと、自分たちのチップを比較して、その長所を訴える。
Googleの特異な「垂直統合」思想に「文系が悪いメソッド」を見る

「文系・スーツ族」から社内承認をとるのには相当な「取引コスト」を要するが、属性の近い「理系・技術者」同士であれば、もちろんゼロではないが、かなりの「取引コスト」削減が実現できる。
世の大企業の中で、エンジニアにとっての社内で発生する「取引コスト」が極限まで削られているのがGoogleである、と。


「理系・技術者」の方にこのエントリーは評判のよう。だが、経営の妙として社内で発生する技術者にとっての「取引コスト」を削減するという後者は会社によっては実現できるが、前者の社外との「取引コスト」から企業、そして「理系/技術者」が開放される世界というのは限りなく妄想に近い。全体最適のために全て垂直統合してしまうというのは、社会主義の考え方で、それが実現不可能なことは歴史が証明しているからだ。
少し荒い、かつ粗い表現をしてしまったが、情報技術の進展により「取引コスト」が全体的に削減され、従来と比較し「文系/スーツ族」による調整という「取引コスト」の必要性が薄れてきたのは事実。ただ、その流れは過渡期どころか、入り口にさしかかったばかり。だからこそ、妄想にふけるのではなく、何ができるようになって、まだ何ができるようになっていないのかを、地道、現実的、かつ創造的に考えていかなければならない。

*1:法的に別の企業が取引をする場合、特に今まで取引をしたことのない企業同士の取引には、「取引コスト」は結構高くつく。中国の良くわからないサプライヤーに製造委託するなんてケースは、契約書でガチガチに責任範囲を定義した上で、それにのっとて取引がきちんと行われているかどうかチェックをしないといけないので、サプライヤーの製造コストは仮に安くても、「取引コスト」は相当高くなる。

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