Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

10年経ったオバマケア:成果と課題

ACA(Affordable Care Act)と言われても何のことかわからないという日本人は多いのではないか。通称でオバマケアと言われるやつだ。2010年から施行され、2014年から本格的に運用が開始され、今年で10年ほど経つ。だが、当時は注目を集めた割にはその話はその後あまり聞かない。トランプが大統領になった際に廃案になるだろうなんて話を職場で同僚と話したことがあるが、アメリカ人との話で話題にあがることは殆ない。最近読んだ本の一部を引用しながら、現状をまとめてみたい。

 

オバマケアの成果はあったのか

CDCの資料によると2010年の全米の無保険者は4860万人(全体の16.0%)であったが、2023年時点では2500万人(全体の7.6%)まで減少したという。施行以後、無保険者が半分以下になり2400万人近い人が健康保険を手にしたというのは大きな成果だろう。国民皆保険という状況にはまだ遠いが、大きな成功を収めていると言っても過言ではない。

 

州ごとに異なる無保険者率

以下は州ごとの無保険者率を表した図でリンク先に行くと州ごとの比率を参照できる。一番低いのはマサチューセッツ州の2.8%であり、高いのはテキサス州の18.9%。ちなみに私の住むカリフォルニア州は7.5%、そして以前住んでノースカロライナ州は11.3%。

https://www.kff.org/uninsured/issue-brief/key-facts-about-the-uninsured-population/

何で、同じ国なのにこんなに州ごとに差があるのか。最近読んでいるポール・クルーグマンの本では以下の指摘がなされる。

どこで差がついたのか? 根っからの民主党州であるカリフォルニアは、知事も州議会も民主党で、オバマケアを機能させるべく手を尽くした。メディケイドを拡張し、独自の市場を運営し、人々を保険に入らせようと頑張った。共和党配下のノースカロライナ州は何もしなかった。

『ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

州の色が青か赤かで変わるとのこと。オバマケアの内容は、中央政府はガイドラインや補助金を出し、運用そのものは州政府が担う。オバマケアを活用し、保険マーケットプレイスやメディケイド(低所得者向けの健康保険)を拡大したカリフォルニア州は大幅に無保険者を削減したが、オバマケアを拒み、折角の補助金も活用していないテキサス州やノースカロライナ州は以前無保険者が多い。アメリカは異なる自治を持つ州の集合体であることが色濃く出ている。

 

そもそもオバマケアって何なのか

アメリカの健康保険の構造

オバマケアって何なのかを理解するためには、まずアメリカの健康保険の構造を理解しないといけない。

https://www2.census.gov/library/publications/2024/demo/p60-284.pdf

 

上記は民間保険に加入している人と公的保険に加入している人の数を表したもの。ざっくり言うと、”Any private plan(民間保険)”が2億人で、”Any public plan(公的保険)”が1億人で、公的保険を利用してない人が半数以上だ。オバマケアが導入されても、この大きな構造は変わっていない、というのは大事なポイント。
ちなみに私はどこに位置するのかというと、”Employment-based"の中におり、勤め先の提供する福利厚生を活用して健康保険に加入しており、このグループが実はアメリカでは一番多い。”Any public plan”の下の”Medicare"は高齢者向けの公的保険、”Medicaid”は低所得者向けの公的保険であり、これらもアメリカの健康保険の主要な部分に新しい。
で、それらに当てはまらない人は自分で民間の保険会社から直接購入しないといけない。そういう「福利厚生で健康保険を提供しているような大きな会社には勤めておらず、かつMedicaidを受給するほど生活が困窮していない」人たちは高額な健康保険になかなか手が出ず、少なくない人たちが無保険者となっていたのだ。そこの部分をパッチワークでもよいので解決しようというのがオバマケアだ。

 

オバマケアの4つの施策

具体的に何をしているのかと言うと、まずは「保険加入の義務化」。「とにかく全員入れ」というもので、当初は罰金があったが、トランプ政権で罰金が撤廃されたため、義務化の効果は若干薄れてしまった。
そして次に、低所得者向けのMedicaidの拡大。中央政府から州政府の補助金を出して、もっと広い所得範囲の人にMedicaidを適用しようよ、というもの。ただし拡張の選択権は州政府にあるので、先程述べたように州ごとに差が出ている。
そして、”Any Private Plan”の下の”Direct-Purchase"、即ち勤め先ではなく保険会社から直接保険を購入している人を増やそうぜ、というもの。そのために、州政府が健康保険を購入できるようマーケットプレイスを設立できるようにし、そこ経由で購入した人はプレミアムつきの税控除を通して補助金を受給することができるのだ。”Market Place Coverage”と書いてあるのがそこに該当する人たちで、あえてここを別立てに表記しているのは、オバマケアの効果測定をするためだろう。まとめると、オバマケアは、

  • 大部分を占める勤め先経由での保険加入している人はタッチしない

  • 健康保険への加入を義務化する

  • 補助金をだして低所得者向けのMedicaidを拡充する

  • 補助金付与とマーケットプレイス設置の組み合わせで民間加入を増やす

というあたりがメインにある。既往歴のある人も加入できるようにするとか、保険の最低保証内容のラインを作るなどの点もあり、大事な点だが、上の4つを抑えておけば、おおよその理解としてはよいだろう。

 

オバマケアで保険金が爆上がりした?

08 年の大統領選挙ではオバマに投票したスパルディングが、「何かがおかしい」と感じ始めたのは、〝オバマケア(医療保険制度改革法)〟が成立した後で、家族の健康保険料が月額400ドルから2700ドルに跳ね上がった時のことだ。

『「トランプ信者」潜入一年 ~私の目の前で民主主義が死んだ~

 
横田増生氏の『「トランプ信者」潜入一年』は大変な力作ではなるが、健康保険についての掘り下げは浅い。こういう単発のホラーストーリーはたまに見るが、政策として欠陥を統計的に説得力をもって証明するデータは殆どない。確かに、一部の地域で保険会社が撤退することを受けて保険料が上がったなどの話はあったようだ。オバマケアを廃案にしようと頑張った共和党政権が血眼になってこういうケースを探したけど、影響は限定的で構造的欠陥を指摘するほどの反証はできなかったようだ。
面白おかしいので、保険料爆上がりのエピソードはたまに出てくるが、共和党議員の調査の残り滓みたいな眉唾ニュースが多いと私はみている。

 

今回の大統領選とオバマケア

ヒラリー・クリントンと激戦を繰り広げた大統領選挙ではトランプ前大統領は「オバマケアの廃案」を主要な政策の一つとした。私の周囲の人も「トランプが大統領になったらオバマケアは廃案となるだろう」と予想をしていた人が多かった。が、実際には廃案には至っていない。何故か。私なりに理由を考えるに以下の3つが頭に浮かぶ。

  • オバマ政権時に「絶対に上手くいかない!」と共和党の議員の多くが指摘していたが、控えめに言ってもかなり上手くいっているから。

  • 「自分なら競争を促進し、もっと医療保険を下げることができる」とトランプ前大統領は豪語していたが、現実的な案は生まれなかったから。

  • 拡大したメディケイドの対象の人、既往歴があるが保険を購入することができた人、などオバマケアの恩恵を受けている人が既に多くいたから。

結果として、2017年に議会で撤廃案を通そうと提案を試みたが、一部共和党員の賛成を得ることができず、失敗に終わった。自分の裁量で大統領令(行政命令)をだすことはできるが、議会と調整をし、立法に持ち込むという政治手腕にトランプ前大統領がかけているのも大きかっただろう。

今回の大統領選で、何故オバマケアが争点にはあまりならないのか。それは7年前に自分が大統領の時に廃案できずに、健康保険適用を2500万人も拡大したオバマケアを攻撃することは、大統領選の戦略上得策でもないし、それに変わる対案もだすことができないからだろう。

 

まとめ

オバマケアは導入から10年以上が経過し、無保険者を大幅に減らし、特に低所得層への医療保障を拡充した。州ごとの格差などの課題は依然としてあるが、アメリカの医療制度の一部として既に根付いていると言っても過言ではないだろう。とは言っても、アメリカの医療保険と制度には問題は多い。先日、妻と血液検査とちょっとした追加の検査、その診断を受けただけで、$1,800ドルもの請求書が送られてきた。引き続き、生活者の視点からアメリカの医療制度とその現状と問題について発信していきたい。

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