Thoughts and Notes from NC

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か』 外国語習得の羅針盤

本屋に行けば英語学習の方法論を著した本、並びに参考書は棚に溢れ返り、インターネット上にも同様のコンテンツは検索すらしきれないほど氾濫しており、正に情報の濁流と言っても過言ではない。豊富なコンテンツや情報技術の発達による新しいツール群は、学習者をより素早く目的地に連れて行ってくれる整備された道路となりうる反面、その莫大な情報量は学習者を隘路に迷い込ませるに危険性もはらんでいる。下記のグラフ*1のように、日本人の国際的な英語能力が相対的に下がっていることを見ると、他国と比較して、その恩恵を日本人が受けていないことは残念ながら明らかである。

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書籍やブログにあふれる英語勉強法のコンテンツというのは、英語による意思疎通ができるようになった人の経験談であることが多い。私自身も自分の経験を元にした自説を何度か本ブログにあげているが、自分の経験がそのまま他者に適用できることのほうが少ないだろうとは思っており、100人読んでくれて、1人くらい本当に参考になってくれる人がいれば良いな、くらいに正直思っている。外国語の習得の成功要因というのは一つに絞り切れるような単純なものでなく、複数の要因が複雑にからみあっていることが殆どで、受け手側に自分にあった内容を適切に選択するというリテラシーが求められ、それは決して簡単なことではない。

 

今回紹介する『外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か』は、外国語学習そのものを学問として研究している白井恭弘氏に著書であり、情報の波にのまれ溺れかけている学習者がその波をかき分け、正しい方向を見つけるための視点を提供してくれる良書だ。敢えて強調するが、本書はわかりやすい英語勉強のための学習指南書ではない。本書を読んだからといって、「よし、明日からこういう勉強を試してみよう」という行動に繋がるような直接的な答えは一切でてこない。ただ、色々な勉強法を試したり、続かなかったりして、もがいている人たちが、ふと立ち止まり、外国語を学習するという行為とは一体どういうことなのかと科学的に考えるきっかけを与えてくれ、そのからみあう要素の複雑さを理解すると共に、自分がどの要素でつまづいているのかを考えるフレームワークを提供してくれる。

 これまでの研究から、どういう学習者が外国語学習に成功するかを予測する最も重要な要因は、三つあると言われています。

 1 学習開始年齢

 2 外国語学習適性

 3 動機付け

『外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か』

 本書は上記の3つ外国語学習の成功要因をあげており、各要素について個別の章をもうけて深掘りをしている。面白いのは筆者の主観的な見解は可能な限り省かれており、「子供の方が外国語学習のスピードは速い」という一般論についてさえも、学術的な実験や論文を必ず裏づけとして提示されていることだ。

本エントリーを読んでいる方は、学習開始年齢の旬を過ぎてしまった方だと思うので、三つの重要な成功要因の一つに年齢があげられていることに落胆されるかもしれない。が、この開始年齢という要因も、環境や動機などの要素から分離独立してその効果の絶対性を裏付ける研究成果はないことが本書を読むとわかるので、萎えずに「外国語学習適性」と「動機付け」の箇所まで読み進めていってほしい。

 

MLATは四つの異なったタイプの能力を測るように作成されています。それは

 1 音に対する敏感さ

 2 文法に関する敏感さ

 3 意味と言語形式との関連パターンを見つけだす能力

 4 丸暗記する能力

の四つです。

適正については膨大な研究があり、大久野研究を積み重ねた結果、MLATなどの適性テストによって測られた適性が、教室での外国語学習の成否をある程度的確に予測することがわかっています。
『外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か』

適性について触れる第3章「どんな学習者が外国語学習に成功するか」は本書における一番の読みどころで、外国語学習における自分の弱みと強みを把握するレシピが提供されており、自己評価に基づいた適切な学習方法を選択するための多くの示唆が提供されている。他のあらゆる能力と同様に、外国語学習についても得意、不得意、才能のあり無しが存在する。が、本書では「適性」をもう二段階くらい深堀りしてくれるため、自分の強みと弱みを学術的な裏付けに基づいて把握することができる。

私は在米生活が7年近くになるので、それなりに英語を聞き取ることができる。が、家族と接していて「音に対する敏感さ」は非常に低いということは薄々と自覚していた。7年近くアメリカで生活をしている子供たちには流石に耳で勝てないが、仕事で日々英語を使っている私の方が妻よりも全体的なヒアリング能力は長けている。が、「RとL」や「SとTHとZ」などの個別の音の聞き取り能力だけを比べると、妻のほうが「耳」は良い。適性という点で、あちゃぁ、と思う反面、そこを補う勉強方法に力をいれれば、もう一伸びできるということで、非常に上記の枠組みは参考になった。

 

本書は、繰り返しになるが、上記の様に「外国語学習」という巨大な怪物を、因数分解し、その個別要素の相関性などを学術的に解き明かしてくれる。英語の勉強に手詰まり感がある方は、新たな勉強方法に着手する前に、本書を手にとれば、「日本の教育でカバーされている箇所はどの部分」で、「自分が独学で取り組んできた要素はどの部分」で、「自分が学習の目的を達成するために取り組まなければならないことは何なのか」を考えることができる。そういう意味で、本書は外国語習得のための羅針盤ということができると思う。外国語の習得に四苦八苦している方には参考になると思うので、手にとって頂きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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