『フューチャリスト宣言』の中でインターネットが実現する未来を最も大胆かつドラスティックに予想しているのは下記のくだりだろう。
- 作者: 梅田望夫,茂木健一郎
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2007/05/08
- メディア: 新書
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梅田:
茂木さんのお考えを教えていただきたいのは、「インターネットは人類の歴史で何以来か」ということです。というのは、『ウェブ進化論』が出てすぐ、読売新聞の書評で、インターネットについて「人類史上、おそらくは「言語」が獲得されて以来最大の地殻変動」とお書きになった。・・・<中略>
茂木:
インターネットというものが、「学ぶ」という最も根源的な、オープンエンドな(終わりのない)喜びを爆発させる機会を与えている。まさに、「知の世界のカンブリア爆発」です。・・・<中略>要するに、それが現れたことで、脳の使い方がまったく変わったもの、ということで、「言語以来」という言い方が成立するのではないか。言語によって脳の使い方が劇的に変わったんだけど、インターネットによっても変わるポテンシャルがある。
『フューチャリスト宣言』 〜第4章 ネットの側に賭けろ P149〜151〜
「言語以来」と言われると荒唐無稽な印象も受けるが、「脳の使い方」が劇的に変わるという視点でそのインパクトを考えると、なるほどそれほどめちゃくちゃな話でもないように思える。
「言語以来」という大胆な予想にふれ、思い出すのがKevin Kellyの"We Are the Web"。
Weaving nerves out of glass and radio waves, our species began wiring up all regions, all processes, all facts and notions into a grand network. From this embryonic neural net was born a collaborative interface for our civilization, a sensing, cognitive device with power that exceeded any previous invention. The Machine provided a new way of thinking (perfect search, total recall) and a new mind for an old species. It was the Beginning.
電波の中に神経を張り巡らせることにより、人類は壮大なネットワークに、全ての地域、プロセス、事実、意思を接続し始めた。この未発達な神経網から、我々の文明、知覚を支える"Collaborative Interface"が生まれ、それは全ての過去の発明を凌駕する力を備えている。この"Machine"は完璧な検索や全記憶といった新しい思考方法を可能にし、古い種に新たな精神を提供する。
正に荒唐無稽とNicholas Carrに酷評された有名な論考で、2015年には知識はもちろんのこと、あることを知覚し、それに対して思考をめぐらせるということについても我々はウェブに依存しながらするようになり、一度そこから切り離されたら自分自身で何かを認識することもおぼつかなくなってしまうという大胆な予想。茂木さんのビジョンと比較すると少しNegativeな未来だが、一つの形としてはありうる。
正直、1年半前に"We Are the Web"のこのくだりを読んだ時はあまりに現実離れしており、こういうビジョンを提示する人間がいてもまぁ悪くないかくらいにしか感じなかったが、ウェブのもたらすインパクトを「言語以来」という視点から評価をすれば、こちらもあながち荒唐無稽ときって捨てることもできない。
「インターネットを脳にみたてる」とか、「インターネットでの我々の振る舞いがインターネットを賢くする」という考え方は、『フューチャリスト宣言』と"We Are the Web"で提示される共通の視点。本書の脳学者としての茂木さんの視座に興味を覚えた方は、Kevin Kellyの論考のほうも読んでみることをおすすめする。