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アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『小倉昌男 経営学』 「経営の現実」と「成功の軌跡」

小倉昌男の『経営学』を読んだので書評を。

小倉昌男 経営学

小倉昌男 経営学

経営者の回顧録を何冊も読んできたが、名著もあれば、自慢話の羅列の読むに値しない本もある。小倉昌男の『経営学』は、既に古典と言われるだけあり、間違いなく名著の中に入る。本エントリーでは『一勝九敗』、『Who Says Elephant Can’t Dance?(巨象も踊る)』のような名著との共通点に注目しながら本書を評してみたい。


私が経営者の回顧録を読んで、良いと思う点はどんな点か。まず、当たり前のことを当たり前にやってきたら成果がついてきた、というように淡々と事実と成果が語られていること。その人の成果が誇張されているような本は読むに耐えないし、本当の名経営者はそんなことはしない。何故か、誇張などせずとも十分にすごさが伝わるからだ。

昭和六十一(一九八六)年八月二十八日、運輸大臣を相手取り「不作為の違法確認の訴え」を起こした。監督官庁を相手に行政訴訟に打って出たのである。運輸省は慌てたと思う。路線延長の申請を五年も放っておいた理由など、裁判所で説明できるわけないからだ。・・・<中略>
運輸省は本件に関する公聴会を昭和六十一(一九八六)年十月二十三日に開き、十二月二日に免許を付与した。・・・<中略>
申請事案を五年も六年もほっておいて心の痛まないことのほうが許せなかった。与えられた仕事に最善を尽くすのが職業倫理ではないか。倫理観のひとかけらもない運輸省などない方がいいのである。
経営学』 〜第8章 ダントツ三カ年計画、そして行政との戦い P.162〜

運輸大臣相手に訴訟を起こしたというのはヤマト運輸の非常に象徴的な出来事であるが、本書では本件についてわずか7ページしか割かれていない。それも大半は読者が理解しやすいような背景説明であり、筆者の苦労話や自慢話は皆無に近い。 筆者は上述の通り淡々と事実を語るのみ。 だが、監督官庁に訴訟をおこし、4ヶ月かけずに誤りを認めさせたという事実に触れれば、その凄まじさは十分に伝わる。そして、このエピソードの最後を「与えられた仕事に最善を尽くすのが職業倫理」とさらりとした言葉でしめているのが何とも格好良い。このあっさりした表現が筆者の器の大きさを表している。


次に大事なのは淡々と語られる事実の中にも、経営のプロとしての深い洞察、知見が溢れ出ていること。一流の経営者の内から湧き出る知見に触れ、自分自身との差、自分自身の足りない点を認識し、そこから学びを得ることは回顧録を読む上での大きな楽しみだ。
小倉昌男という人は、特定の事実から事業の経済性を見抜き、経済合理性に基づいて事業モデルを構築するという点については天才としか言いようのない才覚の持ち主だ。本書の中では、筆者がその洞察力の中から事業の独自性をとらえ、仕組みを作り込み、課題を一つ一つ取り除き、その事業を軌道にのせていく様が何度となく紹介されている。「事業の経済性」を見抜く筆者の知見に多く触れることができる「第11章 業態化」、「第12章 新製品の開発」を読むためだけでも本書を買う価値は十分にある。


最後に経営のセオリーが具体的なエピソードと共に語られており、そこに臨場感や当事者ならではの迫力があることも大事な点だ。経営学の教科書には事例は紹介されているものの、当事者自身がそれを書いているわけではないので、今ひとつリアリティに欠く。現実のビジネスの世界ならではの泥臭さや実体験に基づいているが故の生々しさに触れてこそ勉強になる。
本書は、経営の現実、というべき具体的なエピソードを中心に描かれている。特に私が印象に残っているのは、個人宅配ビジネスに参入する時に、社内の反対を如何におさえたのか、というエピソード。新しい事業を開始する時は、敵は社外よりむしろ社内にあると言っても過言ではない。事業開始当時社長であったにも関わらず、「個人宅配事業はビジネスにならない」という常識にとらわれている経営幹部のサポートをなかなかえられなかった筆者。そして、最終的には現場感覚が本社経営陣より優れている労働組合のサポートをえて事業開始にこぎつける。人を動かすというのが経営の要諦であるが、労働組合をその起爆剤に使うというのはお見事としか言いようがない。


以上、長々書いてきて思ったが、本書が名著である理由を一言で言えば、「経営に携わったことがあるものであれば誰もが直面する経営の現実と、それに立ち向かい、紆余曲折をへながら事業を軌道にのせる成功の軌跡が、臨場感をもって描かれている点」と思う。
これだけ有名な本を何故今まで手にとっていなかったのかが、不思議であるが、お陰でとても楽しむことができた。まだ、読んでいない方。それ自体が幸運なことなので、是非手にとってみて頂きたい。

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