「人間は変わることを意味もなく恐れるものである」。
自分が良かれと思って提言しているようなことでも、変化が伴うことであれば、相手はまずはその良し悪しに関わらず拒否反応からはいることが常であるから、
- 変わることを提言する自分はそもそも少数派であると自覚し
- 多数派との間にある無数のギャップを解消しなければならないことを認識し
- そのギャップをうめることも非常に重要な作業であることを理解すべし
そんな教えをうけたことがある。
ひさびさに更新された「英語で読むITトレンド」で紹介されている
Silicon Valley, Hollywood have chance to reinvent entertainment industry
という記事を読んで、海の向こうでも「変わることを恐れる」ことは同様に一般的なんだとまず感じた。記事の要旨は下記の通り。*1
- エンターテイメント業界は違法コピー・ホームシアターの普及などのあおりを受けてか、映画館での上映、DVD販売などの既存のコンテンツ配信手段のみでは売上がじりじり下がり続け文字通りジリ貧
- Silicon Valleyの技術とHollywoodの創造性を融合し既存のジリ貧の仕組は横にのけて新しい配信手段を作り出すことに対してSilicon Valleyサイドは非常に積極的だし、ジリ貧から脱するためにはそれが必要
- ただ、新しい配信手段を作り出すと既存の仕組の収益に打撃があるという目先の現実がちらほらするため、Hollywoodサイドの動きは残念ながらにぶい
- 創造的破壊を志向するSilicon Valleyの人間はそのスピードの遅さにイライラしている
いずこも同じでよくあるエスタブリッシュメントとそれを壊そうとする人の構図である。
But it's easier to file lawsuits against file-sharing services such as Grokster than it is to change established ways of doing business and create new ways for consumers to buy and experience movies.
また、既存の確立されたやり方を壊し、映画を購入したり、楽しむための新しい仕組を一から作り、消費者に提供するより、ファイル共有ソフト会社を訴えるほうが楽ちんである、つまりべき論はさておき「新しい仕組を模索するより、既存のやり方を守ろうとするほうが瞬間的には楽」(これまた多数派だが、それを言っちゃぁ身も蓋もない・・・)というスタンスをとる人の厚い壁にSilicon Valleyの人が直面して苦労している状況も感じとれた。
「変化を恐れる人に変化を面と向かって提言すること」は、「変化を志向する人と変化の方向性について意見を戦わせること」と比較し、圧倒的に疲れるということは私の経験則から言えることだが、記事中に記載されているイラついているSilicon Valleyの人を見るとそんな妙な疲労感に苦心しているのがみてとれ、これまたいずこも同じという感じがする。
そんな苦労を共感できるからこそ、下記のSilicon Valleyの風土は一層うらやましい。
シリコンバレーという土地の「変化、実験、開放性、創造的破壊」を希求する心というのは、本当に執拗である。誰かが何かをやって倒れても、駅伝のようにまた誰かが何かを始める。
もちろん心の底からあふれる信念や情熱を持っている人で構成されるということもきっとあるのだろうが、
- 創造的破壊を志向する人が多数はであることによる心理的な後押しがある
- 妙な疲労感でへこんでも、そういう風土が急速充電してくれる
- 自分が力尽きて仮に倒れても、それを糧に必ず誰かがやってくれるという安心感がある
個々人の力だけではなく、そんな土地に根付く文化によるバックアップが、執拗に変化を推進する源泉となっていると感じずにはいられない。
*1:映画とDVDの未来の解説を事前に読み最近のアメリカの映画事情を頭にいれておくと読みやすい