Thoughts and Notes from NC

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『欧州ポピュリズム ──EU分断は避けられるか』と『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで』

今回は『欧州ポピュリズム ──EU分断は避けられるか』と『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで』の二冊を紹介したい。民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」というのはチャーチルの有名な言葉である。二冊の本を読むことを通して、「西欧型の民主主義にまつわる諸々の課題を克服し、一歩前に進むべく奮闘しているEU」「西欧型の民主主義とは全く異なるアプローチで世界の覇権をとろうとしている中国」を対比することができ、なかなか楽しい読書体験であった。

 

『欧州ポピュリズム ──EU分断は避けられるか』

欧州ポピュリズム (ちくま新書)

欧州ポピュリズム (ちくま新書)

 

 

「EUというのは何を目的として存在しているのか」という問いに対する答えを本書は提供してくれる。私は、「ユーロによる通貨統合と経済圏を統一することで経済発展をとげることを目的としている」という位の理解しかしていなかったのだが、本書を通してより根源的な目的について理解することができた。

EUという仕組みがどのような意図で作られたのかという点に着目して、「各国政治指導者により、代表制民主主義に伴う制約を回避して政策決定を行うことができる保護領域として構築されてきた政治システム」と見なすべきである。

 「サルは木から落ちてもサルだが、政治家は選挙に落ちればただの人」という言葉が示す通り、民主主義の政治家は選挙で勝つことが、何よりも大事だ。

なので、バラマキ型の大衆迎合政策をして国の財政を崩壊させてしまうギリシャのようなことが起きたり、人気取りのためにタレント議員を擁立して議席を確保する、などの悪手に手をそめてしまうことも時としてある。

また、アメリカでの国民皆保険の導入や日本の消費増税による福祉の充実のような必要な政策が、票がとれないが故に実施されにくい状況を作り出してしまう

そういう民主主義に内在する欠点を克服するためにEUは設立されたのだと、本書はまとめる。ヨーロッパのEU加盟国は、本当は必要なのだが自国民に不人気な政策をEUという装置を通して実現し、その責任をEUに押しつけることが可能になり、それこそがEUの政治機構として肝なのだ。

民主選挙を経ない形で選ばれた政治エリートによるEUの政策決定と大衆が野党的な対立軸をたてることができない現在のEUの仕組みは、ポピュリスト政党の格好の餌食であり、イギリスを始めとして各国でポピュリスト政党が勢力を伸ばしているそのような政治背景がわかりやすく説明されており、現在ヨーロッパを理解する上では必読の一冊と思う。



『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで』

独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで (文春新書)
 

 

本書は、毛沢東、鄧小平、習近平という中国の独裁体制の変遷を振り返ることによって、現代中国の政治の本質にせまる良書である。筆者の楊海英は内モンゴルの出身で、漢民族を中心に据える現代の中国政権から民族的には迫害されている立場にあり、民族問題の視点を実体験に基づき、わかりやすく臨場感をもって描いており、大変読み応えがある。

「敵」の定義の曖昧さ、恣意性、そして、誰もがいつでも「敵」とみなされる可能性があること。これが中国現代史で繰り返し登場する「粛清」の基本パターンです。そして「敵」が誰かを設定できるのが、現代中国の権力者なのです。

 上記引用部は本書の核となる部分である。重要なポイントは、一点目は「中国における権力闘争は、敵の粛清と暴力的な弾圧を通して実施される」、二点目は「現代中国の権力者が敵とみなしたものが、粛清の対象になり、そこに法的や民主的な正当性というのは皆無」であるという点だ。

民主主義国家において教育を受けたものからすれば、それで大国として形を維持していることがにわかに信じがたいが、文化大革命を通して一千万に以上もの人が投獄、殺害されたという史実や、天安門事件で人民解放軍がデモ参加者を武力鎮圧し、1万人以上の犠牲者をだしたという事実を見ると、このやり方こそが、中国はその長い歴史の中で培ってきた通常の政治手法であるということにも納得がいく。

共産党員に求められるのは、優秀な成績や勤勉さだけではありません。「心をさらけ出して党に渡す」こと、すなわち積極的に密告する姿勢を要求されるのです。

 海外企業の進出を徹底的に排除し、自国内のIT産業を優遇し、その「密告文化」に追加して、壮大な監視システムを構築を進める中国。世界で最も住みたくない国ではあるが、グローバル市場経済下の自由民主主義への不満の増加、欧州におけるポピュリズムの隆盛と台頭、そして先鋭化するアメリカの自国第一主義、などの状況の中、成長を続ける事実には毛嫌いだけして無視できない存在感も感じる。

COVID-19で、政治経済に混乱が生じているが、どの政治システムが未曾有の危機に有効に機能するか、という思考実験をする上で、紹介した二冊は大変有効だと思う。



『強いチームはオフィスを捨てる』 リモートワーク導入で問われる管理職の資質

ウィルス騒動で日本でもリモートワークが少しずつとりいれられてきた模様。私は日本に住んでいる頃は、中央線と山手線を利用していたので、通勤ラッシュ時で消耗されるエネルギーの量はよくわかる。その通勤に費やされていた力が、仕事や私生活に振り向けられれば、生産性の改善と私生活の充実が間違いなく期待できるはずだ。日本はワークスタイルの変革のようなことは、強い外圧がないとなかなか進まないので、これを機にリモートワークというスタイルが日本で広く浸透することを願う。

 

 本日紹介する『強いチームはオフィスを捨てる』は、リモートワークに移行する際にでる典型的な疑問に対して丁寧に答え、そのメリットとデメリット、そしてそのデメリットを如何に抑えるかということがコンパクトにまとめられている良書である。「リモートワーク」という言葉が急に身近になってきて、その導入を検討しているが様々な疑問が頭をもたげるという方にはとても参考になるはずだ。

 

読みどころは沢山あるが、本書の胆は下記の点に集約されると思う。

大事なのは「今日何をやりとげたか?」ということだけだ。何時に出社して何時に帰ったかは問題じゃない。どんな仕事をしたかが問題なのだ。 あなたがマネジャーなら、部下に「今日やった仕事を見せてくれ」というだけでいい。給料に見合うだけの仕事をしているかどうか、その目でたしかめるのだ。

 

リモートワークの導入に際し、「オフィスにいない部下をどうやって管理しろというのか」、とおっしゃる管理職の方たちが少なからぬ数いることが想像される。その問いへのシンプルな答えが上記の引用だ。もし、上記の答えがあまりピンとこない管理職の方がいたら、それは要注意だ。あなたは、マネージャとしてメンバーの仕事の成果を評価していたのではなく、「何時から何時に着席していて、さぼっていなかったか」を管理していたにすぎない可能性がある。チームメンバーのパフォーマンスというのは仕事の成果ではかるものであって、オフィスに何時から何時にいたとか、一生懸命仕事に取り組んでいるという「仕事振り」のみではかるものではない。

 

マネージャとしてすべきことは

  • 会社の戦略に結びつく自分の部署のゴール、重点施策を策定する
  • それらを達成するために、各部下が果たすべき役割、個別の目標を設定する
  • 部下がゴールを達成するために、獲得すべきスキルの定義とその育成計画を作成する
  • ゴールに向けて必要なマイルストーンを定義し、定期的に進捗を評価する
  • ゴールを達成するためにどのような支援が必要なのか見極め、適切なサポートを実施する
  • 部下の改善点を相手に伝わる形でフィードバックする

というようなことだ。

 

もちろん、顔をつきあわせたほうがやりやすいこともあるが、リモートでできないことは一つもない。仮に物理的に異る場所にいたとしても、定期的に進捗を確認し、ゴールの実現に向けて必要な支援を実施しつつ、適切なフィードバックをし、モチベーションを高めて部下が最大のパフォーマンスを発揮できるようにするのはマネージャの責務だ。

別の見方をすると、リモートワークが進むと、各マネージャは「部下の仕事の成果を正しく評価することができるか」という資質を問われることになり、丸投げ型、並びに出社時間管理型のマネージャは淘汰される可能性がある。なので、リモートワーク導入に際し、「オフィスにいない部下をどうやって管理しろというのか」という疑問が頭をもたげたマネージャはそれを声高に叫ぶのではなく、自分がマネージャとしてなすべき仕事をしていたかどうかをまず振り返ってみることが大事だ。

 

本書ではそもそも管理とは何か、という原則論から、異なる場所にいても最大の成果をだすための実践的なコツまで、リモートワークで生産性を高めるための様々な助言がなされている。コロナ対策でリモートワークの話がでてきて、どこから手を出したら良いか見当がつかないという方には是非手にとって頂きたい。



『宗教改革の真実』 宗教改革とブロックチェーンの意外な接点

王侯貴族や政治家の行動に焦点をあわせ、革命や戦争などの出来事をおい、社会の大きな変化に焦点をあてる歴史学に対し、社会の中下層の人に焦点をあわせ、百年単位では変わらない制度や習慣やものの考え方をとらえる社会史。ルターの贖宥状の販売に異を唱えた九十五カ条論題に発した宗教改革を社会史の視点で、それが一般庶民やキリスト教信者の生活をどのように変えていったのかを丁寧に解説するのが本書『宗教改革の真実』の主題。

宗教改革の真実 (講談社現代新書)

宗教改革の真実 (講談社現代新書)

  • 作者:永田 諒一
  • 発売日: 2004/03/21
  • メディア: 新書
 

 

宗教改革に伴う書物の増大と民衆の識字率の向上、プロテスタント派の宗教画排斥に伴い失職の危機にたった教会芸術職人の苦悩、婚姻を禁止されていた修道士の結婚、カトリックとプロテスタントによる教会の共有、そして異宗派同士の結婚、など中世ヨーロッパの人々の生活に宗教改革がもたらした変化が様々な事例と共に紹介されている。

 

宗教改革というと正直私には少しとっつきにくいが、社会史という視点でとらえることにより、そこで起きる変化のストーリーを現代社会と対比して理解し、より立体的にとらえることができ、貴重な読書体験となった。

 

宗教改革に伴う書物の増大と民衆の識字率の向上という流れは、大手新聞社やテレビ会社などのマスメディアが、ブログやSNSなどの草の根のメディアによって既得権益を脅かされ、抗い、最終的にはそれを受け入れざるをえない立場に追い込まれるという状況と良く似ている。もちろん、宗教改革における既得権益側はカトリックであり、新しい変化の潮流を起こすのはプロテスタントだ。

プロテスタントは、新技術である活版印刷の技術を活用し、新しい彼らの思想宣伝のために、安価に作成した印刷物を配布し、民衆の理解を勝ち得ていく。一方で、カトリックは文字を読むのは知識人階層の特権であるという古い考え方に縛られ、活版印刷技術の活用で大きく遅れをとる。

彼らが消極的であったのは、民衆が文字文献を使用することを否定する中世ヨーロッパの文化的に伝統に縛られていたせいである。伝統的な考え方によれば、文字を読むのは知識人階層だけで、信仰のことがらをはじめとして、民衆は、知識と権威のあるひとから口述で知識を得るべきとされていた。

『宗教改革の真実』 文字をあやつる階層と文字に無縁な階層 P.62

 知識の権威による囲い込みのみでなく、教会で使用する祈祷書に印刷された本を用いることを躊躇し、「手書き」にこだわったというようなエピソードも紹介されている。「歴史は繰り返す」というが、いつの世も既得権益層のとる行動というのは変わらないようだ。

 

宗教改革とは直結しないが、活版印刷技術についての本書の考察は、現代の技術革新の最先端であるブロックチェーンの技術革新にも通じるものがあり、私には興味深かった。ブロックチェーンは決して目新しい革新技術ではなく、既に存在する要素技術の集合体であることは本ブログでも何回か紹介させて頂いた。一般的には活版印刷技術はグーテンベルグによる発明とされているが、本書は少し異なる立場をとる。活版印刷技術というのは、金属活字、インク、印刷機、紙という個別技術の改良の積み上げと組み上げによってなされた技術革新であり、一人の天才によっておこされた技術革新ではない、というのが本書の立場だ。

活版印刷術は、エジソンの電球や蓄音機の発明とは少し異なり、従来からあったいくつかの個別技術の質的改良、それらの改良技術の適切な集積、そしてその事業化の総体であって、本来的に、誰が、いつ、どこで発明したと言いにくいものである。

『宗教改革の真実』 活版印刷術なくして宗教改革なし P.29

 活版印刷というとグーテンベルグであるが、精巧な鋳造やヤスリ掛け技術にたけた金属加工技術者による金属活字、印刷後も剥げないという接合性と他の紙に写らないという乾燥性を兼ね備えたインク、安価でありながら大量生産性に備えた紙などの要素技術の革新が個別並行して進みつつ、それが聖書の印刷の実現という目的の実現と組み合わさり、爆発的に普及した流れは、ビットコインとブロックチェーンと似ており興味深い

 

宗教改革は社会史の視点で、中世ヨーロッパ人の生活慣行に技術革新も踏まえつつ大きな変化をもたらした。様々な技術革新がおきる現代社会の事象をなぞらえて考える思考実験は予想以上に楽しかった。やれブロックチェーンだ、やれ5Gだ、やれAIだという新技術の話に食傷気味な方は、息抜きとして楽しい読書経験ができると思うので、ぜひ試して頂きたい。

 

 

『1兆ドルコーチ』 アメリカ西海岸のテック企業のエピソード集

先日、一週間の会社の管理職研修をうけた。私はアメリカの研修が正直苦手だ。こちらではただ講義するタイプの研修というのは好まれないので、クラス全体での議論、グループに別れてのディスカッション、ケーススタディ、そしてロールプレイなどが盛りだくさん。講義に割かれる時間は全体の2割程度しかない。20名くらいでディスカッションをする際に自分の意見を言うには、必ず他の誰かの発言を遮らないといけなく非常に勇気がいる。また、三人一組に分かれて、一人は管理職役、一人は部下役、最後の一人は管理職と部下のロールプレイを見てコメントする、などを英語でやるのは、どこにあたっても文字通り地獄である。まぁ、そんなこんなで息も絶え絶えになりながら、何とか一週間を乗り越えたのだが、もちろん学びは多くあった。特に、緊張感を伴うコミュニケーションをどのように効果的に進めるか、敬意をもって適切にフィードバックをしてチームのパフォーマンスを如何に高めるかということにフォーカスがあたっており、上意下達という香りの一切ない内容が交換を持てた。

 

 

マネジャーは「管理、監督、評価、賞罰を中心とした伝統的なマネジメントの概念」を超えて、コミュニケーション、敬意、フィードバック、信頼をもとにした文化を醸成しなくてはならない。このすべてを、コーチングを通して生み出すのだ。

は、今回紹介する『1兆ドルコーチ』からの引用である。上記のような研修を受けたばかりであったので、本書『1兆ドルコーチ』の内容はすっと入ってきたし、研修内容のよい復習となった。

 

本書は、スティーブ・ジョブズ、エリック・シュミット、ラリー・ペイジなどを支えていたシリコンバレーの伝説的なコーチであるビル・キャンベルの物語。ビル・キャンベル自身は2016年に他界しており、本書はビルから教えを受けたエリック・シュミットなどが、「その教え」を形に残そうと関係者に丹念にインタビューをして書かれた本だ。関係者から聞いた実際のエピソードをこれでもかとばかりに紹介し、そこからの「学び」をまとめていくという構成を本書はとっており、西海岸のテクノロジー起業の荒々しい臨場感と共に、ビル・キャンベルの率直な人柄がひしひしと伝わってくる。

彼は人間の部分と仕事の部分を分けず、どんな人もまるごとの人間として、つまり仕事とプライベート、家族、感情など、すべての部分が合わさった存在として扱った。そして彼らの一人ひとりをひたむきに、心から大切にした。

ビル・キャンベルの真骨頂は対象の人間まるごとに興味を持ち、その人達に惜しみなく愛情を注ぐことだ。超過密スケジュールに追われ、用件にすぐ入りたがり、相手の知性と賢さにフォーカスするテクノロジー業界ではかなり変わったスタイルであり、そういった人がアップルやグーグルのCEOのコーチであったということは、私には新鮮であった。

 

昨年読んだ『ティール組織』で、全体性(ホールネス)という考え方が『ティール組織』の重要な構成要素として紹介されていた。私なりの理解で全体性(ホールネス)を説明すると、社会人や従業員としての仮面を被って日々の仕事に組織の歯車の一つとして仕事に望むより、その人のありのままをパブリックとプライベートを区別せずにさらけ出して仕事ができる、それを重視する環境のほうがパフォーマンスがでる、という感じだ。『ティール組織』では、家で犬を飼っている人が職場に犬を連れてくる、みたいな事例が紹介されていたのだが、正直日本人には荒唐無稽感があり、わかりにくい。が、本書を読むと、全体性(ホールネス)という概念化をしていたわけではないが、ビルがコーチとして重視していたことの一つは、まさに全体性(ホールネス)であることがよくわかる。ふんだんに紹介される経験談の中から、彼がいかに全体性(ホールネス)を実現したのかというのが、非常に理解しやすく、そして親しみやすい形で紹介されているので、『ティール組織』を読んで「いまいちぱっとこねーなぁ」と感じた方は本書を手に取ることをおすすめする。

 

複数の著者が、色々な方から聞いたエピソードを紹介するという構成なので、本全体としてのまとまり、メッセージ性が弱く、すこし読みづらさを私は感じた。が、体系だったコーチングの方法論ではなく、アメリカ西海岸のテック企業の若干ほんわかさの漂うエピソード集という読み物として捉えればかなり楽しめるので、興味をもった方には手にとって頂きたい。

『日本人の勝算』 生産性向上こそ日本人の勝算の鍵

私は今米国に住んでおり、日本で保有しているマンションは三菱地所系の会社に委託して他の人に貸している。昨年のゴールデンウィークにその物件の給湯器が壊れてしまい、その間の銭湯代(3千円程度)を支払って欲しいという依頼が借り主の方からあり、快諾したのだが、その金銭の授受に契約書が必要だという。まぁ、金銭の授受に相応のペーパーワークが必要だというのは理解できるので、手続きを進めた。委託会社の担当者から、契約書を印刷して先方の押印をもらった後に、二部の契約書を郵送で米国に送付するので、双方押印の上、そのうちの一つを日本に郵送で送り返して欲しいと言う依頼をうける。ちょっと待って欲しい、印刷した契約書に押印したものをスキャンしてPDFで送ってもらい、それを印刷・押印してスキャンして電子的に送付すれば終わりではないのか、何故わざわざ紙を郵送する必要があるのだろう。書類作成業務が多い不動産会社がドキュサインのような仕組みを持っていれば、色々スムーズなことこの上ないが、それがないのは仕方がない。ただ、今どき原本を郵送で日米間でやり取りするって、どういう感覚なんだろう。そして、PDFでやり取りしても法的には問題ないはずだ、と指摘して返ってきた答えが奮っていた。「法的には問題ないかもしれませんが、うちの社内はそれではまず通りません」日本の大手企業の「変わらない力」をここに垣間見た

 

日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義

日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義

 

 本書、『日本人の勝算―人口減少×高齢化×資本主義』はゴールドマン・サックスの元パートナーであるデイビッド・アトキンスが、日本の経済経済状況の参考となる海外の文献を読みまくり、日本に処すべき処方箋を書き綴った本だ。筆者の日本愛とその裏返しである愛の鞭に溢れた本である。処方箋の骨子は、「日本がこれから迎える少子高齢化という大波を乗り越えるためには、生産性の向上が不可欠であり、中小企業の統合促進や生産性増加に伴う給与の増加などを国策として進めていく」ことが提言されている。そして、本書で容赦なく繰り返されるのが日本人の生産性の低さだ。

日本は、 GDP 総額ではいまだに世界第 3 位の経済規模を有しています。その要因は先進国第 2 位の人口の多さです。一方で、日本の生産性は世界第 28 位です。

本書のこのくだりを読んで思い出したのが冒頭の不動産委託会社とのエピソードである。国民全体の生産性というと自分ごとではないような印象を覚える方もいるかもしれないが、無駄な社内手続き、無駄な会議、無駄な判子リレー、そして無駄と思いつつも前例をただ踏襲し、問題を放置してきた結果が、生産性28位という結果であろう。先進国の中で未だにFAXが多く活用されているのも日本固有の事象だという指摘が本書ではなされている。

 

誰かが「日本人の変わらない力は異常」と言っていましたが、まったく同感です。私はこれまで、金融業界、文化財業界、観光業界で、どんなに小さいことでも反対の声ばかりが上がり、なかなか改革が進まないことを痛感してきました。

先日、本ブログで日本の英語教育に対して苦言を呈したところ「日本の英語教育は大学で論文を書いたり読んだりするためのもので、聞き取りや会話をすることを目的とされていない」という指摘が多くよせられた。「より実践的な英語を身につけるための教育改革が必要」という声にも、「変わらない力」を発揮して、今のままでよいんだと古い感覚を総動員して理論武装する方が多いことに驚かされた。異常なほどの「変わらない力」で生産性という尺度での国際競争力が低下していることをもっと真正面から受け止めるべきだ。

 

筆者は別の統計から日本の人材の評価は世界4位であることを紹介する。米国で仕事を長くしている私の感覚からもこれはしっくりくる。日本人は、責任感は強いし、時間をきちんと守るし、一度やると約束したことはハードワークを厭わず実施するため、評価が高い。そういったことは日本人としての当たり前と思うが、やると約束したこともプッシュされなければやらないのがグローバルスタンダードっぽいので、日本人として普通に供えた勤勉さを活かし、私もそれなりの成果をえることができている。前例にとらわれずに、できない理由を完璧な論理的整合性を保って提示する代わりに、できるようにするためにはどんな課題があり、それを解決するためにはどうしたらよいのかを考え、古いやり方を打破する人が増えれば、他国に生産性でひけをとることなどまずないだろう。

 

筆者は本書で繰りかえし、「日本人の人材の豊富さを考えれば、生産性をあげることは十分に可能」だと強調する。デイビッド・アトキンスの愛の鞭を受け入れ、生産性向上に取り組む人が増えることを切に願う。耳が痛いと感じたり、鼻につく点もあるかもしれないが、良書であるので、多くの方に手にとって欲しい。

『人工知能は人間を超えるか』 人工知能の三度目の春

先日放映された「情熱大陸」は囲碁棋士芝野虎丸氏のドキュメンタリーであった。芝野虎丸氏は19歳にして「名人」位を奪取した囲碁会の新世代スターだ。勝ち負けが全ての勝負の世界において、「やりたいことが見つかれば、明日にでも囲碁は辞めてもいい」と事も無げに言い切り、「飄々と気負うところがない」という言葉ですら強すぎるくらいの不思議なトーンを醸し出す。私にとっては理解が容易でない何ともつかみどころのない別生物という感じで、彼の中に潜むかもしれない「見えにくいが底知れぬ強い信念」を必死に探そうとしている自分に古さを感じる。番組のフィーチャーは勿論芝野名人に強くあたっているのだが、他に非常に目をひくシーンがあった。それは、番組中で紹介される囲碁名人戦の対局の放映シーンで、AIが解説にフル活用されていたことだ。盤面をコンピューターで表示しながら、AIの出す有効手を表示しつつ、「61% vs 39%」のようにどちらが優勢かというAIによる形勢判断も表示されており、プロによる解説に加え、素人にも親しみやすい数値化がうまくなされていた。とかく囲碁や将棋でAIというと「人間がAIに敵わなくなるのはいつなのか」という悲観的な話が多いが、対局の魅力を増すためのツールとしてAIをうまく使いこなしており、囲碁会もやるものである。

 

さて、今回のエントリーでは『人工知能は人間を超えるか』を紹介したい。

人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)

人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)

  • 作者:松尾 豊
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/中経出版
  • 発売日: 2015/03/11
  • メディア: 単行本
 

 

本書は、現在日本のAI研究の最先端にある松尾豊東京大学大学院教授によるAIの入門書である。AI研究の歴史を遡りつつ、AIの技術的な基礎を紹介し、さらに現在ホットなディープラーニングのどこが革新的なのか、そしてそれの社会に与える潜在的なインパクトまで紹介するという盛りだくさんの野心的な本だ。

 

三たびめぐってきた人工知能の春の訪れに当たり、同じ過ちを繰り返してはいけないと強く思う。ブームは危険だ。実力を超えた期待には、いかなるときも慎重であらねばならない。世間が技術の可能性と限界を理解せず、ただやみくもに賞賛することはとても怖い。

『人工知能は人間を超えるか』 はじめに 人工知能の春

過去に大きな二度の過熱と失望があったAI研究の歴史を紹介しつつ、現在の盛り上がりについて可能性と限界を冷静に提示するその論理展開は、アカデミズムの漂う学者ならではのもの。何でもかんでもAIとつければ見栄えがするという昨今の盛り上がりとは距離をとり、コンピュータ自らが特徴量を獲得するというディープラーニング(深層学習)の革新性を噛み砕いて説明しつつ、その革新性によって人工知能はどこまでの発展の可能性があるのかと、ディープラーニングだけではどんな限界があるのかが語られており読み応えがある。

 

そういう学者肌の冷静な分析が本書の魅力の一つであるが、一方で冷静な視座や記述の端々からびしばしと伝わってくる筆者の「AIへの愛情のほとばしり」も本書の大きな魅力の一つだ。現在のAIへの投資の過熱を、また一過性のもので終わらせてなるものか、このAIという研究領域は人類をよりよくする可能性に溢れているんだ、という熱い思いが筆者の理性を越えて行間にハミ出しているのが、独特の魅力を本書に与えている。

 

人間とコンピュータの協調により、 人間の創造性や能力がさらに引き出されることになるかもしれない。そうした社会では、生産性が非常に上がり、労働時間が短くなるために、人間の「生き方」や「尊厳」、多様な価値観がますます重要視されるようになるのではないだろう。

『人工知能は人間を超えるか』 終章 変りゆく世界

とかくAIについての議論は、コンピュータそのものが意志をもって、人間を越えていくという悲観論が目立ちがちだが、筆者の目線はいつでも、既存の知のあり方にどのようなブレークスルーがおき、社会とそれを構成する人間がどのように良くなっていくということに向けられており元気がでる。人工知能の三度目の春が人類にもより大きな温かみをもたらすのか、もう少し勉強を重ねていきたいと思わせる一冊であった。

『「帝国」ロシアの地政学』 隣国ロシアの行動原理


私のロシア、ソ連についての知識の変遷を読書から追うと、『旅行者の朝食』などをはじめとする米原万里のエッセイ、『自壊する帝国』を代表とする佐藤優の作家初期の作品、そして元外交官の東郷和彦の『北方領土交渉秘録』などがあげられる。勉強不足からか、文化的な面で言えばウォッカとキャビア、政治外交については北方領土のみと知識が大変偏っていた。今回、若干背伸びをして小泉悠氏による 『「帝国」ロシアの地政学 』を手にとってみた。読み応えはあったが、あらためてロシアという国をより大局的な視点で理解をするきっかけとなり大変勉強になった。

「帝国」ロシアの地政学 (「勢力圏」で読むユーラシア戦略)

「帝国」ロシアの地政学 (「勢力圏」で読むユーラシア戦略)

  • 作者:小泉 悠
  • 出版社/メーカー: 東京堂出版
  • 発売日: 2019/06/26
  • メディア: 単行本
 

 

米原万里や佐藤優の本から、親しみやすいロシアに触れていたものの、冷戦期の西側諸国連合で育ち、教育を受けたたため、ロシアという国にはどうしても拭いきれない不信感が腹の底に、正直ある。玉音放送後に日ソ不可侵条約を犯して日本に進行を続け、北方領土を占領した卑怯な国というのは間違っていないと思うし、ウクライナ危機やクリミア紛争などのニュースに接すると武力を行使して自国の勢力の拡大に邁進する時代遅れの帝国主義という言葉が浮かんでくるし、プーチンカレンダーで人気稼ぎをするという茶目っ気はありながらも秘密警察あがりの危険な独裁大統領というイメージをプーチン大統領から拭い去ることはできない。

 

しかし、本書でソ連崩壊から分断された民族と文化を再び統合しようと試み続けてきたロシアの歴史と彼らの行動に内在する論理に触れると、日々のニュース報道や日本のマスメディアから伝わってくるものとは異なるロシア像が見えてくる。周囲を海に囲まれた日本人にとって、本書に冠されている「地政学」という言葉はアカデミックな点で理解できないくもないが、説明されずとも肌感覚でわかるというような慣れ親しんだ言葉ではない。が、ロシアの置かれた状況を理解すればするほど、「地政学」という視点抜きで彼らの政治的な決断を理解することができないことがよく分かる。

 

一つ例をあげよう。

ロシアは、世界最大の1710万平方キロメートルにも及び領域を守らねばならない。欧州正面に配備しうる兵力は、軍事力全体の一部でしかないのである。周辺を友好国と大洋で囲まれた西側諸国と異なり、ロシアの置かれた地力的条件は兵力の集中にも不向きであると言えよう。
第4章 ロシアの「勢力圏」とウクライナの危機

 海に囲まれた日本と異なり世界最大の面積を有するロシアは地続きで他国に接している面が兎に角広い。本書によるとロシア連邦軍は90万人ほどの兵力を有する(なお、日本の自衛隊は25万人)。その90万人で2万キロに及ぶ他国との国境を守るというのは大変な話である。ソ連の際はカザフスタン、ベラルーシ、ウクライナなどの緩衝国がヨーロッパ諸国との間にあったが、ソ連解体後は実質的には他国との地続きの国境が2万キロに及ぶ状態であり、地政学の観点でロシアの外交的な振る舞い(ウクライナ危機、クリミア紛争など)に大きな影響を及ぼしている。

 

地政学の視点でみると、緩衝国を挟んで西側諸国と押し合いへし合いをしてきたロシアにとっては、疑似緩衝国のような形で極東で係争中の北方領土が日本との間にあるというのは、実は非常に心地よい状況なのではないか、というのが本書を読むと見えてくる。はっきりくっきり両国間に領土という線を引くよりも、ロシア民族とそれ以外の民族が東欧周辺国に存在するように、領土、民族、外交の点でより斑模様を保って北方領土を統治するというのが、ロシアがにっこり安心できる状態だと思う。よしんば一島返還で領土問題は終結という条件を日本が飲んだとしても、米軍基地がその一島に設置される可能性がある以上、ロシアはその条件は絶対に飲まないのではないだろうか。

 

本書は、ウクライナ、シリア、バルト三国などのお馴染みの地域のみならず、北極圏までその地政学分析の範囲に含め、今まで私が想像しなかったような視点を提供してくれた。首都が遠いので、少し距離感を感じるものの、実は隣の国であるロシア。少し読み応えはあるが、隣国ロシアをより理解するために本書はすごくおすすめ。

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