ktdiskのブログ

読んだ本の感想、所々の雑感、日々のあれこれを綴るブログ。

体重は減らすものではなく、生活習慣についてくるもの

「外食は控える」、「万歩計をつけ、一日に一万歩は歩く」、「筋肉をつけ、基礎代謝をあげる」、「炭水化物をとらない」、「毎日体重をはかる」などダイエットのコツというのはあげればきりがない。私は社会人になってから増えた体重をずっと減らすことができないまま、十年近く過ごしたが、いくつかの生活習慣を改善することにより、学生の頃と同等、並びにそれ以上の体型を最近は維持することができている。未だに色々苦労や努力はしているが、自分の保ちたい体型を維持することが、最近ようやく上手にできるようになった。体重や体脂肪率の増減を繰り返しながらようやく今にいたるわけだが、その経験を通して、私が大事だと思う点をいくつか共有したい。

 

1. 「〜すれば痩せる」式の単体のソリューションで解決しようとしない

人にどうやって痩せたのか、と聞かれたら、「週に2〜3度ジョギングをする」、「ビールの代わりにホッピーを飲む」、「野菜中心に食生活を心掛け、あまり外食しない」、「間食をしない」など色々私がやっていることを共有することはできるが、それをやったからと言って誰もが痩せることができるわけではない。体重や体型に影響を及ぼす要素は多岐に渡り、誰もに普遍的に当てはまる黄金の法則なんてものは絶対にない(だからこそ、ありもしない黄金の法則を売ろうとするダイエット商法が成り立つのだろうが、、、)。ダイエットのスタートポイントは、何か一つのことをすることにより、劇的な成果をえようとすることをまず諦めることだと思う。

 

2. 体重をコントロールするのではなく、生活習慣をコントロールする

「今62キロの体重を58キロにする」という目標設定をから入り、体重を減らす努力を重ねるタイプのダイエットをして、うまくいった試しが私にはない。短期的に目標に近付くために、運動をしたり、食事制限をしたり、怪しげなサプリを飲んだりするが、大抵は続かない。肝入りで始めたことが、思ったより成果があがらないことに落胆し、気づいたら何もしない生活に逆戻りしているということを何度繰り返したことか。
最近は少し考え方を変え、生活習慣の何かを変え、体重が減るかどうか、そしてそれが持続可能かどうかを確かめ、上手く機能するようなら、それを新しい生活習慣として取り入れるようにしている。普通のダイエットと同じように聞こえるかもしれないが、体重を減らすために何かをするという考え方と、目標体重に見合った生活習慣を作り込んでいくという考え方は、私は全く別物だと考える。減量というのは追い求めるものではなく、生活習慣についてくるものだ、というように発想を転換してから、いわゆるリバウンドをしなくなったし、こんなに努力しているのに体重が減らない、とストレスを感じることも少くなった。


3. 体重は点で管理しないで、面で管理する
目標体重を達成することよりも、その体重を常にキープすることは十倍以上難しい。私が求めているのは、瞬間最大風速で過去最軽の体重を実現することによる達成感ではなく、望ましい体型をずっとキープすることなので、最近は体重を月単位の平均でみるようにしている。体重をこのように面で管理をすると、日ごとに増減する体重ではなく、生活習慣にもっと目を向けやすくなる。また、体調を崩したり、出張が入ったり、急激に仕事が忙しくなったりするようなダイエットのリズムを壊す突発的なイベントで、ダイエットを継続できなかったことが以前はあったが、体重を面で管理するようになってから、あれやこれやが起きてもリズムを崩すことなく、継続的に体重と体型の管理ができるようになった。


4. インとアウトではなく、生活環境に目を向ける
摂取するエネルギーを減らし、消費するエネルギーを増やすという算数によって体重はめでたく減っていくわけであるが、本当に一番力を注がないといけないことは、摂取するエネルギーを減らすことでも、消費するエネルギーを増やすことでもなく、その二つを管理・コントロールしやすい環境を作ることだと思う。例えば、仕事が忙しく、ストレスの多い生活をしていれば、どうしても運動する時間がとりにくいし、ストレスが引き金になって暴飲暴食をしてしまう。また、ジムやジョギングができる公園などの運動施設が家のそばになければ、やる気があってもなかなか運動を継続することはできない。私は、今は外食は殆どしないし、週に4〜5回はジョギングをしているそれは自分の努力と我慢によるところもあるが、殆どの日は5〜6時に仕事を切り上げることができる環境によるところが大きい。現在のライフスタイルを所与としてインとアウトを無理矢理コントロールをしようとするのではなく、生活環境を変えていくことが持続的な体型維持には一番必要なことだと思う。


4年前にアメリカに移り住んで、生活環境が大きく変わった。車通勤になり運動の機会が劇的に減り、高カロリーの外食産業に囲まれ、ホッピーが売ってない代わりに、安くて最高に美味いクラフトビールが溢れている、などダイエットに取り組む上でチャレンジもあれば、信号に阻まれることなく気持ち良くジョギングできる環境が家のそばにあったり、オフィスにジムがあってそこで運動ができたり、外食が高い上にあまり美味しくないので家で食事をとることが多くなったり、などポジティブな面もある。アメリカの環境にあわせて生活習慣を作りこんできたが、繰り返しになるが、体重というのは生活習慣についてくるものだと思う。短期的な無理なやり方で体重を減らそうというのではなく、自分の求める体重と体型に見合った生活習慣を時間をかけて作り上げていくことこそが大事だということを私の経験から強調したい。Good Luck!

『日本人が海外で最高の仕事をする方法』 多様性と向き合い、自分を変える

『日本人が海外で最高の仕事をする方法』というタイトルで、Amazonのレビュー結果が抜群。海外で仕事をする日本人としては、これは読まないわけにはいかない、と手にとって見た。これは確かに良書である。

 

日本人が海外で最高の仕事をする方法 ― スキルよりも大切なもの

日本人が海外で最高の仕事をする方法 ― スキルよりも大切なもの

 

 筆者は、ソニーで20年もの間、9カ国の国々で仕事をしたという強者。その筆者の成功体験と失敗体験を赤裸々に語り、多用な価値観、バックグラウンドを持つ人と仕事をする上での肝を記している。私は、アメリカの会社のアメリカ本社で現地採用社員として働く身なので、いわゆる「赴任」のカテゴリーにはあたらないが、本書で語られる仕事論の普遍性の前で、その程度の違いは重要ではない。

 

本書では、赴任先のベトナムでベトナム語で有名な歌をカラオケで歌ったり、赴任先の韓国でアクの強い郷土料理を楽しむことを通して、現地の社員に受け入れられていく筆者の姿が紹介されている。だがこれを、小手先の人気とり、と捉えては同じことをしても、決して成功はしない。筆者の行動の背景にあるのは、相手に対する強烈なまでの興味・関心である。自分に興味を持ってくれる人に、人は興味・関心を持つ。相手に興味を持ち、その興味を満たすために、相手の領域に果敢に飛び込み、徹底的に行動を移す筆者の姿に、各国の現地社員が強く惹きつけられていく様子は本書の見所の一つだ。

 

また、国や地域で単純に人を一括りにせず、飽くまでも「個」に焦点をあてている点もとても勉強になる。赴任した国々で筆者が先ず取り組むのは「現場回り」だ。まだ、その国になれない中で、強行スケジュールを組んで「現場」を回り、一人ひとりの社員に耳を方向け、真剣に向き合う姿とその徹底っぷりには舌を巻く。現地法人を単なる会社ではなく、現地で働く人の集合体として捉え、「個」にきちんと目を向けた形で様々な施策をうっていく姿は正にプロの経営者だ。下記の文章は筆者のそういう姿勢がよく表れている。


ビジネスにおいて、「人」を単なる交渉相手とか、乗り越えるべきハードルとか、単なる労働力とか、単なる役職というような、無機質なとらえ方をしてしまっていることが、ないでしょうか。たとえ表面に見えているものがそうだとしても、その裏には必ず、さまざまな面を持った人間一人ひとりの姿があります。そのことを意識するだけで、表面に見えているものを違って見えてくるかもしれません。
『日本人が海外で最高の仕事をする方法』

 

海外での仕事を経験する意義は、単に海外慣れしたり言葉を学ぶことではなく、異なる文化、異なる考え方、異なる環境などの自分と異なるものと向き合い、自分自身並びに会社をその多様性に対応させ、変化させること、だと筆者は説く。私は、日本から赴任してきている日本企業に勤める方たちと話をする機会が沢山あるが、少し日本語ができるだけのアメリカ人をやたら重宝したり、複数の企業の人があつまるゴルフ・コンペで自社の人間だけの組を作るよう調整する、など海外にいながら、なお内向きな日本企業の姿勢を目の当たりにすることが多い。これから海外に赴任する機会のある方、現在赴任中の方には是非本書を手にとって頂きたい。

アメリカ在住者の一時帰国 〜ハナセルを使用してみた〜

 

日本からアメリカに移り住んでもう丸4年が過ぎ、毎年恒例の夏の日本への一時帰国も今年で4回目となった。初年度は「日本に一時帰国」という経験がとにかく生まれて初めてのことだったので、細かいことも含めて試行錯誤の連続。アメリカの職場とのやり取り、滞在先の両親とのスケジュールの共有、子供の体験入学の期間、など色々悩ましいことが多かった。

そうは言っても、毎年一時帰国をするたびに、新しい学びが得て、ノウハウも色々たまってきたので、今までの経験をシリーズでいくつか紹介してみたい。まず初回は日本でのモバイル端末でのインターネットアクセスについて共有したい。

 

日本にいる頃から、スマフォでネットに繋がっている生活というのがしみついているので、常にネットワークにつながっていないと色々不便で仕方がない。一時帰国が終わり、アメリカの空港に着陸して、何事もなかったかのようにスマフォからインターネットにアクセスすることができると、思いの外ほっとし、「あぁ、アメリカに帰ってきたんだ」という思いが強くなる。

過去の一時帰国ではモバイルルーターを借りていたのだが、今回の一時帰国では、気になっていたハナセルのジャパンSIMカードをモニターとして利用できるというありがたい話を頂いたので利用してみた。今回はその経験を共有してみたい。

 

どういうサービスかを簡単に説明すると、アメリカの携帯電話にささっているSIMカードを抜き、ハナセルから送られてくるSIMカードを差し込むと、自分のアメリカの携帯電話から、日本でインターネットに直接接続できるというもの。モバイルルーターを使用する場合は、ルーターを立ち上げ、アメリカの携帯電話をルーターに接続し、ルーター経由でネットに接続することになるが、ハナセルのジャパンSIMカードを利用すれば、直接アメリカの携帯から日本にいながらインターネットに接続することができる。


メリットとしては、

  • モバイルルーターの充電作業から解放される
  • 暑い夏に、ホカホカに熱いモバイルルーターを持ち歩かなくても良くなる
  • 携帯からのネット接続が楽チンになる
  • 携帯電話の番号も割り当てられるので、電話の発信受信がスムーズに行えるようになる

というあたりだろうか。携帯とルーターを常に常時充電しておかないといけないというのは結構面倒だし、ルーターも決して小さいものではないので、常に持ち歩くというのも非常に煩わしい。今まで二つ持ち歩いていた携帯端末が一つになるというのは、私が思っていた以上に快適だったし、特に女性にはメリットが大きいのではないだろうか。
気になる金額も、初回にSIMカードを購入しなければならないものの、データ通信料だけであれば月$59。利便性を考えれば、決して高いものではない。

 

使用時の留意点としては、

  • SIMフリーの携帯でないとジャパンSIMカードを使用することができない
  • 精算が月単位であるため、滞日が月をまたぐとその分だけ費用がかさむ
  • SIMカードの抜き差し、管理がちょっと煩わしい

というあたりだろうか。

「SIMフリー」というのは、良く耳にする単語であるが、自分の端末が「SIMフリー」かどうかを知らない人は多いと思う。幸なことに私の使用しているベライゾンは殆ど「SIMフリー」なので、特に追加の設定がなく、ジャパンSIMカードをそのまま使うことができた。AT&Tなどの他のキャリアは「SIMロック」されているケースが多く、まずは「SIMロック」の解除をしないといけないため、もうひと手間かかる。ロック解除の仕方はキャリアによって異なるので、必要な場合は最寄りのキャリアの店舗に持っていくのが早そうだ。

 

気になる料金は滞日の期間によって大きく変化するので注意が必要だ。私は毎年3週間ほど日本に帰るが、子供の体験入学の期間にあわせて、7月初旬から下旬と7月のみ日本に滞在することが多い。7月しか日本にいないので、1月分の料金である$59しか払う必要がない。が、これが7月の最終2週間と8月の最初の1週間の滞在となると、2ヶ月分の$108払うことになるため、同じ3週間でも料金が倍になってしまう

 

最後のSIMカードの抜き差しについては、慣れてしまえばどうってことはないが、私は時差ボケの頭であれこれやって、正直かなり苦戦をした。自分の持っている機種のSIMカードの抜き方をきちんとネットで調べておくと、日本にいってから直にネットワークにつなげるので便利だ。なお、私は、日本への帰りの飛行機の中で、ハナセルから送られてきたSIMカードの取り出しツールをポキッと折ってしまい、リムジンバスの販売窓口でゼムクリップを譲ってもらって何とかした。

何事もそうであるが、人間一度楽をすると中々元にはもどれない。私は来年以降もを使うことになりそうだ。

www.hanacell.com

 



アメリカの負け組の逆襲とオススメの本二冊

「まじかよ〜」と朝から床にへたり込む小学校5年生の娘、昨年の大統領選挙の開票翌朝にトランプを勝利を告げた際のリアクションである。わが家はアメリカのノースカロライナ州に住んでおり、娘の通うアメリカの現地校は白人の比率が26%と非常に低い。学校内の下馬評では圧倒的にクリントン優位であったとのこと、それ故の衝撃である。

もちろん、「まさか!?」というのは、私も同じであった。同僚と昼ご飯を食べている際に、大統領選の話題がのぼることはしばしばあり、「お前は実はトランプ支持派だろぉ」というのはランチタイムの軽いジョークであった。娘の学校と同様に私も白人の同僚は少く、部署を統括するディレクターはイラン人であり、その下に日本人(私)、中国人、フランス人、ルーマニア人、そして一人だけアメリカ人(白人)というようなチーム構成であった。要するに私も娘も、「国際色豊か」というアメリカの一側面しか触れたことがなかったのである。

「アメリカの負け組の逆襲」、選挙後に浮かんできたのは、そんな言葉である。多くの移民を受け入れ、国際色豊かであり、実力がある者が男女を問わずのし上がるというアメリカのイメージは光の部分。アメリカ国内には4300万人もの移民がおり、「ガラスの壁なんてご冗談でしょう」と思わず言いたくなる強い女性たちもこれまた沢山いる。逆の見方をすれば、そういう層との闘いに敗れた白人男性も沢山いるわけだ。今回の選挙は文字通り負け組の鬱積した不満が爆発したと言える。下記はトランプ支持率内訳であるが、「大学に進学していない白人」の支持率が突出して高く、ものの見事に上述した構図を反映しており興味深い。

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この夏の一時帰国の際に、本読みの兄から二冊の本をプレゼントしてもらった。

一冊は『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』。

ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)

ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)

 

 もう一冊は『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

 

 私がアメリカ在住でトランプ旋風を目の当たりにして衝撃を受けていることを考慮してのセレクションであり、流石というチョイスであった。両書に共通するのは、上述した負け組白人男性の生の声、生身の姿にふれることができる点だ。

 『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』は、アメリカの14の州を回り、筆者自らが実施した約150人の一般のトランプ支持者への取材に基づいて書かれている。

トランプ支持者へのインタビューは、なかなか疲れる。5人の話を聞き終わると、座り込みたくなる。それは、政治への期待や希望ではなく、不満を多く聞く取材になるからだろう。
〜『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』 プロローグ P.13〜

という苦労と丹念な取材の元、集められたトランプ支持者の生の声は、歴史的な結果となった先の大統領選挙にまつわる貴重な史実と言っても過言ではない。よくぞここまで食い込んで聞込んだな、という内容のオンパレードだが、それは筆者がニューヨークタイムズの記者ではなく、朝日新聞というインタビューされる側にとっては「謎の極東の新聞社に所属する記者」であったからというのも非常に大きい。日本人だからこそ書くことができたルポタージュであり、トランプ支持者の温度感に触れるための絶好の一冊なので、是非手にとって欲しい。

 もう一冊、『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』はトーンがかなり異る。本書の本文には「トランプ」という言葉は一度も出てこない。本書は、アメリカ白人労働者層の現実を生々しく活写したドキュメンタリーであり、その環境から自らの選択と努力で抜け出し、アメリカンドリームを実現した成功者の物語であり、アメリカに存在する二つの階層を中立的、かつ善悪の判断を交えず、そして億せず深く切り込んで対比をした評論書でもある。アメリカ白人労働者層をリアリティを持ち、ユーモアと愛情を交えて語る筆致に引き込まれること間違いなし。こちらも大くの方に手にとって欲しい。

海外でパスポートをなくした話

旅にトラブルはつきものである。私はおそらく他の人よりもトラブルと格闘する確率が高い。妻からは「あなたは問題解決能力が高いが故に、トラブルを回避することへの注意力が散漫だから、よくトラブルに巻き込まれるのよ」と言われた。遠回しに褒められているのか、けなされているのか微妙だが、多分後者の方だろう。

アメリカに住んでいるわが家の夏の一大イベントは日本への一時帰国。家族は6週間、私は3週間ほど帰るのが通例。今年は、家族は既に日本に旅立っており、この7月2日の日曜日に私も追いかけて日本に帰国する予定だった。前週は一時帰国前の追い込みで仕事がスーパー忙しかったのだが、少し宿題は残ったものの、何とか6月30日の金曜日の夜を迎えることができた。一切手付かずのパッキングと一時帰国に向けての家のセットアップと残務処理が7月1日の土曜日のTO DO。まあ、午後の2時くらいにはひと通り片付きそうで、落ち着いたらブリューワリーでもいって、来る一時帰国への祝杯をあげようと思っていたのだが、、、なんとパスポートが探せど探せど見つからないではないか。前週はブラジルに出張したため、使ったばっかりなのに何故ないのか全く謎、まさにイリュージョン。オフィスにおいてきたとか、子どものプリントに紛れ込んでしまったとか、どこかの店で落としてしまったとか、一時帰国をしている家族が持って帰ってしまったとか、ありとあらゆる可能性を徹底的につぶしていったがどうしても見つからない。「なくしたモノを見つけることが私の人生」というくらい私はよくモノを失くすのだが、この手のオオモノは大体最後の最後に発見され感動のフィナーレを迎えるのが常。が、今回は「ま、そのうち出てくるさ」が、「ちょっとまずい気がしてきたが、きっと出てくるに違いない」に変わり、「これは流石にやばいかも、ミラクルよ、何とかおきてくれ」をむかえ、ついに「もうお手上げ、ギブアップ」になってしまい、ついにパスポートがでてくることはなかった。
アメリカ在住者が一時帰国間際にパスポートがないことが発覚してどのように対処したのか、というケースが当てはまる人は殆どいないと思うが(散々ググったが、もちろんそんなバカは一人もいなかった)、今回私がとった対応を、万一同じ事態に遭遇してしまった残念な方のためにまとめたておきたい。

1.旅行代理店に連絡をし、フライトのキャンセル

日曜日の早朝に出立する予定が、土曜日の午後遅くとなってもパスポートがないという悲劇的な状況下で気になるのはまず航空券をどうするかということ。一番安いチケットを買っているので、柔軟な変更は望めない。今回はユナイテッドで帰国予定だったのだが、代理店に相談をしたら、今回の私の場合の手続きは下記の通りであった(航空会社、チケットによって条件は異なるので代理店もしくは航空会社に個別に要確認)。

  • 飛行機が出発するまでにパスポートが見つからなければ搭乗できないので、キャンセルとするしかない(なお、キャンセル処理は出発の直前まで可能)
  • キャンセルをしても一年以内に変更手数料として$400ドルを払えば、再度予約が可能
  • 今回支払った金額の範囲であれば、変更手数料以外は発生しないが、それ以上の場合は差額の支払いが必要
  • 国際線を前提にしてのフライトであるため、出発地でパスポートが提示できなければ、アメリカ国内の移動もできない

$400はもちろん痛いが、全くキャンセルになるわけではないというのは有り難い。だが、4番目のポイントが今回は痛かった。元々、サンフランシスコ経由で成田に行く予定だったので、領事館のあるサンフランシスコまでとりあえず行って、そこでパスポートの手配を完了させてから、フライトの時間を変更して日本に飛ぶという都合の作戦をねっていたのだが、そういうことはできないとのこと。けち、、、。今回は仕方ないので、ひとまずフライトをキャンセルし、パスポート取得の目処がたってから、再度フライトの予約をすることに。運転して6時間かかるアトランタまで車で行こうかどうしようか悩んだが、けちるのはやめて別途航空券を購入して、アトランタに飛ぶこととした。
なお、補習校への寄付プログラムがしっかりしているアムネットという日本の旅行代理店に予約をお願いしていたのだが、これは結果として大正解であった。アメリカに4年も住んでいるので、そこそこには英語はできるが、やはりプレッシャーがものすごくかかる中、ややこしい話を母国語でできるというのは本当に有難かった。24時間対応で、懇切丁寧に支援や助言をして頂いて、本当に助かった。今後も是非アムネットを利用しよう。

 

2.ポリスレポートの取得

領事館サイトを調べた際に、紛失や盗難を証明するためのポリスレポートなるものが必要で、これはアメリカの警察から取得しなければならない。パスポートの紛失が発生したのが土曜日だったので、とりあえず最寄りの警察署に電話をしたところ、以下の指示をうける。

  • 土曜日だから今電話をしている警察署に直接来ても対応できない
  • 近くを巡回している警察官を派遣するから、自宅で待機せよ

まさか自宅に警察を呼ぶはめになるとは思わなかったが、連絡をして1時間ほどでスキンヘッドの警察官がわが家にやってきた。パスポートを紛失して、再発行のためにはポリスレポートが必要なんだと言うと、いつなくしたのか、どこでなくしたのか、盗まれた可能性はあるのか、盗まれたとしたらどこなのか、他に盗まれたものはあるか、など根掘り葉掘り聞かれた。

ぶっちゃけ、いつどこでなくしたかなんて、モノがなくなる場合は大概わからないものだが、そのあたりをぐちゃぐちゃ言っても話が進まないので、「多分、この時に、多分この場所でなくした」とはっきり言い切ることが大事だ。
色々やりとりをした後に、その警察官は、

 

「うーん、話を聞いていると、これは盗難ではなく、紛失だな。紛失の場合は、ポリスレポートはだせないから


との回答をするではないか。えーっ!それは困る。万一領事館にポリスレポート無しで行って、ポリスレポートが無いと手続きが進まないと言われると、かなりの手戻りとなってしまう。こんな細かいことは日米で規則を取り決めているわけはないので、国をまたがる役所の処理にはこの手の穴が発生するのが常。この手続きのギャップは、ひと踏ん張りして何とか自分で解決しなければならない。

 

「飛行の予約の時間が迫っており、どうしても直ぐにパスポートの発行が必要で、そのためにはどうしてもポリスレポートが必要で、紛失の場合でも必ず出せと領事館から言われていて、ないと、チケットがムダになるし、日本にも戻れず、ものすごく困るんだけど」


と許される範囲の誇張を交えて、懇願すると、


「仕方ないなぁ、でもそういうケースは俺は聞いたことがない。ちょっとマネージャーに確認するよ」


とその場で上司に確認をしてくれた。アメリカでは、担当レベルでNOと言われても、「そうなんだ」とあっさり引き下がっては絶対にいけない。何度も辛酸をなめ、磨いてきた「押し」のスキルを、今回はスキンヘッドの警察官に活用することができて良かった。
その後、上司に確認をした警察官は、


「まぁ、何とか出せそうだ、但し、今出せるのはポリスレポートの番号だけで、レポートはそのものは休み明けになるからな」


と言い、自分の名刺にレポート番号を手書きして、私に渡してくれた。この「ポリスレポートの番号」というのが日本の領事館で必要になるものなので、実際のレポートはさておき「ポリスレポートの番号」だけは、必ずその場で警察官から貰わなければならない。もし、「じゃ、手続きしておいたから、後日連絡」なんてことを言われても、必ず絶対に「ポリスレポートの番号」だけは、貰わないといけないことを強調しておきたい。


3.「帰国の為の渡航証明」を取得する

日本に戻らないといけないのに海外でパスポートを無くしてしまった場合は、対応は主に二つある。一つ目はパスポートを新規に発行すること、二つ目は「帰国の為の渡航証明」を取得すること。両者の主な違いは、下記の通り。

  • パスポートの再発行は数日かかる可能性があるが、「帰国の為の渡航証明」は1−2日でできる(もちろん領事館の混み具合による)
  • 「帰国の為の渡航証明」で日本に帰国する場合は、日本で再度パスポートを新規に作成しないといけない

日本領事館の緊急問い合わせ窓口に週末に連絡をして、色々話を聞いた限り、「帰国の為の渡航証明」であれば、多くの場合は当日に発行できるとのこと。なので、「帰国の為の渡航証明」を何とか当日取得するために下記の事前準備をしていった。

  • 紛失一般旅券等届出書(必要)
  • 半年以内に発行された戸籍謄本(必要)
  • 日本に帰国する旅程表(必要)
  • 3.5cm✕4.5cmのパスポート用写真2枚(必要)
  • ポリスレポートの番号(必要)
  • 最新のi94(念の為)
  • 最新のi797のコピー(念の為)
  • なくしたパスポートのコピー(念の為)
  • なくした査証のコピー(念の為)

なお、「帰国の為の渡航書発給申請書」という書類も作成しないといけないが、これはウェブでは入手できないので、領事館に行って記入する必要がある

領事館の開館時間である朝9時に領事館に行き、領事に事情をすべて説明する。何とか「帰国の為の渡航証明」を本日中に発行頂きたいとお願いをすると、幸いなことに準備資料が十分であったことと、かつ領事館が空いていたため当日発行をしてもらえることに。領事館でスピード感をもって処理を進めてもらう上で一番大事なのは、きちんとした事前準備であることは強調したい。限られたリソースで、「自分のトラブルは特別で緊急のはず」という人を日常的に支援しないといけない領事館の仕事はとても大変だと思う。パスポートをなくし、パニックになった人が、手ぶらでやってきて、必要な書類の説明に対して、泣いたり、笑ったり、怒ったりするシーンは容易に想像できる(何で戸籍謄本が必要なんだ!とか、、、)。領事館だって人出に限りがあるのだから、申請者にとってはものすごく特別で緊急であっても、その人につきっきりで対応できるわけではない。事前に必要書類などを入念に確認して、事前準備できる書類を万全の形で揃え、「よろしくお願いします!」と差し出せば、相手だって決して悪い気はせず、「できる努力をこの人はしているから何とか力になってあげたい」と思ってくれると思う。緊急の際にあっても、相手の立場も考えながら、支援依頼をすることはとても大事だ。
なお、以下個別の書類について細かな点も記載しておきたい。

「紛失一般旅券等届出書」
この書類は領事館のウェブサイトからダウンロードができる。ブランクフォームを印刷して、自分で記入するのではなく、PDFの入力フォームに必要事項を記入し、印刷するという形式であった。私はプライベートはMAC、仕事はLINUXを使っているのだが、このフォームが何とWINDOWSでしか使用できない。こういう時のために、一応家においてあるWINDOWSで何とか対応できたが、文字コードやアドインを追加インストールするのに結構手間取った、、、。

「半年以内に発行された戸籍謄本」
全ての書類の中でおそらく最も入手難易度が高い。コピーでも大丈夫なので、手元にない場合は日本で家族に取得してもらい、FAXをするなどの処理が必要となる。なお、私は幸いなことに、ワークパーミットを取得するために妻がつい最近「戸籍謄本」を取り寄せており(しかも予備も含めて2通!)、原本ががっつりあった。素敵な妻をもった幸せをかみしめている。

「日本に帰国する旅程表」
領事館の緊急問い合わせ窓口からは、日本に帰国する旅程表が必要と言われた。が、これは少し悩ましい。「帰国の為の渡航証明」が申請日に確実に取得できればよいのだが、もし翌日にずれ込むようであれば、再度フライトの変更をしなければならない。仕方がないので代理店に電話をして、帰国のフライトを変更可能な形で仮押さえしてもらい、仮の旅程表をメールで送ってもらい、「帰国の為の渡航証明」がその日に取得できることが確約できた時点で、フライトの確定をするというやり方をとったが、うまくいった。

「3.5cm✕4.5cmのパスポート用写真2枚」
簡単なようでいて、少し悩ましく、意外と手間がかかるのがパスポート写真。CVSやWALGREENにいけばアメリカ用のパスポート写真はとれるが、日本のものとはサイズが異なる。今回は下記のサイトを利用して、申請用のサイズに手持ちの写真を落とし込んだ。

shoumeishashin.strud.net

が、CVSで印刷した際に、写真が勝手に拡大されてしまって困った。CVSの店の中でパソコンを取り出して、サイズを何とか変更して、事なきをえたが、思ったより手間と時間がかかってしまった。

「その他の書類」
私は、パスポートやビザに関する全ての手続き書類は、仕事用のラップトップに保存してあるが、今回はその中から必要そうなものを全てプリントアウトしてもっていった。領事館では「i94がもしあるならコピーさせて下さい」とお願いされたので、提出をした。海外で暮らす上では、自分の身や滞在期間を立証するそれぞれの書類の役割を理解し、電子媒体であっても手元に取り出せるようにしておくことは大事なことだと、数々のトラブルから学んだ。

「どの領事館で手続きをするか」
最後に領事館からみで、今回悩んだことをもう一点。海外在住者であれば、管轄領事館にいくか、管轄外にいくかがひとつの悩みどころになる。私の場合は、ノースカロライナ在住で、管轄領事館はアトランタとなる。ただ、地理的にはワシントンの方が近く、ユナイテッド航空の乗り継ぎもワシントンの方がはるかに良い。大いに悩んだが、

  • 実際に出張領事などで何度か顔を合わせたことのある人がいる点
  • 管轄領事館の方が私についての情報が多いに違いない点
  • 管轄が故に対応もきっと優しいのではないかという邪推

をもって、アトランタ領事館で手続きをした。別に管轄でないといけないわけではないが、選択肢がある場合は、管轄領事館のほうが良い気はするし、今回は大変親身になって支援頂き、しばらくアトランタに足をむけて寝ることができない。


そんなこんなで何とか必要書類を入手し、ただいま乗り継ぎのシカゴ空港にいる私。「パスポートをなくす日」は、モノの管理がだらしない私のXデーだったのだが、Xデーを迎え、乗り切り、ほっと一息というところだ。今回、親身なサポートを頂いた多くの方に感謝したい。なお、この問題はまだ終わったわけではなく、次の課題はどうやって米国に再入国するか。一時帰国の3週間の期間でこの課題に取り組みたい。ブログ記事にするまでもないくらいのあっさり手続きで済めばよいのだが、、、。後編に続く。



許してやれよ、「おとう飯」

内閣府の「おとう飯」キャンペーン炎上しているとのこと。男性の炊事への参画を促すキャンペーンのようで、私からみれば厚労省の「イクメン」キャンペーンと大差はない気がするのだが、敢え無く炎上してしまったようで、色々なご苦労の末、推進されてきたご担当の方にはご愁傷さまとしか言い用がない。主な炎上のポイントは下記の模様。

  • 自分はきちんと料理をやっている、男性を舐めている!
  • 洗い物までしっかりやらなければ意味がない!
  • 長時間労働の是正が先だ!

何と言うか、「みんな心が狭いな、「おとう飯」を許して、もっと温かく迎えてやれよ」って感じ。

私は「イクメン」キャンペーンなんてものがが始まる前から父親業に真剣に取り組んでいたので、「〇〇さんってイクメンですよね」って言われても、ちっとも嬉しくない(むしろ煩わしい)。でも、男性の育児への参加を促すことそのものは良いことだし、そのキャンペーンをきっかけに子育ての楽しさを覚える男性が増えるのはとても良いことだと思う。なので、「おれは元々ちゃんと父親やってるんだよ、舐めんな!」とかは思わないし、「キャンペーンがうまく浸透しているようで良かったね(自分はあまり関係ないけど)」、というようにポジティブにとらえている。既に「料理をよくやっているよ」という人も、「おとう飯」キャンペーンをみて「男を舐めるな!」とか憤るのではなく、「あぁ、自分はキャンペーンのターゲットではないんだ」とさらっと流し、「料理の楽しさに目覚める男性がもっと増えればよいね」と応援してあげればいいのにと思う。

「家に帰るまでが遠足」と一緒で、「調理器具・キッチンを片付けるまでが料理」というのが私の信条なので、「洗い物までしっかりやらなければ意味がない」というポイントもわからないでもない。だけど、今時料理をしない男性というのは、それなりの理由があって今に至るわけだから、いきなりハードルをあげずに、まずはキッチンに立ってもらうところから始めないと。「人に料理を作って、美味しいと喜んでもらえる楽しさを覚えてもらうこと」が第一に超えてもらうハードルであって、それを過ぎた後に片付けや段取りの話をもってこないと長続きしないだろうに。料理に慣れてくれば、段取りや片付けを意識しながらしたほうが、調理がスムーズに進んで楽しい、という別の料理の楽しみを自然と覚えるようになると思うのだが。

上記の2点は外野からの突っ込みと思われるが、「長時間労働の是正が先だ!」という点は、「おとう飯」キャンペーン対象の料理をしない層からもでている声だろう。この批判にも私は違和感がかなりある。長時間労働是正にしても、男性の家事・育児への参加にしても、長く培われてきた慣習をより良い方向に変えていこう、という話しなのだから、どっちが先で、どっちが後というものでもない。「長時間労働は国が何とかしてくれ」という他力本願具合も何とも頂けない。そんな批判をしている人は、残業時間が一時間減ったくらいで、その時間を料理に回すということはまずないんではないだろうか。まぁ、育休取得奨励という働き方とセットで進めた「イクメン」と、肩に力いれずに飯作りなよ、というメッセージングのみの「おとう飯」の、キャンペーンとして構想力の違いが、受け取られ方の差を作っているのだろうが。

若干、進め方やメッセージに頂けない点はあったかもしれないが、そこは目をつぶって、「おとう飯」キャンペーンの意図を汲んで温かく見守ってあげたい。

連日6時30分まで残業をして離婚の危機!?アメリカの残業事情

このままじゃ、俺、離婚されちまうよ!7時以降ならオンラインに戻れるから、悪いけど宜しく!」、悲鳴とも聞こえる言葉を残して、ものすごくやりかけの作業を残してオフィスを夕方5時に去る同僚に対して、呆然としながらも「g, good luck...」という言葉しか私は出てこなかった。

子供の送り迎えをどのように夫婦間で分担するのかについては、日本よりずっと進んだアメリカにおいても、家庭によってかなりトーンが異る。ベジタリアンの中にも、牛乳や蜂蜜も食べないという純度の高い人もいれば、たまに肉を食うことも厭わないという軽いタッチの人がいるように、子供の送り迎えについても、完全な共働きで完全な分担をしている純度の高い人もいれば、妻が中心だがたまに夫も送り迎えをすれば許されるというレベルの人もいる

冒頭で紹介した同僚は純度の高い部類に入る人で、緊急度の高い”Fire Drill"をその週に私と一緒に取り組んでおり、毎日夕方にVPとレビューをして、翌日にレビューででたアクションを二人でつぶす、ということを数日繰り返していた。ばたばたと慌しく、プレッシャーはきついものの、6時30分くらいにはオフィスをいつも出ていたので、私にしてみれば全然オッケーという感じだったのだが、私の同僚はと言えば、4時30分くらいに困った顔をして、「ちょっと、緊急の仕事がまた入って、今日も迎えにいけないんだけど、お願いできないかなぁ」と彼の妻に電話をする日が続いていた。ある日、VPのレビューが6時に後ろ倒しになってしまった上に、追加でいくつかの分析をその日のレビュー前までに完了させるよう頼まれた。きっと彼はその日の朝に「今週は代わりに何度も迎えにいってくれてありがとう、今日こそは絶対俺が迎えにいくから!」なんて会話をしていたと想像される。そんな日に限ってVPの都合でレビューの時間が後ろ倒しになってしまったが、子供の迎えを先に終えて、レビューは家から電話で入ればいいや、という算段をしていたに違いない。悪いことにさらに追加の分析作業が入ってしまい、ぎりぎり迄オフィスで私と頑張ったのだが、これはもう無理そうだという判断をお迎えに間に合うぎりぎりのタイミングで下し、冒頭のシーンになったわけである。

私は妻が在宅勤務なので、そういう苦しみはあまりないのだが、そういう苦労話については皆ネタを持っていて結構面白い。他の同僚と昼食を食べた際も、「送りは妻、迎えは俺って役割分担なんだけど、いつもギリギリの時間の5時半にプリスクールに駆け込むことが多くて、娘から『どうして、私はいつも最後の一人なの?いつも教室で一人ぼっちだわ』って怒られちゃってさぁなるべく少しでも早くいくように4時半から5時はスケジュールをブロックしているんだけどね、、、」と切ない愚痴を聞かされた。

心置き無く残業ができることについて、妻に感謝の気持ちを覚えることなど、正直日本で働いていた頃はなかった。でも、そういう同僚に沢山触れることにより、「気兼ねなく残業できるなんて、自分は恵まれているんだ、妻よありがとう」という気持ちが少しづつ湧いてきている。パフォーマンスが悪ければ容赦なく解雇される環境にありながら、家族との時間についても重いコミットメントを背負っているアメリカのワーキングファーザーに幸あれ!

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