Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

プロテスタントの国アメリカで日本、そして世界の宗教を考える

「あなたのどの宗教を信仰していますか?」

というのは、アメリカに住み始めて8年近く経ち、未だに直接的に聞かれたことはないがが、いつも「聞かれたらどのように答えよう」と頭の中であれこれ答えを考えている問いだ。アメリカは、キリスト教のプロテスタントが主流の国で、車で街を走れば、至るところに立派な教会がある。フランスやイギリスでは、一桁台の教会への礼拝も未だに40−50%をアメリカでは維持しているという。自然科学の発展を牽引し、グローバル資本主義の中心地であるアメリカで、かくもキリスト教が活発というのは、正直渡米後の驚きの一つであった。そして、それが故に冒頭の質問に答える機会がいつくるともわからない緊張感の中で生活をしているわけである。

 

それらの環境が影響してか、宗教についての本を読んだり、勉強をする時間は日本にいる時よりも遥かに長くなった。今まで何冊も宗教関連の本を読み、「宗教」のカバーする範囲の広さに、手を焼きつつも、少しずつではあるが、知見も深まってきた。そんな手にとった宗教関連の本の中で本日紹介する『宗教と日本人 葬式仏教からスピリチュアル文化まで』は、ダントツで同じような緊張感を抱いている方々におすすめしたい本だ。タイトルこそ、『宗教と日本人』と日本限定の宗教論のように見受けられるが、その射程範囲は日本に留まらない。前近代から現代までを俯瞰する縦の視点と、日本のみならずアメリカやヨーロッパ諸国にまでを対象に加える横の視点を備え、とても新書とは思えない充実ぶりだ。

 

色々な宗教論が世の中にはあるが、本書の一番の要点は宗教をわかりやすい形で以下の三点に因数分解している点にある。

  • 神様という人智を超えた存在を信じ、その教えに自己を委ねるという『信仰』
  • 教義に基づいて定められた行動規範に従って、某かのアクションをとる『実践』
  • 特定の宗教組織に参加することにより、他の信者と結束したり、神様の恩恵に与る『所属』

ヤハウェやキリストの存在を信じ、彼らの隣人愛などの教えを『信仰』し、教会に『所属』しつつ、幼児洗礼や日曜礼拝という『実践』を通して、最後の審判の後の救済を受けるという三要素をもれなくカバーしているキリスト教のような宗教を本書では『信仰中心の宗教』と呼ぶ。そして、そのフレームワークに基づいた対比で、日本の葬式仏教を『信仰なき実践』、地域コミュティの中心としての神社を『信仰なき所属』、最近のスピリチュアル文化を『所属意識が極めて希薄な、個人主体の信仰と実践』と仕分けるその明快さが、私にはとても気持ちよく腹落ちした。

 

そういう流れで疑問としてあがるのは、では『信仰、実践、所属』の3点セットが揃っていないと宗教ではないのかという点だ。筆者は、3つの要素を全て兼ね備える宗教もあるが、そうでないものもあるとしつつも、同じ宗教の中ですら、現代ではまだら模様になっていると指摘をする。具体的には、キリスト教信者の中にも

  • 日曜礼拝に行かず教会組織には属していないが、聖書に書かれているキリスト教の教義は信じるという『所属なき信仰』
  • 全知全能の神による救済を信じず、聖書の内容が歴史的な事実と異なると考えつつも、自己犠牲や隣人愛という定められる道徳・行動規範は受け入れるという『信仰なき実践』

など、バラエティが増し、そして年々そういった層の割合が増えていると指摘をする。伝統的なキリスト教の信者、信仰のあり方も、時代と共に変わっている点を具体例を交えてわかりやすく語ってくれる。元々、信仰中心の宗教が社会の土台としてなかった日本の状況を『信仰、実践、所属』という点で捉えつつ、宗教が社会の基盤であった欧米諸国の最近の動向を同じフレームワークで比較、対比する手腕はお見事という他ない。

 

『終章 信仰なき社会のゆくえ』では、世界で最も注目を浴びる歴史学者であるユヴァル・ハラリの宗教観を同様に『信仰、実践、所属』の3要素で解釈してみせる。この箇所が本書の一番の読みどころであるため、本エントリーでの紹介は避けるので、興味のある方は、是非手にとって内容を楽しんで頂きたい。

 

日本の宗教を理解することが、本書を読む当初の目的であったが、思いがけず俯瞰的な視座に触れることができ、現代アメリカの宗教の動向、そして今後の宗教と社会の関わり相方を考えるきっかけとなった。海外で仕事をし、折に触れて宗教が話題にでるという方には強くおすすめしたい一冊だ。

 

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