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『ソフトウェア企業の競争戦略』 製品で儲けるか、サービスで儲けるか

『ソフトウェア企業の競争戦略』を読んだので書評を。

ソフトウエア企業の競争戦略

ソフトウエア企業の競争戦略

著者マイケル・クスマノはMITスローン経営大学院の教授で、ソフトウェア・インダストリーの大家。長年にわたるソフトウェア企業へのコンサルティング、並びに研究の集大成が本書にまとめられている。本書のテーマは多岐にわたるが、あえて1点にポイントを絞れば「ソフトウェア企業は製品で儲けるべきか、サービスで儲けるか」という点に集約できる。


ソフトウェア企業をライセンス収入で儲ける「製品企業」、製品に付随する導入・保守などのサービスで儲ける「サービス企業」、その2つを兼ね備えた「ハイブリッド企業」の3種類に大別し、それぞれの長所と短所が紹介されている。アクセンチュアPwCコンサルティングのような会社が「サービス企業」と位置づけられ「ソフトウェア企業」にみなれていることに若干の違和感は覚えるが、視点は斬新で面白いし、ソフトウェア業界を俯瞰する上で便利な視点であると思う。


本書ではソフトウェアビジネスに関わる原理原則がいくつか紹介されている。その中でも「製品企業」の構造的な脆さについての考察は全てのソフトウェア企業が認識すべき重要な視点である。「製品企業」は、ベストセラーを出すことができれば、非常に早い速度でマーケットを制覇することができ、また通常のビジネスでは考えられない程の高い利益率を実現することができる。ただ、その反面、時間の経過と共に製品がコモディティ化したり、市場の成長が鈍化したり、低価格の競合製品が現れたり、経済環境が悪化の影響をダイレクトに受ける、などの「長期間覇権を維持するのが困難な構造的な脆さ」があると筆者は指摘する。マーケットのサイズは決まっているため、一度市場を席巻するとそれ以上に拡張することは大変困難であり、アップグレード製品の提供などでライセンス収入を拡大しようとしても、当初の成長率を維持するまでには至らない。もちろん、マイクロソフトやアドビのような長きにわたって「製品企業」の旨味を享受している会社もあるが、クスマノはこの2社はあくまで例外であり、一般的な「製品企業」は、ライセンス収入からえられる売上・利益は時間とともに減っていくことをデータと共に本書で紹介をする。


そして、上記と対となるもう一つの原理原則が本書では紹介されている。それは、サービス・ビジネスを立ち上げることが、製品のコモディティ化、市場の鈍化、経済環境の悪化の波を受けながらも、安定した売上を確保するのに最も有効な手段であるということ。本書ではOracleSiebel、 Business Objectsなどのソフトウェア企業の、製品とサービスの売上推移が紹介されているが、どの企業にも年をおう毎に製品の売上が下がっていき、サービスの売上が上がっていくという傾向をみることができる。サービスは労働集約的であり、利益率は製品と比較すると非常に低いが、保守、カスタマイズなどのソフトウェア・サービスは継続的かつ安定した収益の基盤となり、ライセンスからの収益の波を吸収してくれる。そして、継続的にサービスを提供できるようなロイヤルティの高い顧客基盤を作ることの重要性を筆者は強調する。


製品主体か、サービス主体かという切り口は色々なところに応用ができて面白い。本書では販売チャネルについてはあまり触れられていないが、ここにも筆者の切り口を応用できる。「製品企業」であれば、自社に大きな営業部隊を持たず、パートナーを経由して販売をし、少ないSGAで効率的に売りさばくことができる。だが、その反面、ロイヤルティの高い顧客を自社に囲いこむことはしずらいし、新しい製品がでた時にそれを市場に浸透させるということはしにくい。「サービス企業」であれば、「製品企業」と比較し、パートナーと立ち上げるのは手間も時間もかかり、かつサービスビジネス自体がパートナーに吸収され、自社に落ちてこないことが多くなるので、自ずと自社営業部隊を多くもたなければならない。ただし、自社にロイヤルティの高い顧客をそれによって囲いこむことができれば、好不況の波を乗りきることができるし、新しい製品をリリースした際にそれを購入してもらうこともずっとしやすくなる。


本書は出版されたのが2004年であるため、その内容、及び取り扱うトピックが若干古いことは否めない。例えば、SaaSオープンソースサブスクリプション・モデルなどについては殆ど触れられていない。但し、提供される切り口は普遍的で、本書で提供される筆者の視点を元に、SaaSオープンソースサブスクリプション・モデルのようなソフトウェア・ビジネスの新しいモデルを考察することは十分に可能である。日本語訳で445ページとかなり読み応えがあるが、ソフトウェア企業に勤める人には是非手にとって頂きたい一冊。

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