ktdiskのブログ

読んだ本の感想、所々の雑感、日々のあれこれを綴るブログ。

『the cult of the amateur』と『ウェブ進化論』

本ブログで既に何度も取り上げている、Andrew Keenの『the cult of the amateur』をようやく読み終えた。

最終章である"9 Solution"を除き徹底的にインターネットを取り巻く昨今の状況のネガティヴな側面にスポットをあてた論調となっている。うなづくところもあれば、全く納得できないところもあり、よくもまぁこれだけインターネットの現状・未来を旺盛な批判的精神で眺めたものだなぁとある意味感服する。


日本のエスタブリッシュメントにありがちな印象論だけでネガティヴな見解を発するのではなく、丹念な取材・調査に基づき、具体的なインターネットの弊害が多く列挙されているところはさすがと言ったところ。ただ、そういったインターネットのネガティヴな側面にのみ光をあてた1冊の本を読むと、「絶対的に良い」ということも「絶対的に悪い」ということもなく、あるのはインターネットの新しい動きのポジティヴな点に光をあてて、その世界にかけるのか、ネガティヴな点に光をあてて、その世界とは距離を置くのかというスタンスの違いしか世の中には存在しないことがよくわかる。


オプティミスティックに徹した『ウェブ進化論』を読み、その考えに傾倒し、頭のかたいエスタブリッシュメント層にも読んで欲しいと強く感じている人は、逆の視点でペシミスティックに徹した*1『the cult of the amateur』を読むべきだ。異なる立場の人が互いに交わるには、まずは歩み寄り、相手を理解しようと努力することが大事なのだから


以下、最終章を除いた章毎の要約を掲載。ご参考まで。なお、本書の中には主張をサポートする具体的な事例が大量に記載されているので、そこにも興味のある方は実際に読むことをお勧めします。

1 intoroduction

トーマスハクスレイは、無限のサルにタイプライターを渡せば、シェイクスピアの1節を書き出すサルがその内でてくるという"infinite monkey theorem"を提唱した。多くのアマチュアがブログや音楽やビデオを作成するWEB 2.0ブームは、その理論が現実になった状態と言える。但し、個人が発信・選定した今インターネット上に溢れかえっている情報を見る限り、無限のサルがタイプライターと手にしたところで、高品質な情報や格調高い文化が生まれる見込みがないことは容易に想像できる。

2 the great seduction

無償でコンテンツを手にすることができるという甘い誘惑は、何らかの形で我々に跳ね返ってくることを人々は忘れがちだ。専門家と素人、真実と嘘を区別しない現在の風潮は、新聞社やレコード会社の衰退を招いている。資本を投下され、専門性を磨くための育成機能を保持し、なおかつ高品質の情報を収集・発信するインフラを備えている伝統的メディアから提供される有償の情報より、ブログやソーシャルニュースサイトから発信される無償の情報に多くの人が流れると短期的には経済的負担は少ないかもしれない。ただ、長い目で見れば、専門家によるスクリーニングのかかった情報が社会からなくなり、スクリーニングそのものを自分自身でやらなければならず、結果として我々自身にそれは跳ね返ってくる

3 the noble amateur

オライリーは「高貴なアマチュア」という言葉を用いて、「専門家による独裁政治」を打破しようと呼びかけているが、その後にくるものは「大ばか者による独裁政治」に他ならない。
訓練をきちんと受け、高度に専門家されたプロフェッショナルから提供される新聞記事、書籍、デザインを軽んじ、アマチュアによる無料提供されるモノを重んじるアマチュア信仰の結果、未編集、未立証、未選定、品質未確認のモノの爆発的な増加をもたらす。ただ、この「無料提供」というのは本当は無料ではなく、我々の時間という金銭以上に価値のある資源の浪費につながる形で我々に跳ね返ってくる

4 truth and lies

インターネットにおける匿名性は、真実と嘘を見極めることをより困難にしている。
伝統的メディアは看板を掲げ、信頼にたる情報を発信する倫理基準、仕組みを備えているが、多くのインターネット上の情報はきちんとした看板が掲げられているわけではなく信用してよいのかどうかわからない。また、大企業の看板を偽ってかかげて情報発信するアマチュアもでれば、看板のある既存大企業が匿名性の隠れ蓑をきて自社に有利な口コミ情報を流すことさえある。群集の叡智がその解決策として紹介されることが多いが、群集が大きな過ちを犯すものであることは歴史が証明している。

5 the day music died [side a]

デジタル技術の進歩によりインターネットを通した音楽販売が可能になり、Tower RecordなどのCDの小売店は続々と倒産に追い込まれている。Tower Recordのような中間業者がなくなることの良い面ばかりをがChris Andersenは喧伝しているが、自らマーケティング・販売を行わなければならなくなった小さなレコードレーベルと消費者の距離は本当に縮まったのか、またレコード店店員によるハイタッチのサービスの代わりにAmazonのアマチュアによるレビューをえて消費者は幸せになったのか、甚だ疑問である。
消費者が音楽に対してきちんと対価を支払わない今、一流のミュージシャンと共に、一流の機材を使用し、しっかり時間をかけ、最高の音楽を作り出すことは難しくなってきている。

6 the day music died [side b]

海賊版の横行やCraiglistの台頭などを受けて、映画/音楽産業、出版社/新聞社は衰退の一途をたどっている。出版社や音楽業界は豊かな文化の形成という社会の役割を担ってきたが、そこから収益を吸い上げるGoogleは、文化的に寄与するコンテンツを何ら生み出しているわけではない。その代わりとしてMy Spaceに素人の日記や動画があふれいているが、それらの中から一体が何が生まれるといのか。甚だ疑問である。

7 moral disorder

創作物はそれを生み出した人の努力と才能の結晶であり、それに対して適正な対価を払わないことは違法なだけでなく、不道徳なことである。こういった社会の不道徳の蔓延はもちろんデジタル技術だけに問題があるわけではないが、それが助長していることは確かである。デジタル技術によりP2Pツールなどで当たり前のように創作物を無償で入手できることに子供たちが慣れ、創作者の努力と才能に対して対価を払うという道徳観が希薄になっていることも大きな問題である。オンラインギャンブル・ポルノなどデジタル技術が助長する不道徳から子供たちを意識的に守らなければならない。

8 1984 (version 2.0)

インターネットに個人情報も含めあらゆる情報が格納されうる現在の状況は、ジョージ・オーウェルの『1984年』が描く監視社会のVersion2.0である。検索エンジンを使った検索内容、オンラインショッピングの履歴、ブログやSNSでの振舞い、どのサイトに訪れたか、などオンライン上での我々の行動は特定のサイトによってモニターされており、その範囲は年々広がるばかりである。それにつれて、PublicとPrivateの境界線がなくなってきているが誰がそんなことを望むのだろうか。

*1:最終章のSolutionを読むと必ずしも実はペシミスティックに徹しているわけではないのだが・・・

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