昨年は、日本語と英語合わせて70冊程の本を読んだ。アメリカに住む上での一つの課題は読書時間の確保にある。車で通勤するため、会社への移動時間を読書にあてることができない。が、出張で日本とアメリカの間を4往復ほどしたため、その移動時間を活用し、思った以上に本を読むことができた。その半面、読み応えのある本が少なく、小説やエッセイが中心の柔らかい読書となった。昨年、読んだ本の中から特に面白かった5冊を紹介したい。
『英語の害毒』
タイトルは些か挑発的すぎ、一部極論も散見されるが、日本人の英語熱に少し冷めた視点で新たな見方を提供する良書である。
「仕事で通用する英語を身につけたい」と考えている人は一読に値する。「グローバル化の進行に伴い英語を身に付けることは必須となる」、「英語教育は読み書き中心ではなく、会話力を中心にすべきだ」、「英語はなるべく早くから勉強したほうが良い」、などの通説に疑問を呈している点が興味深い。
英語コンプレックスを持った人が溜飲を下げるためだけに本書を読むのは惜しい。英語コンプレックスの裏返しでしかない上記の通説に、自分なりの視点を持つための色々な材料を本書から得ることができるので、そういう読み方をして欲しい。
『ルーズヴェルト・ゲーム』
作者はドラマ『半沢直樹』の原作者の池井戸潤。筆者の作品は、テンポの良いビジネス小説が多く、出張の飛行機の中で酒を舐めながら読むのに調度良い。『半沢直樹』シリーズ4冊も含め10冊以上読んでしまったが、一番のお勧めはと聞かれたら『ルーズヴェルト・ゲーム』に軍配をあげる。
大手競合からの攻勢を受けて苦境にたつ中堅電子機器メーカーの青島製作所と、成績は鳴かず飛ばずで廃部寸前でさらなる苦境にたつ同社野球部の物語。展開がこてこてで少年漫画的ではあるが、ビジネスシーンの描写は生々しく、登場人物も組織にいかにもいそうなキャラクターが多く、臨場感が溢れ楽しい。流石、元銀行員でビジネスの現場を見てきただけはある。
弱小チームに才能あるピッチャーが加入し、快刀乱麻の活躍をするという古典的な野球漫画の要素も盛り込まれており、子供の頃、少年ジャンプなどを読んでいた中年ビジネスパーソンにはお薦めの一冊。
『我が家のヒミツ』
直木賞作家奥田英朗の短編小説集。『家日和』、『我が家の問題』に続く、家族のつながりをテーマにした短編集の3作目。池井戸潤同様、飛行機の中でぱらぱらと見るのに調度良く、奥田英朗も昨年は10冊以上読んだ。長編小説、エッセイも面白いものが多いが、私は奥田英朗なら断然短編小説をおす。
どこかにありそうなんだけれども新しい設定、シニカルながらもほのかに温かい登場人物たち、短いながらも読後に残る長い余韻、など秀逸さを放った作品が多く、これ以上の短編小説は私は久しく読んでいない。
出世競争に敗れた夫、妻に先立たれた父親、母親と離婚した父親に会いに行く娘、など短編毎に主人公のおかれる境遇は様々だが、ストーリー展開や登場人物の振る舞いは現代社会を色濃く反映しており、「今」ならではの家族愛を色々な形で表している。
『アルジャーノンに花束を〔新版〕』
私の読書はビジネス書が中心でこういう所謂「名作」は普段はあまり読まない。昨年は消化に優しい現代小説を沢山読んだので、たまには格調の高い「名作」にもチャレンジしてみようと手にとって見た。確かに「名作」である。
知的障害を持つ主人公が脳手術を受けて、天才的な知性を手にし、その知性が故に起こる内面・外面の変化に人間の有り様がうまく投影されている。高い知性を手にし、それが故に周囲の人から敬遠され孤独になっていく主人公の姿は、「優しさ」の伴わない知性への警鐘というよりむしろ、人の「優しさ」の見えにくさ、現れにくさを表現しているように私は読んだ。
読み手の心を投影する鏡のような読後感を覚えたので、時間をおいて、またじっくり読んでみたい。
『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』
昨年は数が少なかったこともあるが、ビジネス書は不作の年だった。その中で唯一人に勧めることができるのは『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』だ。これまたタイトルが売らんかなで、少し挑発的ではあるが、筆者は中立な立場で多様な経営についての思考軸を提供しようというフェアネスに溢れる方で好感が持てる。
「経営学者は経営に役立つ知見を提供するために研究をしているのではなく、企業・組織のメカニズムの真理を知りたいという自身の知的好奇心のために研究をしている」、という視座にたち、その経営学者たちの最先端の知が数多く紹介されている。
本書は実際の経営と最先端の知の橋渡しを目的としており、戦略論からCSR/ダイバーシティまでビジネスパーソンに参考になる経営学の研究成果がわかりやすく紹介されている。経営学の何たるかを理解しつつ、最先端の研究にふれることができるお薦めの一冊。