Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

オープンソースと緩い所有権

"The Cathedral and the Bazaar"(日本語訳:伽藍とバザール)に続いて、"Homesteading the Noosphere"(日本語訳:ノウアスフィアの開墾)を読んだ。そこでかなり目から鱗だったのが、オープンソースの世界でも、実は特定の個人または集団に所有権が属するという慣習が存在するということ。


オープンソースソフトウェア』の「オープンソースの定義」という章に

[rakuten:book:10784257:detail]

  • プログラムのコピーを自由に作り、それを配布する権利。
  • ソフトウェアのソースコードを入手する権利−ソフトウェアに変更を加えるためには、ソースコードが不可欠である。
  • プログラムを改良する権利

右記の権利がソフトウェアの開発を協力する人たちにとって大事なのは、これらの権利が保障されていることによって、すべての協力者が平等になるからである。
オープンソースソフトウェア』 〜「オープンソースの定義」について P.331〜

という記載がある。配布する権利、利用する権利、改良する権利などがあまねく誰に対しても与えられているソフトウェアがオープンソースであるため、その所有は平等に全ての人に対してなされ、特定の個人または集団に所有権が属することはないというのが、私の今までの理解。


一方で、"Homesteading the Noosphere"(日本語訳:ノウアスフィアの開墾)にあるのが下記。

In fact (and in contradiction to the anyone-can-hack-anything consensus theory) the open-source culture has an elaborate but largely unadmitted set of ownership customs. These customs regulate who can modify software, the circumstances under which it can be modified, and (especially) who has the right to redistribute modified versions back to the community.
実際問題として(そして「だれでもなんでもハックできる」という合意があるという理屈とは正反対に)、オープンソース文化は入念ながらほとんど認識されていない所有権の慣習を持っている。この慣習によって、だれがソフトを変更できるか、どういう状況でそれが変更できるか、そして(特に)だれが変更バージョンを再配布してコミュニティに戻せるか、が規定されているんだ
"Homesteading the Noosphere"(日本語訳:ノウアスフィアの開墾

即ち、あるオープンソース・ソフトウェアの変更したバージョンを公式に再配布する独占的な権利をコミュニティ全般から認められている人物、または集団が、その所有者である、とのこと。不見識な私には、「公式に変更バージョンを再配布する権利」なるものが存在し、その権利が「コミュニティの総意として認知される」という法的な拘束力に基づかない緩い形で付与されるという点が目から鱗だった。


では、この権利というものは通常の営利追求型の企業経済原理にのっとって金銭で売買できるものなのか、もちろん答えはNOだ。マイクロソフトがリーナス・トパールズに例え4兆円払ったとしてもリナックスの所有権を買収できるわけではない。コミュニティから所有者として認知されることそのものは金銭で売買できる類のものではないからだ。


少し話がそれるが、マイクロソフトYahoo!を4兆円で買収しようとしていることを無理やりこの枠組みでとらえてみるとそれはそれで面白い。マイクロソフトが欲しいのは、何といってもYahoo!のブランド力と顧客基盤だ。マイクロソフトはの最大株主になってYahoo!のブランド力と顧客基盤の法的な支配権限を獲得しようとしており、それは成功しそうな状況にある。だが、リーナスからリナックスの所有権を買収できないのと同様に、ブランド力と顧客基盤を現在のままそのままそっくり獲得できるわけではない。何故ならば、Yahoo!のブランド力と顧客基盤はYahoo!ユーザ、もっと言えば全世界のネットユーザの総意で成り立っているものであり、その総意そのものを1株$31の値をつけることで獲得できるわけではないからだ。


「営利経済の原則だけではオープンソース現象をとらえることができない」というのは『ウェブ進化論』などを中心にしてよくでる話だが、オープンソース現象の原理原則を事実の積み上げにより、営利経済の論理にとらわれず解明しようとするEric Raymondのこういった論考集を元に、現在の営利企業の動向を逆に把握しようという試みも結構面白いと思う。

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