Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『物価とは何か』 値上げラッシュ万歳、日本経済再生の活路

日本のニュースを見ていると、生活用品の値上げについて最近良く取り上げられている。総務省統計局によると2022年10月の消費者物価指数は前年同月比+3.7%とのこと。かれこれ20年以上デフレにあえぐ日本経済にとっては、ようやく適正な価格転嫁が進みはじめ、私は良いことなんじゃないかと思うが、マスコミの報道は下記のようなネガティブなものが多い。

「年間7万円の負担増も」値上げラッシュの今後を専門家が予測

値上げラッシュの秋 なぜ止まらない物価高

 

10月の消費者物価指数が+7.7%で、ようやくインフレが落ち着いてきたかと胸をなでおろす米国在住の私から見ると、「えらい大騒ぎするなぁ」という感じだ。毎年夏に日本に一時帰国するが、帰国する度に物価がどんどん安くなっている錯覚に見舞われる。勿論、今年の帰国については円安効果が高いことはあるが、$1=100円で計算したとしても日本の物価は米国と比べると驚くほど安い。最近の日本の物価は、20年前にタイの屋台で「やっぱり、東南アジアの国は物価安いなぁ」のと感じたのと同じくらいの感覚で安い。

 

欧米と比較してはるかに低い物価とはるかに低いインフレ率で大騒ぎする日本の方々に強くおすすめしたい本したい本がある。日本銀行の調査統計局に勤め、その後一橋大学、東京大学大学院で教鞭をとる渡辺努氏の『物価とは何か』だ。

「フィリップス曲線」、「自然失業率仮説」、「価格硬直性」、「流動性の罠」などの経済用語が頻出するが、それぞれの用語について丁寧な説明があるため、経済学の事前知識なしに読むことができる。数式を使わずにそれらの経済学用語をできるだけわかりやすく解説しつつ、一度説明したらおしまいではなく何度か用語の説明が繰り返されるので、経済学の用語に馴染みがない人でも読みやすい。日本の物価問題についてずっと取り組んできた筆者。「物価についてみんなもっと深く考えようぜ、そうすれば日本の経済はもっと強くなる!」という筆者の想いが伝わってくる。

 

本書では、日本のデフレ経済と現在の値上げラッシュを考える上で、非常に重要なポイントが多く紹介されている。その中でも本書の中でも下記の点は私は非常に重要だと思う。

  • 物価というのは、「人々の予想」によって大きく左右される。即ち、生産者も消費者も物価があがるだろうと思えばあがるし、あがらないと思えばあがらないもの。
  • 日本の問題点は、四半世紀に渡ってデフレ下にあり、インフレを全く経験したことがない人々が多く、それが故に「物価があがるという予想」が非常に高まりにくい。
  • 長期に渡るデフレ経済の結果として、他国と異なり、日本の消費者は「断固値上げ反対」という態度をとるため、企業の「価格支配力」が非常に弱く、製品のコスト削減と価格維持に多くの企業努力が払われ、経済に活力がない

 

現在の+3.7%の状況をして「異例の物価高」という言葉がよく使われるが、異例なのは20年以上モノの値段が上がらなかったことだ。「企業努力が限界を迎え、価格転嫁せざるをえなくなった」というのもよく聞くフレーズだが、本当に問題なのは「企業努力」がステルス値上げのための商品開発や価格維持のための商品のリニューアルに費やされ、より付加価値の高い製品やサービスを顧客に提供することに向かなかったことだろう。そして、今回の「値上げラッシュ」をうけて報道が発信するべき情報は、「値上げで生活が苦しくなる人が多くなる」ということではなく、「物価があがり、値上げもするのだから、たまりにたまった内部留保を吐き出して、従業員の賃金をあげる企業努力をすべき」というメッセージではないだろうか。

 

「まだまだモノの値段が上がりそうだぞ」、という「人々の予想」が四半世紀ぶりに復活したことは千載一遇のチャンスだ。やれ「スタグフレーション」、やれ「悪いインフレ」とか、やれ「一緒に給料があがらないから、生活は苦しくなるばかり」とか言っている場合ではない。ある程度のショック療法なしに、日本経済は動かないだろうなという「予想」は多くの人が共有していると思う。なので、欧米に比べてちょっとの値上げで大騒ぎするのではなく、デフレスパイラルを断ち切り、日本経済再生の活路を切り拓く機会として、この流れにのることが大事ではないか。本書は、そんな考え方で現在の日本経済を見る知識と土台を与えてくれる良書だ。読み応えのある本ではあるが、より多くの方に手にとって頂きたい。

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