本書『未完の資本主義』は、国際ジャーナリストの大野和基による、世界的に話題を集める知識人へのインタービュー記事である。
未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来 (PHP新書)
- 作者:ポール・クルーグマン,トーマス・フリードマン,デヴィッド・グレーバー,トーマス・セドラチェク,タイラー・コーエン,ルトガー・ブレグマン,ビクター・マイヤー=ショーンベルガー
- 発売日: 2019/09/14
- メディア: Kindle版
ポール・クルーグマンやトーマス・フリードマンという大家から、デヴィッド・グレーバーやルトガー・ブレグマンなどの気鋭の学者・ジャーナリストがずらっと名を連ね、この混沌とした現代社会を捉える多様な視点が一冊で味わえお得感の溢れる一冊である。「資本主義はテクノロジーの変容にあわせて、どう変化して、どう進化していくのか」というのが本書の一貫したテーマである。最近読んだ本の資本主義論といういうと、行き過ぎたグローバリゼーション、過剰な格差社会、歯止めのかからない地球温暖化と気候変動という負のテーマが多かったが、本書は経済学のみでなく人類学な歴史学などの様々な角度から現代資本主義を問う視点が紹介されており、「そんな見方があるのかぁ」と目から鱗のおちる瞬間の多い良書である。
世界の知の巨人7名というのは少し言い過ぎな感があるが、どの対談も示唆に溢れ、再読の上、いくつかの原典にあたりたいと知的好奇心を刺激するものが多かった。『続・善と悪の経済学 資本主義の精神分析』の著書であるトーマス・セドラチェックは精神分析のアプローチを使って現在の資本主義や経済学を問うというその斬新さが特に面白かった。セドラチェックの自身を精神科医として、「経済学」を患者として診療するという取り組み方は突飛ではあるが、「数字で説明できない現実から目を背けて偽り、数字で説明可能なものしか見ようとしない傾向は自閉症気味である」であるとか、「経済成長することが自然な状況であり、経済成長せずとも経済は機能するという大前提を見逃して制度設計しているのは誤りである」というのは私にとっては興味深く、新しい視点であった。また、労働環境も改善され、かつ子供ですらインターネットにアクセスしあらゆる情報をえることができる、この平等な社会にマルクスが生きていたら、彼はマルクス主義を主張したであろうか、という問いは斬新で面白かったので、以下引用する。
二〇〇年前なら、恐らく私はマルクス主義者になっていたでしょう。小さい子供が(過酷な労働で) 死んでいたからです。その一方で、もしマルクスがいまの時代に生きていたら資本主義国に住みたいと思うかどうか。これは興味深い問いであるといえます。現代の資本主義国なら(マルクスの目指していたような、誰にとっても) とても快適な生活ができますが、彼の思想とは離れています。では、彼は中国や北朝鮮のような共産主義国に住みたいと思うでしょう 。
なお、AMAZONでは、著者がポール・クルーグマンとして掲載されているが、これは適切ではない。これでは、クルーグマンがフリードマンやセドラチェックと対談したかのように見えてしまうが、クルーグマンは7人の対談相手の1人にすぎない。日本人にとって馴染みの深いクルーグマンを前面に押し出したい出版社の気持ちはわからなくもないが、本書の価値は一番手として口火をきるクルーグマン以降の論稿にあると私は思う。伝統的な経済学から距離をおいた新しく、かつ注目を集める視座に多く触れることができるので、本ブログの読者の方には特にオススメの一冊だ。