Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『国家の罠』 佐藤優の職人芸

正月休みようにとっておいた『国家の罠』を我慢しきれずに読んでしまったので書評を。

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

著書は佐藤優は、ずば抜けた情報の収集人脈と分析能力を駆使して2000年日露平和条約締結に心血を注いだ元外務省主席分析官。鈴木宗男田中眞紀子・外務省の政争に巻き込まれ、東京地検特捜部国策捜査の対象となり、背任と偽計業務妨害容疑で東京拘置所に512日間拘留された人物。国益のために邁進した外交官が、国策捜査に巻き込まれ、地検特捜部との情報戦を演じていく過程が、淡々と客観性が貫かれながらも、その場に居合わせているのではないかと錯覚するばかりの生々しい臨場感でつづられており、読者をその世界に引きずりこむ


本書の読みどころは下記の4点。

  • 地検特捜部の実施する国策捜査の実態と構造的な問題点が的確にあぶりだされている
  • 著者佐藤優と西村検事の二人の職人の間で繰り広げられる智謀の応酬が溢れる臨場感で描かれている
  • 鈴木宗男事件」という国策捜査のマスコミでは語られない詳細な事実関係が記載されている
  • 佐藤優の、物事を冷徹なまでに客観化し、ある事象が発生する本質的な理由をあぶりだす分析能力にふれることができる


どのポイントをとっても1つ以上のエントリーが書ける程の内容だが、本エントリーでは最後の点に特に注目をしたい。
佐藤優は物事を分析する際に、必ず「全体の構図」とその構図の中の各プレイヤーの「パーソナリティ」を明確にわける。「全体の構図」は時代背景、組織構造、インセンティヴなどの各プレイヤーがおかれている状況と言い換えても良い。「パーソナリティ」だけを考慮して分析しようとすると、相手が何故その行動をとるのかについての本質的な答にたどりつかず、相手の出方などを予測・想定することも難しくなる。
売上で報酬が支払われれば、人は利益を無視して売上を追求するし、利益で報酬が支払われれば、人は売上総額より利益率を追求する。ある人物を特定の行動に駆り立てるどんな力が働いているのかを「パーソナリティ」とは切り離して理解することは物事を分析する上で非常に重要なことだ。客観視と俯瞰を徹底的に繰り返し、「全体の構図」あぶりだす佐藤優のその姿勢は非常に参考になる。


そして、「全体の構図」とは切り離して必ず「パーソナリティ」も綿密に分析の対象とする点が興味深い。人は与えられたインセンティブの中でそれに従って一般的には行動をするが、一方で同一のインセンティブ体系の下でも100人が全く同じ行動をとることはない。売上で報酬が支払われたとしても、経営全体のために利益率もしっかり考える人もいれば、盲目的に売上のみ追求する人もいる。その行動の差を生み出すのが「パーソナリティ」だ。「全体の構図」をおさえた上で、個々のプレイヤーの「パーソナリティ」をきちんとおさえることができれば、どのような手をうっていくことが適切かを考えるのが非常に容易になる。
ある物事を分析しようとする際に、その2つがごっちゃになるということは陥りがちなミスだが、国策捜査の対象となるという凄まじい環境の中でも、そのスタイルがぶれる兆しもないところが佐藤優の凄さだ。捜査開始当初の下記のくだりをみると、その佐藤優のスタイルが良くうかがえる。まさに分析官の職人芸といったところか。

私は二つの見極めを一週間以内にすることにした。第一は、鈴木宗男関連事件で東京地検特捜部が私にどういう位置付けを与えているかということ。第二に、この取り調べを担当している西村尚芳という検事が人間としてどのような価値観、世界観を持っているかということの見極めだ。
検事は官僚なので、組織の意思で動く。しかし検事も人間だ。この要素を無視してはならない。私を「殺す」のが西村氏の仕事なので、そこにはいささかの幻想ももてない。しかし、「殺し方」でもなぶり殺しもあれば、釜ゆでもあり、安楽死方式もある。「殺し方」についてならば検事とも取引可能であろう。
国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』 〜第四章 「国策捜査」開始 P.217〜


国家の罠』の書評を読みながらも『自壊する帝国』を読み始めた私。これは年末年始の休暇まで持ちそうもない・・・。

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