先日の"「ほとんどコストゼロ」というゲームのルール"というエントリーに梅田さんからブックマークがされており、"The Economics of Abundance"というタグがついていた。そういえば、Chris Andersenが何かそんなような新しいアイデアを昨年末に提唱しており、少し話題になっていたという記憶がある。軽くスルーしていたので、梅田さんのブックマークから"The Economics of Abundance"のタグがついているエントリーをたどり、いくつかざっと読んでみた。
私の理解した"The Economics of Abundance"の重要なコンセプトは下記の通り。
- 希少な経営資源ではなく、過剰な経営資源を如何に有効活用するかが現代の企業にとって大事
- 特に起業家は過剰な経営資源を有効活用して、摩擦や軋轢を生むような新しいビジネスをやることが大事
- 過剰な経営資源については、無駄遣いを一切に気にせずに思い切って浪費することが大事
- 現代の過剰な資源は、トランジスター/ストレージ/ネットワークの帯域であり、「ほとんどコストゼロ」のこれらの過剰資源を惜しげもなく、浪費することが大事
で、コンピュータという過剰資源を有効活用して成功した企業の代表として
- 「こちら側」の小売店では想像できない種類の商品を取り扱いを実現したAmazon
- 「こちら側」のレンタルビデオ店ではありえない程多様なDVDを貸し出すことを実現したNETFLIX
- 「こちら側」のレコード店ではありえない程多様な音楽を販売することを可能にしたiTMS
- ストレージやネットワークの帯域を浪費して、2GBの容量やネット経由の動画参照を可能にしたGMail/YouTube
などが紹介されている。
"The Economics of Abundance"をめぐる一連の議論は、どうも下記の点で腑におちない。
- コンピュータの資源を「コストゼロ」の制約の一切ない資源とみなしている点
- 過剰な資源を浪費することこそが成功要因というように「浪費」に焦点があたっている点
1点目が不適当であるだけでなく、それを所与とすることは非常に危険であるということは前回のエントリーで指摘した通りなので繰り返さないが、2点目については少し詳述してみたい。
上記で紹介されるような企業の成功要因は"The Economics of Abundance"なんていう新語で説明するまでもなく、「ITを活用し、情報の格納、整理、配信方法でイノベーションを起こした」という点につきる。そして、成功は「浪費」の賜物ではなく、むしろ薄利多売というビジネスモデルを成立させるためのぎりぎりの資源配分の賜物である。
Jeff BezosはITのコストがゼロであったため、物流のコスト低減にだけ頭を悩ませたらよかったのか。答えはNoだ。むしろ、物流コストはほとんど所与であり、血の出るような努力による低減が効いてくるのは情報システムに関連するコストだったはずだ。
Googleによる買収前は、ITインフラの維持に莫大な固定費がかかり、資金が枯渇するのは時間の問題だった頃のYouTubeにとって、動画の画質をあげて、ストレージやネットワークを浪費することが正しい戦略だったか。答えはNoだ。トラフィックが増加すれば増加するほど、固定費はかさみ、資金枯渇にむけての時計の針は早まる、そんなジレンマに苦しみぬいたChad Hurleyに"The Economics of Abundance"という考えはどのように写るのだろうか。
Nicholas Carrが"Welcome back to frugal computing"という長文エントリーで、下記の通りChris Andersenの考えを否定しているがおっしゃる通り。
- ウェブサービスを利用する個人からみれば「ほとんどただ」かもしれないが、"petascale computing"を供給する側の立場でみれば「ただ」であるはずがない
- まして、PCやサーバは今でさえ稼働率が15%程度の有史上もっとも非効率的なデバイス(浪費家)なのである
- 経済的な視点だけでなく、環境問題などに配慮をする政治的な視点でも、この浪費を解消することが求められる
- なのでOnDemandにPCパワーを供給し、無駄遣いを低減するUtility Computingは今後ますます重要になる
「ほとんどコストゼロ」を「ゼロ」とみなし、浪費を解消する方向に向かうべきところを浪費を奨励するなど、「不道徳(=Amorality)」以外の何者でもない。