Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『死の淵を見た男 』 事故現場の「底力と信念」の物語

いやぁ、久しぶりにものすごい本を読んだ、読後感はこの一言につきる。Kindleでページを手繰る際の一瞬の間が苛立たしい、そんな読書経験は本当に久しぶりであった。

本書は、東日本大震災の福島第一原発事故の現場のルポである。福島原発を襲う津波、電源の喪失、原子炉の暴走、現場職員たちの奮闘と刻々と変化する情勢、東電本社と官邸との戦い、極限状態で曝け出される人間の弱さと強さ、仲間との結束と家族との愛、など本書『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』は全編読みどころで文庫版516ページという大作であるが、そのボリュームを一切感じさせない名著である。

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発 (角川文庫)
 

 

運動をするために散歩する際も手放すことができず、Kindleを片手に感涙に咽びながら闊歩する中年男性のその様は、ご近所のコロナ禍の不安感を煽る異様な風体だったのではないかと反省しきりである。もちろん、舞台設定が苛烈極まりないので、本書の迫力は題材そのものからくるものが多いが、やはり圧倒的な取材力と筆者の類まれなる描写力が本書の魅力を際立たせているのは間違いない。

 

読みどころが多く、書評として紹介したいポイントがいくつもあるのだが、その反面どんな紹介をしても本書の劣化版にしかなりえないという自らの表現力の限界が何とも歯がゆい。何というか、「本エントリーのこの後は読まなくて良いから、まだ読んでいない人はとにかく読め」という感じなのだ。とは言っても、「すげー、すげー」と言っているだけでは書評にならないので、一箇所だけ引用を。

「この未曾有の事故の真実をきちんと後世に伝えなければならない」取材協力してくれた方々に共通した思いは、まさにそれだったと思う。何度も取材の壁にぶちあたった私の背中を、そのたびに押してくれたのは、こうした取材協力してくれた人々の「熱意」にほかならなかった。

 当時の菅直人総理が現地にヘリコプターでかけつけ事故対応が遅れたという珍事はエピソードとして有名であり、本書でもその「人災」は事実として刻銘に記載されている(本人の言い訳まで取材して記載されており筆者の取材力には舌を巻く)。

が、現場で奮闘した人にとってはそんなことはどうでも良いことだろうと本書を読むと感じる。地震後に原子炉で何が起きたのか、自分たちはどのようにその災害に対応したのか、上手くいったこともあれば上手くいかないこともあったし、後から見れば失敗や悪い判断もあった、そういうことを全て事実として記録し、歴史にその是非を委ねたいという腹のくくり方が伝わってくる。そして、真実を紡ぐ人として筆者に全てを語り、歴史に残す言葉を委ねたという信頼関係が本書全体から伝わってくる。筆者もジャーナリスト冥利につきることだろう。

 

日本も現在コロナ禍で、東日本大震災の時とは異なる形の危機にされされている。本書は、原発事故という未曾有の危機に対応した現場の方々の「底力と信念」の物語だ。本書が教えてくれる、危機に瀕した際の立ち振る舞い方、難しい局面における「底力と信念」の大切さというのは全世界の人に参考になるものだと思う。まだ、読んでいない方は是非。

 

なお、下記もNHKの取材力を結集した力作のようなので読んでみたい。

 



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