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アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『宗教改革の真実』 宗教改革とブロックチェーンの意外な接点

王侯貴族や政治家の行動に焦点をあわせ、革命や戦争などの出来事をおい、社会の大きな変化に焦点をあてる歴史学に対し、社会の中下層の人に焦点をあわせ、百年単位では変わらない制度や習慣やものの考え方をとらえる社会史。ルターの贖宥状の販売に異を唱えた九十五カ条論題に発した宗教改革を社会史の視点で、それが一般庶民やキリスト教信者の生活をどのように変えていったのかを丁寧に解説するのが本書『宗教改革の真実』の主題。

宗教改革の真実 (講談社現代新書)

宗教改革の真実 (講談社現代新書)

  • 作者:永田 諒一
  • 発売日: 2004/03/21
  • メディア: 新書
 

 

宗教改革に伴う書物の増大と民衆の識字率の向上、プロテスタント派の宗教画排斥に伴い失職の危機にたった教会芸術職人の苦悩、婚姻を禁止されていた修道士の結婚、カトリックとプロテスタントによる教会の共有、そして異宗派同士の結婚、など中世ヨーロッパの人々の生活に宗教改革がもたらした変化が様々な事例と共に紹介されている。

 

宗教改革というと正直私には少しとっつきにくいが、社会史という視点でとらえることにより、そこで起きる変化のストーリーを現代社会と対比して理解し、より立体的にとらえることができ、貴重な読書体験となった。

 

宗教改革に伴う書物の増大と民衆の識字率の向上という流れは、大手新聞社やテレビ会社などのマスメディアが、ブログやSNSなどの草の根のメディアによって既得権益を脅かされ、抗い、最終的にはそれを受け入れざるをえない立場に追い込まれるという状況と良く似ている。もちろん、宗教改革における既得権益側はカトリックであり、新しい変化の潮流を起こすのはプロテスタントだ。

プロテスタントは、新技術である活版印刷の技術を活用し、新しい彼らの思想宣伝のために、安価に作成した印刷物を配布し、民衆の理解を勝ち得ていく。一方で、カトリックは文字を読むのは知識人階層の特権であるという古い考え方に縛られ、活版印刷技術の活用で大きく遅れをとる。

彼らが消極的であったのは、民衆が文字文献を使用することを否定する中世ヨーロッパの文化的に伝統に縛られていたせいである。伝統的な考え方によれば、文字を読むのは知識人階層だけで、信仰のことがらをはじめとして、民衆は、知識と権威のあるひとから口述で知識を得るべきとされていた。

『宗教改革の真実』 文字をあやつる階層と文字に無縁な階層 P.62

 知識の権威による囲い込みのみでなく、教会で使用する祈祷書に印刷された本を用いることを躊躇し、「手書き」にこだわったというようなエピソードも紹介されている。「歴史は繰り返す」というが、いつの世も既得権益層のとる行動というのは変わらないようだ。

 

宗教改革とは直結しないが、活版印刷技術についての本書の考察は、現代の技術革新の最先端であるブロックチェーンの技術革新にも通じるものがあり、私には興味深かった。ブロックチェーンは決して目新しい革新技術ではなく、既に存在する要素技術の集合体であることは本ブログでも何回か紹介させて頂いた。一般的には活版印刷技術はグーテンベルグによる発明とされているが、本書は少し異なる立場をとる。活版印刷技術というのは、金属活字、インク、印刷機、紙という個別技術の改良の積み上げと組み上げによってなされた技術革新であり、一人の天才によっておこされた技術革新ではない、というのが本書の立場だ。

活版印刷術は、エジソンの電球や蓄音機の発明とは少し異なり、従来からあったいくつかの個別技術の質的改良、それらの改良技術の適切な集積、そしてその事業化の総体であって、本来的に、誰が、いつ、どこで発明したと言いにくいものである。

『宗教改革の真実』 活版印刷術なくして宗教改革なし P.29

 活版印刷というとグーテンベルグであるが、精巧な鋳造やヤスリ掛け技術にたけた金属加工技術者による金属活字、印刷後も剥げないという接合性と他の紙に写らないという乾燥性を兼ね備えたインク、安価でありながら大量生産性に備えた紙などの要素技術の革新が個別並行して進みつつ、それが聖書の印刷の実現という目的の実現と組み合わさり、爆発的に普及した流れは、ビットコインとブロックチェーンと似ており興味深い

 

宗教改革は社会史の視点で、中世ヨーロッパ人の生活慣行に技術革新も踏まえつつ大きな変化をもたらした。様々な技術革新がおきる現代社会の事象をなぞらえて考える思考実験は予想以上に楽しかった。やれブロックチェーンだ、やれ5Gだ、やれAIだという新技術の話に食傷気味な方は、息抜きとして楽しい読書経験ができると思うので、ぜひ試して頂きたい。

 

 

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